7-5 ずっと隠していたのか

 翌朝、俺は目覚めてすぐ支度をした。

 レンタカーを借りてハジメを積み込み、メッセージに表示されていた住所へと向かう。


 途中までは順調だったが、目的地が近付くにつれて不安が増してきた。

 市街地からだんだんと離れ、周囲には空き地が目立つようになる。家もまばらになってきた頃、その建物はようやく見えてきた。


 青空を背景に、かなり年季の入った建物がそびえていた。

 高さでいえば三階分くらいはありそうだが、周囲を覆っているトタンは風雨にさらされてすっかり赤く錆びていた。強い嵐でもくればたちまち潰れてしまいそうだ。

 建物の脇には古い機械類がごちゃごちゃと積み上げられている。

 住所を頼りに来てみたが、本当にここで合っているのだろうか。


 適当な場所に車をめて敷地に入ると、少し背の曲がった小柄な老人が見えた。

 上下とも着古した作業着姿で、頭にひさしのついた作業帽をかぶっている。腰に巻いている道具入れからはスパナや金槌かなづちといった道具類がのぞいていた。

 おそらくこの工場の従業員なのだろう。


 急いで駆け寄り、思い切って声をかけてみる。

「あの、『ニサキ工場』ってここで合ってますか?」


 老人は立ち止まり、穴が開くほど俺を見つめた。

 そして、しゃがれ声で答える。

「そりゃあ、ここだな」

「あの、アンドロイドの修理をお願いしたくて来たんですが……。工場長さんはいますか」

 そう尋ねると、なにがおかしかったのか、老人はかっかと豪快に笑った。


「工場長ぉ!? そんな大層な者はここにはおらんよ!」

「え、では、どなたに頼めば?」

「ここはずうっとワシ一人でやっておる。不安かね?」

「…………」


 一瞬、言葉につまる。

 相手は七十を過ぎているような年寄りで、目もろくに見えているのか怪しい。

 だが、そもそも他に頼れるあてもない。


 なにしろ、ここはハジメが選んだ場所だ。

 メンテナンス工場でさえ修復不可能な状態だとわかっていながら、ここに相談しろと言った。

 それならば、答えはひとつしかない。


「見てやってくれますか」

「どーんと任されよ」


 老人は欠けた歯をのぞかせ、にっと笑った。


    ◇ ◇ ◇ ◇


 レンタカーの助手席に積んである段ボール箱を覗き込み、ニサキ老人は顔をしかめた。


「こりゃあ酷い」

「あの、爆発事故に巻き込まれて、それで……」


 そう伝えると、相手はそうかそうか、と頷いた。


「昨日のアレか。災難じゃったのう」

「工場で修理ができない状態でも、こちらなら可能かもしれないって言われたんですが、どうですか?」

「さぁてのう。とりあえず、機体を見させてもらおうかね」


 そう言って、ニサキ老人はひょこひょこと歩き工場の中に入ってゆく。

 俺は段ボール箱ごとハジメを抱え、慌ててそのあとを追いかけた。


 建物の中は階段と床が複雑に入り組み、まるで迷宮のような造りだった。

 ニサキ老人は意外にもしっかりとした足取りで、金属製の階段をかんかんとリズミカルに登ってゆく。


 俺はエレベーターを借りて中二階へ向かったが、それでも大人一人分と変わらない重量の荷物を持って移動したため、ぜえぜえと肩で息をすることになった。


 中二階からは、さらに四方に階段が伸びており、天井や床の高さも部分によってまちまちだ。

 ニサキ老人はその一角にもうけられたスペースにどかりと座り込んだ。


 壁一面にパソコンモニタやプリンタが積み上げられている。

 年季の入ったものばかりなのかと思ってよく見れば、彼の目の前にあるものはどうやら最新の機種のようだった。下手したら、仕事でパソコンを使っている俺なんかよりもずっとスペックの高い機種を使っているかもしれない。


 ニサキ老人は、専用の読み取り機を使い、ハジメの中指にはまっていた識別環を読み込んだ。どうやらデータは飛んでいなかったようで、画面にずらずらと情報が表示される。

 その情報を見た途端、彼の顔色が変わった。


「悪いが帰ってくれ。この依頼は受けられん」

「……え?」

 思わぬ言葉に、呆然とする。

 相手は画面を睨みつけるようにして読み上げた。


「腸骨部破損。右足膝蓋部破損。左足脛骨部破損。左手中指末節骨部・中節骨部破損。左手薬指末節骨部・中節骨部破損。右手小指末節骨部。皮膚の裂傷だけでも相当数。……まだ聞くかね?」


 爆発で壊れた箇所の話だろうか。

 あまりにも破損個所が多すぎて直せないとか?

 いや、それなら最初に状態を見ただけでもわかりそうなものだが。


 それに、引っかかる点がある。

 読み上げられた内容では左手の中指、薬指、小指に破損があることになっている。だが実際には、ハジメの左腕は体のどこよりも綺麗に残っていた。

 いや、そもそもその前に、識別環だけで現在の破損状況などわかるのだろうか。

 そんなことを考えていると、ニサキ老人はぐいとこちらに詰め寄った。


「お前さん、普段この子をどう扱っとるのかね?」

「どうって……」

「このメンテナンス記録は、長期にわたってこの子が暴力を受けてきたことを示しておる。しかも、人間の手足によるものではない。なにか硬い物で殴られでもしない限り、こんなことにはならん! お前はワシにこの子を直させて、また同じ苦痛を与えるつもりかね!」

「……そんな……」


 目の前が暗くなる思いがした。

 まともに立っていられなくなり、その場に膝をつく。


 今読み上げられたのは、おそらく初回メンテナンスの記録だ。

 破損が多いとは聞いていたが、どれも劣化によるものだとばかり思っていた。

 前の持ち主がメンテナンスをさぼったせいで、古くなって消耗したということじゃなかったのか?


 だが、ニサキ老人の言葉を信じるなら部品の破損は虐待によるものだということになる。

 ハジメは一言もそんなことを言わなかった。

 以前のユーザーについて尋ねてみても「個人情報ですので」と言うばかりで教えてくれなかった。

 あいつは破損した体をずっと隠していたのか。


 都会で会ったあの派手な女を思い出す。

 あいつが、あの女がハジメを……!

 そう思うだけで、はらわたが煮えくりかえりそうだった。


 最初のメンテナンスのとき、ハジメは俺に言った。

「ご主人様はお優しい方です」と。

 あれは「前のユーザーと比べれば」という意味だったのだろうか。

 俺が優しく見えるほど、前のユーザーは酷かったということなのだろうか。

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