3-2 コーヒーも煮詰めてみました

 一通り興奮しきったあと、俺は椅子にぐったりと寄りかかった。

 それから視線だけを動かし、ハジメを見る。


「なあ、ハジメ……」

「はい。ご主人様」


 少し考え、なるべく丁寧な言葉を選ぶ。


「あ……えっと、コーヒーを淹れてくれないか?」

「かしこまりました」


 優雅に一礼をして、ハジメが部屋を出ていく。

 その後姿を見送りながら、緊張を解くようにため息をついた。


 以前の俺なら「コーヒーくらい言われなくても持ってこい! さすがは型落ち品、気が利かないな」くらいは言っていたに違いない。

 今になって思い出すと、自分の態度にめまいがする。


 俺の態度が変わったからといって、ハジメはまるで気にする様子がない。

 どS執事という妙な仕様のわりに、奴は以前の俺の態度をあげつらって非難することもない。

 なんだか俺だけが一人で気にしているみたいで、それはそれでもやもやする。

 失敗した分だけ挽回しようと躍起やっきになるのは、人間のサガなのだろうか。


「お待たせしました。ご主人様」

 いつのまにか戻ってきたハジメに声をかけられ、思わず椅子の上に姿勢を正す。

「お、おう。ありがとうな」


 いつもより少し熱いのか、コーヒーの湯気がやたらくっきり見える。

 用心深く冷まして口に含むと、強い苦みが広がった。


「苦っ……なんかちょっと濃くないか?」


 ハジメがいつもと違う味のコーヒーを出してくるだなんて、初めてのことだった。

 それと、なぜかいつもより量も少なく感じる。


「ご主人様がお仕事に煮詰まっておられるようなので、コーヒーも煮詰めてみました」

「なるほ……ど?」


 どういう意味だと聞く前に、ハジメは素早くカップの中へ砂糖とミルクを足す。優雅な手つきでスプーンを差し入れて混ぜれば、ビターコーヒーはあっというまにカフェオレへと姿を変えた。


「これでいかがでしょう?」


 おそるおそる飲んでみる。

 ハジメの作ったカフェオレは最高にうまかった。毎日でも飲みたい味だ。


「……うん。まあまあじゃねぇの」

「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて嬉しいです」


 ハジメは花が咲いたように笑った。

 イケメンが微笑むとそれだけで眩しい。

 カフェオレをちびちびと飲みながら、俺は「なるほどなあ」と一人呟く。


 イケメンには笑顔を。

 苦いコーヒーには砂糖とミルクを。

 そして、オムライスにはブロッコリーとミニトマトを。


 さきほどのイラストの雰囲気を少しだけいじって、そこに付け合わせを描き加える。

 うんうん。華やかになったじゃないか。これでどうだ!

 俺は意気揚々とメールの送信ボタンを押した。


    ◇ ◇ ◇ ◇


『以前よりはよくなりました。ありがとうございます。

 でも、なんというか、こう……、

 オムライスのたましいみたいなのが感じられないというか……。

 また修正をお願いできますでしょうか?』


 依頼主からのメールを見て、俺はまた叫ばずにはいられなかった。


「ちくしょう! なんだよ『オムライスの魂』って! オムライスの上に乗っかってる玉子みたいにふんわりしたこと言ってんじゃねぇよ! しかもまた修正だと!? ふざけやがって!」


 こんなことになるなら、修正は別料金だとはっきり伝えておくべきだった。

 たかがオムライスのイラストごときで、こんなに何度も修正させられるとは思ってもいなかったんだ。

 だが、もう何度も修正を受けてしまっている。いまさら「別料金です」とは言い出しづらい。


 どうしたものかと頭を抱えていると、ハジメが提案をした。


「ご家庭の味というのなら、実際に作ってみてはいかがですか?」

「うーん、なるほどな」


 たしかにハジメの言う通りだ。

 実物を作ってみれば、相手の求めるものがつかめるかもしれない。


 さいわい、米も卵も家にある。

 冷凍庫に凍らせてあった米をレンジで解凍し、卵をといてフライパンで薄く焼き上げる。いい感じに火が通ったら、中央に白米をこんもりと乗せる。

 あとは丸い平皿ひらざらにそっと乗せて、センスよくケチャップをかければ完成だ。


 皿の上でほこほこと湯気を立てるオムライスもどきの写真を撮っていると、ハジメが不思議そうに尋ねた。


「よろしいのですか?」

「あ? なにが?」

「オムライスとは、ケチャップなどで味付けをしたチキンライスを玉子でくるむ料理だそうですが」

「いいんだよ。どうせ見た目は同じだし、中身なんてわからないだろ」


 小腹も空いてきたので、作り立てのオムライスもどきをスプーンですくい口の中に放り込む。

 味は……食えないこともないが、うまくはない。


 まあいいや。イラストに味は関係ない。

 それにしても、ハジメの言うとおり実物を作ってみて正解だった。薄焼き玉子の表面の細かな質感や、部屋の照明の当たり具合によってケチャップの色合いが大きく違うことがよくわかる。


 また三十分ほどで描き上げ、完成したそばから祈るような気持でメールを送る。

 今度こそ大丈夫だろうと信じて。


    ◇ ◇ ◇ ◇


『いいですね! リアルになりました!

 ……あっ、でも修正をお願いします。

 なんとなく美味しくなさそうで……。

 何度も修正をお願いして本当に心苦しいばかりです。

 ごめんなさい!』


「……いや、失礼だな!」


 俺はパソコンの前で憤慨した。

 たしかに味はいまいちだったけど!

 イラストなんだから味などわかるはずがない。

 それなのに、なんだか手抜きしたことを見透かされているような気分になった。


 問題は、この修正依頼を受けるかどうかだ。

 もしかしたらコイツ、最初から金を払う気などないんじゃないか。

 最初からただ俺のイラストにいちゃもんをつけて面白がっているだけなのかもしれない。

 そんな考えがむくむくと湧き上がってくる。


「ご主人様、コーヒーをどうぞ」


 頼んだ覚えはなかったが、ハジメがコーヒーを運んできてくれたので礼を言って受け取る。


「おう、ありがとな。気が利くじゃないか」

「恐れ入ります」


 だが、口に含むなり俺はコーヒーを勢いよく吹き出した。

「な、な、なんだこれ! おいハジメッ!」


 渡されたコーヒーは、はっきり言って不味かった。

 以前自分で淹れた泥水コーヒーよりも不味かった。

 いったいなにをどうしたら、こんなに不味くなるんだ。


 俺の戸惑いなどお構いなしに、ハジメはしれっと答えた。


「いつもと同じコーヒーでございますよ。見た目も同じでしょう」

「……………………」

「今回のお仕事が無事に終わりましたら、また美味しいコーヒーを淹れて差し上げますので」

「……くっそ……」


 俺はヤケクソになって不味いコーヒーを飲み干し、勢いよく立ち上がった。

 こうなりゃもう意地だ。

 なにがなんでも依頼主アイツを納得させるオムライスを描いてやろうじゃねぇか!

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