2-2 はぁ~。アンドロイドあったけぇ

 夜になると、やはり部屋は冷え込んできた。

 日中ならまだ耐えることもできたが、夜ともなれば寒さがこたえる。


 エアコンの温度設定など、もはやあってないようなものだ。

 仕事を早めに切り上げ、夕食と風呂を済ませて寝支度をすると、俺はハジメを呼んだ。


「おーい、ハージーメー! ちょっと来ーい!」

「ご主人様。そのように大声で呼ばずとも聞こえております。ご近所迷惑になりますよ」


 俺をたしなめながら、ハジメが隣の部屋からやって来る。

 小言などいつものことなので綺麗サッパリ無視を決め込み、分厚い布団をめくってベッドを指す。


「入れ」

「……あの、布団の中に入るということでしょうか」

「そうだよ、さっさとしろ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 腑に落ちない顔のまま、ハジメは執事服の上着を脱いでハンガーにかけ、言われたとおり布団の中に入る。


「おい、もうちょっと詰めろ」

「……あ、あの、ご主人様も入られるのですか?」

「当たり前だろ。どこで寝るっていうんだよ」


 そんなやり取りをしながら、二人並んでベッドに入る。

 男二人ではさすがに狭いが、背に腹はかえられない。

 体を寄せると、ハジメの表面からじんわりと熱が伝わってきた。


「はぁ~。アンドロイドあったけぇ」


 俺の読みは当たっていた。

 この機械熱。真冬の布団の中で少し熱く感じる温度がたまらない。


 見た目はイケメン執事だが、今はただの暖房器具だ。

 そう割り切り、冷えた手足を容赦なく押し当てる。

 相手が人間なら非難されるかもしれないが、ハジメは済ました顔で「ずいぶん冷えてらっしゃいますね」と言うだけだった。


「お前がアンドロイドで良かったよ、ハジメ」


 しみじみそう言うと、奴は満更でもなさそうな顔をした。

 そのくせ口では「ご主人様のお好みの巨乳メイドではなくてよろしかったのですか?」などと聞いてくる。野郎、やっぱり俺のAVコレクションをチェックしてるじゃねえか。勘弁してくれ。


 話を変えようとして浮かんできたのは、以前ハジメを所有していたユーザーのことだった。


 ハジメは以前、俺とは別のユーザーに所有されていた。

 そいつがどんな奴だったかはわからないが、俺がハジメを『中古品』として購入したということは、そいつは何らかの理由でハジメを手放したということだ。


 それだけじゃなく、ハジメはこの家に来るまで定期メンテナンスを一度も受けたことがなかったらしい。そのせいで体中の部品の多くが摩耗し、使い物にならなくなっていた。


 初めてその事実を知ったとき、俺は自分のことを棚に上げて腹を立てた。

 きっと以前の主人はこいつを粗末に扱っていたのだろうと思った。

 だが、それは早計だと気付いた。


 もしかしたら、以前のユーザーはアンドロイドのことなど右も左もわからないような爺様だったのかもしれない。

 あるいは、俺よりも貧乏な奴だったのかも。それこそ二年に一度の定期メンテナンス費さえ捻出できないような。それで、最後には泣く泣く手放したんだ。

 うん、きっとそうに違いない。


 そんな妄想をしてしまうのは、俺が以前よりもハジメに対して愛着を感じているからなのだろう。そう自覚して、あらためて自分にはその資格がないことに気付く。

 以前のユーザーがどんな人間であれ、ハジメに暴言を浴びせかけていた俺なんかより数倍はまともな奴だったに違いない。


 ごちゃごちゃと浮かんでは消える自責の念にいい加減めんどうになり、思い切って聞いてみることにした。


「なあ、ハジメ」

「はい。どうなさいましたか」

「前のユーザー、どんな奴だった?」

「…………」


 ほんの一瞬、ハジメの体が緊張で固まったように見えた。

 だがそれも束の間のことで、ゆったりと微笑む瞳と目が合った。


「申し訳ございません、ご主人様。その質問にはお答えしかねます。個人情報になりますので」

「ああ、そっか」


 当たり前といえばあまりにも当たり前のことだった。


 そんなことを考えていると、ハジメの手が俺の背中に添えられた。

 背中からもゆっくりと熱が伝わってきて、眠気が強くなる。


「……いつも私をお傍に置いてくださってありがとうございます」


 ハジメの声が聞こえる。

 いつもと違う、少し甘い声。

 俺はそのまま子どもみたいに安心しきって眠りに落ちていった。


    ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝、ずいぶんスッキリと目が覚めた。


 まだ起きる時間ではないらしく、ハジメはベッドの上で眠っていた。寝返りなどは必要ないのだろう。昨晩と同じ姿勢のまま変わっていない。

 その顔に少し髪がかかっているのに気付き、そっと指先ではらってやる。

 相変わらず綺麗なツラをしているのが腹立たしい。


 足元から延びている充電ケーブルは専用のコンセントに繋がったままだ。こういう姿を見ると、こいつもアンドロイドなのだなとつくづく感じる。

 一日の必要充電時間である五時間にはとっくに足りているはずなので、そっとコンセントを外してやる。


 ふぁあ、とあくびをして、ベッドを抜け出す。

 今日は体の調子がいいようだ。

 もそもそと着替えて洗面所へ向かい、顔を洗ってついでにヒゲもる。


 食パンの上に、ベーコンと、スライスしたトマト、そしてたっぷりのチーズを乗せ、その上からケチャップをかけてトースターで焼く。

 ふんわりといい香りが漂ってきて食欲をそそる。

 チーズがとろけた頃合いで取り出し、はふはふと言いながらかじる。


 食べ終わる頃になってようやくハジメが起き出してきた。

「おはようございます、ご主人様」

「おう。おはよ」

「今日はご自分で起きられたのですね」

「まあな。ぐっすり眠れたみたいだ」


 てっきり「今日は雨でも降るのでしょうか」とでも言われるかと思ったのに、ハジメは少しだけ笑って「それはようございました」と答えた。


「コーヒーをお淹れしましょうか」

「ああ、頼む」

「かしこまりました」


 キッチンへ向かうハジメを見送り、自分も食器を片付けるためにそちらへ向かう。

 ふと思いつき、俺はハジメがコーヒーを淹れる様子を眺めることにした。その視線に気付いたのか、ハジメが首を傾げる。


「どうなさいましたか? テーブルまでお持ちしますよ」

「気にすんな。淹れ方を覚えようと思ってさ」


 定期メンテナンスでハジメが家にいなかったときに自分で淹れたコーヒーは、泥水でもここまでは不味くないだろうと思うほど酷い味がした。

 正しい淹れ方を覚えておけば、次回の定期メンテナンスがきてもあの泥水もどきを飲まずに済む。


「……あの、ご主人様」

「うん?」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ハジメは表情を曇らせてこちらを見ていた。

「ご主人様がお一人で起きられるようになり、コーヒーの淹れ方も覚えられたら、私はいよいよお役に立てることがなくなってしまいます」

「大げさだなあ。仕事のスケジュール管理をしてくれよ」

「最近はそれですらもお早めにこなされているではないですか」


 ハジメの表情がどんどん不安に呑み込まれてゆくのがわかった。

 コーヒーカップを持つ手が、緊張しているかのように固く握られている。


 その様子を見て、ひとつの可能性に行き当たった。

 もしかしたらハジメは、以前のユーザーに手放されたことを気にしているのではないだろうか。アンドロイドからしてみれば、それは必要とされていないのと同じことだ。

 ハジメは、また主人に捨てられることを恐れているのかもしれない。


 どう答えたものかと迷っていたが、また妙案を思いついた。

 どうやら最近の俺は冴えているらしい。


「よしわかった。そこまで言うなら、買い物につきあえ」

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