7ー3 俺が会いたいのは『ハジメ』だ
※閲覧注意
(体が一部欠損する表現あり)
◇ ◇ ◇ ◇
気付けば、数時間が経過していた。
「たいへんお待たせしました」
番号を呼ばれ、顔を上げる。
ハジメを連れてきてくれたのかと期待をしたが、目の前に立っていたのは工場スタッフの男性一人だけだった。
男は俺の様子を見て取り、気遣うように声をかける。
「このたびはご迷惑をおかけして、たいへん申し訳ございませんでした。お預けいただいた機体を確認させていただきましたが、あいにく爆発地点の近くにありまして、破損が酷い状態です」
「え……」
信じられない物を見るような目で、俺は相手を見た。
相手は今一度深く頭を下げ、丁寧な口調を崩すことなく言葉を続ける。
「つきましては、破損した機体をお引き取りいただくか、それとも私どものほうで処分させていただくか、お選びいただくかたちになります」
「あ……引き取ります」
喉の奥からようやく絞り出した言葉は、うまく声にならなかった。
それでも相手はこちらの意図を汲み取った様子で頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
案内されたのは、パーティションで仕切られていた向こう側だった。
その光景に思わず言葉を失う。
床の上には、等間隔に段ボール箱が並べられていた。
ほとんどの蓋は閉じられているが、いくつか開いて中が見えるものもある。
人の手や足、胴体、そして顔のようなものが見える。
それらはすべてアンドロイドだった。
ひどく曲がったもの、黒くすすけたもの、ぼろぼろに千切れたもの。配線がはみ出して絡まっているもの、眼球が失われたもの。
綺麗な状態のものなど、ひとつもない。
そのどれもが、動くことなく箱に収まっていた。
ユーザーと思しき人間たちの姿もあり、箱にすがって泣く者もいれば、スタッフに向かって怒鳴り散らす者もいた。
その様子を横目で見ながら、俺は段ボールの列の中を歩いてゆく。
箱を外に運び出しているスタッフの姿もあった。あの箱の中のアンドロイドたちは、廃棄処分になってしまうのだろうか。
「こちらの機体でお間違いないでしょうか」
声をかけられた途端、足元の段ボール箱に視線が吸い寄せられた。
見慣れた黒髪が視界に映る。
それはたしかに『ハジメ』だった。
両足はおかしな方向に曲がり、右腕は強い力でもぎ取られたように
あんなに綺麗だったはずの顔は、あごのあたりが
うっすら開いた目のあいだからは、いつも俺を映していた黒い瞳が見えていた。
さらさらだった髪も、滑らかに整っていた肌も、丁寧に着込んでいた執事服も、すべて爆炎にさらされて薄汚れていた。
そんな状態で、左腕だけがやけに綺麗だった。
肩にしっかりとくっついて残っており、その手は強く握られている。
薬指に、俺のものと同じ指輪が見えた。
ハジメは物言わぬ物体になって箱の中に納まっていた。
まるで現実味がなかった。
俺はただ茫然と、その場に膝をついた。
◇ ◇ ◇ ◇
段ボール箱を引きずるようにして、寝室へと運び込む。
そっと蓋を開けて中を覗き込むが、やはりハジメが動く気配は微塵も感じられない。
充電ケーブルを繋ごうとしたが、内部が変形してしまったらしく、プラグを差し込むことさえできなかった。
硬く絞ったタオルで顔を拭いてやりながら、さきほど聞いた説明を思い出す。
工場側は可能な限りの補償をしてくれると言っていた。
問題は、その内容だった。
ハジメのデータはクラウド上にバックアップがあるらしく、型番の同じ機種にそのデータをコピーすれば今までのように動かせると言われた。
ただし、コピー先の機体があれば、の話である。
「なにしろずいぶん古い製品になりますので」
俺に説明をしたスタッフは、気遣うようにそう告げた。
ハジメの機種はアンドロイドとしてはかなり古いタイプで、現在は製造終了しているのだという。そればかりか、機種の販売実績がふるわなかったために後継機種なども造られておらず、製品サポートさえも間もなく打ち切られることが決まっているらしい。
サポートが打ち切られるということは、いずれメンテナンスも受けられなくなる可能性が高い。あるいは、メンテナンスを受けられたとしても修理に必要な部品が手に入りにくくなる。
つまり、もし同じ機種を用意してデータをコピーしたとしても、使っているうちにどこかのパーツが破損してしまえば、その後は使用に支障をきたすようになってしまう。
呆然とする俺に、工場のスタッフは第二の選択肢を提示した。
せっかくデータをコピーしてもその先あまり長く使えないのであれば、思い切って新しいアンドロイドに乗り替えるのはどうか、と。もちろん、機種は無償で用意してくれるという。
だが、ひとつだけ問題があった。
「データは引き継げるんですか」
そう尋ねる俺に、相手は首を振った。
「たいへん申し訳ございません。新しくご用意させていただく機種は、まったく別の製品になります。システムの互換性の問題がございますので、データを移植することはできかねます。そのかわり、現在ご使用いただいている製品よりも高いグレードのものをご用意させていただきます」
相手の口調からは、それが今の彼らにできる精一杯なのだということが伝わってきた。ここで目の前のスタッフを恫喝するような真似をしたところで、ハジメが戻ってくるわけではない。
「……いりません」
気付けば、俺はそう答えていた。
「えっ? ですが、お客様……」
スタッフが驚いてこちらを凝視するのもかまわず、俺は静かに首を振った。
「このままこいつを連れて帰ります」
そうだ。二人でオムライスを作ったあの日、ハジメは言った。
中身が違うなら、それは別の物だと。
俺が会いたいのは『ハジメ』だ。
一緒に暮らして、一緒に困難を乗り越えて、一緒に笑い合って、一緒に生きたいのは、他でもないハジメだ。
それ以外のアンドロイドはいらない。
動かなくなったハジメが入った重たい段ボール箱を抱きかかえ、俺は工場をあとにした。
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