2章 クマパジャマ
2-1 添い寝をしてさしあげなくてはなりませんね
俺の朝はハジメの小言から始まる。
ああ、また今日もだ。
「おはようございます、ご主人様。昨夜は遅くまでお仕事をされていたようですね」
げっ、なんでバレてるんだ?
ハジメは先に寝かせたはずだぞ。しかも、光や物音で起こさないようわざわざ隣の部屋に行かせたはずなんだが。
そんな俺の思考など見透かすように、奴は言う。
「パソコンの履歴によりますと、お仕事用のファイルの最終保存時刻が2:48となっております。もう少しお早くお休みいただかなくては」
俺は、フリーのイラストレーターをしている。
仕事中は自宅でパソコンに向かうことが多く、たしかにゆうべも遅くまで仕事をしていたが、まさかファイルの保存時刻でバレるとは思わなかった。
「おっ、おまっ、勝手に見んなよ!」
「アクセス許可はいただいておりますので。それに、主人について知るのも執事の務めでございます」
おぉ
この調子だと、仕事の報酬額から貯金残高からお気に入りのAVコレクションまで把握されてそうだぜ。
アンドロイドだからなのかもしれないが、ハジメはとてもまじめな性格で、熱心に仕事をこなそうとする。それはまことに結構だが、それが原因で俺とは意見が合わないことも多い。
「昨日は仕事がノってたんだよ。いいだろ別に」
「いいえ。規則正しい生活を送るのが一番でございます。何度も夜更かしをなさるようでしたら、
「冗談じゃねぇ」
巨乳メイドアンドロイドならともかく、ハジメは『執事アンドロイド』だ。執事服をビシッと着こなし、どこからどう見てもいかにも執事という雰囲気の奴だ。
誰がこいつなんかとベッドインするものか。
そう言い返してやろうとして、大きなくしゃみが出た。
「おや、お風邪ですか」
ハジメが心配そうに俺を見る。
俺はしっしと手で払う仕草をした。
「ほっとけよ。『お風邪』だなんて大層なものじゃねえよ」
だが、言われてみれば部屋がいつもより寒い気がする。
ゆうべは深夜という時間帯のせいかと思っていたが、こうしている今も肌寒さを感じる。
エアコンのリモコンを確認するが、温度設定はいつも通りだった。
「室温がいつもより低くなっているようです。エアコンが故障している可能性がございます。早めの修理をお勧めいたします」
「修理ったって……」
間の悪いことに、今は年末が差し迫る時期だ。企業はどこも休みに入っているに違いない。
やれやれ。なんで家電類ってのは年末になると壊れるんだろうな。
俺がそんなことを考えているあいだにも、ハジメはさっそく近隣の業者を検索したらしい。
「このあたりですと、三件の修理業者があります。一件目はお安いようですが、人気が高いようで年明け十日頃まで修理の予約が埋まっているそうです」
「まあ、そうなるよなあ」
「二件目は少しお高くなりますが、もう少し早く予約が取れそうです。ただ、年内の営業はすでに終了しています」
「だよな。たいていの会社は休んでるもんだ」
「では、ご主人様もお仕事をお休みください」
思わぬ言葉に、俺は首を振る。
「だめだ。最近ようやく仕事依頼が増えてきたんだ。この機会を逃すわけにはいかねぇよ」
「せめて夜はしっかりお休みになっていだけませんか」
「……わかったよ」
ハァ、と俺はため息をついた。
あれ以来、ハジメとの関係はまだ少しギクシャクしている。
いや、気にしているのは俺だけかもしれない。ハジメは今までと変わりなく過ごしているように見える。
あの日――つまり、二人でメンテナンス工場から帰って来た日、俺は今までのことをすべて謝罪した。
暴言を吐いたことも、罵声を浴びせたことも。
まじめに仕事をこなそうとしているハジメに対して文句ばかり言い続けてきたことも。
それ以外にもまだまだたくさんある。両手で数えても足りないくらいだった。
言葉にすればするほど、自分の横暴さを思い知った。
だが、人間がすぐに変わるのは難しい。
胸を張って主人を名乗るには、まだ時間がかかりそうだ。
とりあえず今日から夜更かし厳禁、と心に刻む。
「……で、三件目は?」
そう促すと、ハジメは続けた。
「はい。三件目は年中無休、本日も修理依頼を受け付けているそうです」
「おっ、いいねえ。そこにするか? いや、でもまてよ……そんだけ空いてるってのが何か怪しいな」
うーんと首をひねっていると、すぐにハジメが情報を調べてくれた。
「
「なるほどなあ。うまい話には裏があるってな」
今のエアコンは、ほんの数年前に取り付けたばかりだからそこまで古い機種ではない。つまり、修理で直せる可能性は十分にある。
ハジメの手前、少し調子が悪くなったからといって機械を簡単に捨てる気にもなれなかった。
「よし、一件目の直近に予約を入れてくれ」
「かしこまりました。それでは1月11日の朝10時に予約を申し込みますが、よろしいですか?」
「おーけー」
承諾するように大きく頷いてみせる。
まだしばらく寒い夜が続くと思うが、問題はない。
ひとつ妙案を思いついたのだ。
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