2-3 次に同じことを言ったら、俺は本当にそうするからな

 向かった先は、近所のデパートだった。

 郊外の駅前にはどこにでもあるような、三階建てのいかにも平凡なデパートだ。


 平日の昼間ということもあり、店内は人がまばらだ。

 店内放送が気の抜けたメロディを流し続けているのを聞きながら、エスカレーターで2階へ向かう。


 服の量販品店を通り抜け、さらにその奥へと進む。

 ふと、店内の大きな柱の側面に設置されている鏡が目に入った。


 家にいるときは気付かなかったが、こうして並んでみると、俺よりもハジメのほうがわずかに背が高い。わずか2、3センチといったところだが、自分のほうが低いのはどうにも気に入らない。


 それに、ハジメはいつものようにきっちりと執事服を着こなしているが、俺は家にあった適当なジャンパーを羽織り、下も適当なジーンズを履いている。

 髪も耳を覆うほど伸びてきている。同じ黒髪なのに、ハジメはキリッと髪を整え、俺はどこからどう見てももっさりとしている。

 ユーザーとして、これは早急にどうにかせねば。


 そんなことを考えているうちに、目的の売り場へ到着した。


「寝具、でございますか」

「用事があるのはそのとなりな」


 見当をつけてさらに奥へと進む。

 やがて、ディスプレイ用の棚に紳士物の寝巻を見つけて足を止めた。

 付近のラックには、白や青や紺の寝巻が整然とかけられている。


「さて、どれでも好きなのを選べ。あ、でもシルクとか高級なのはやめろよな。フツーのだ、フツーの」

「ご主人様のお召し物ですね」

「いや、お前の」

「私のものでございますか」


 ハジメは目を丸くし、それから真剣な表情で寝巻を見始めた。

 まずは価格を確認し、次に素材と手触り、それからサイズを確認する。色柄を確認している様子がないところは、アンドロイドゆえか。

 人間のように「迷う」ということをしないらしく、その動作はスピーディーだ。


 奴の横についているだけでも退屈なので、俺も適当に近くを見ることにした。

 デパートの量販品店まで来れば1、2着はいいものがあるだろうと思っていたが、逆に数が多過ぎて戸惑う。

 ハジメの方に視線をやると、奴は飽きもせずに一着一着を確認していた。それでも、まだ半分以上ある。


 そのとき、マネキンが着ている商品がふと目に入った。

 柔らかいフリース素材で作られているその寝巻は、上下とも茶色で、フードがあり、そのてっぺんには丸い耳のようなものが縫いつけられている。どうやらクマをイメージしているようだ。

 着ぐるみというほどではないが、綺麗な顔のハジメがこれを着ているところを想像すると滑稽で笑いが込み上げてくる。


「おーい、ハジメ! 見てみろよ、これ」

 声をかけると、奴は飛ぶようにこちらへやって来た。

「お呼びですか、ご主人様」

「これどうだ? お前にぴったりだろ、ハハハ」


 マネキンを指差すと、ハジメはそれをじっと見つめた。

 さすがにからかいすぎたかと思っていると、奴は素早くその商品の価格や素材を確認し、近くのラックから商品を見つけて取り出した。

 その間、わずか5秒。

 ぼんやり見ていた俺には止める暇もなかった。


「これにいたします」

「……は? マジか」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 いや、だって他にも似合うのあっただろ? あっちのストライプのだとか、こっちの紺のとか……。


 しかし、奴はそれを持って颯爽とレジへ向かってゆく。

 俺は間抜けな顔をしてぼんやりとその様子を見送ることしかできなかった。


    ◇ ◇ ◇ ◇


「さあて、帰るか」


 さきほどの光景にすっかり拍子抜けした俺は、ぼんやりと呟いた。

 クマパジャマはすでに会計を済ませ、袋に入れられてハジメに抱えられている。


「もうお帰りになられるのですか」

「ああ。必要な物は買ったしな」

「いえ、あの……」


 珍しくハジメが口ごもる。

 なんだよ、と促すと、奴はおそるおそる尋ねた。


「新しいアンドロイドは購入されなくてよろしかったのですか?」

「……は? なんで?」

「てっきり今日はそれでいらっしゃったのかと思っておりました」


 どうにも要点の流れがつかめない。


「えっ、そんなはなししたっけ?」

「私にできることは多くありません。ご主人様が朝おひとりでも起きられるようになり、イラストのご依頼も期限内にこなせるようになり、コーヒーの淹れ方も覚えられたら、私にできることはなくなります。この外出が最後のお供になるのかと思ったのですが……」


 これには言葉を失った。

 まさかハジメがそんなつもりでいたとは想像もしていなかった。

 今まで苦労をかけてきたから、これからは自分がもっとしっかりしなくてはと考えていたのだが、そのせいで不安にさせてしまったのかもしれない。


「ハジメ」

 名前を呼ぶと、奴はびくりと体を震わせた。

「……っ、はい」

「次に同じことを言ったら、俺は本当にそうするからな」


 脅しの意味で言ったつもりだった。

 だが、残念なことにハジメにはそれが通用しなかった。


「そのようにされてはいかがでしょう。すぐに手配をいたします。最近でしたら夜の相手ができるアンドロイドもございますよ」


 きわめて優しい声で、奴は言う。

 でも、俺が聞きたかったのはそんな言葉じゃなかった。


「……ハジメ。ちょっと顔をこっちに寄せろ」

「はい」


 なんの疑いもなく、ハジメが顔を寄せる。

 相変わらず綺麗に整った顔立ちで、見ているだけで苛立つ。

 だが、遠慮することなく拳でその額をコツンと小突いた。

 また「ユーザーハラスメント」などと非難されるかもしれないが、そうでもしないと腹の虫がおさまらない。


「……差し出がましいことを申し上げ、たいへん失礼いたしました」


 ハジメはしおらしく頭を下げた。

 どうやら俺が怒っていることは伝わったようだ。

 痛いともめてほしいとも言わず、すっかりしょげた顔でうつむいている。


 本当は、わかっていた。

 こいつは仕事熱心で、いつでも俺のことを第一に考えてくれて、今だってただ真っ直ぐにユーザーの望みを叶えようとしているだけのことなんだ。


 でも、やっぱり気に入らないものは気に入らない。

 大人げないとは思ったが、俺は家に帰るまで口をきいてやらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る