第15話 夢のアイランド
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仕事が成功したお祝いにと、ニキはジャックから週末の旅行に誘われた。エドワード一家も一緒だ。当日、ニキはプライベートな飛行場へ連れていかれて驚愕する。そこからプライベートジェットをジャックが操縦士、彼が所有するという小さな島へと向かった。
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土曜日、目の前の光景を見て、ニキは口をぽかんと開けるばかりだった。周囲はまばらに木があるだけの殺風景な場所だ。しかしそこに一機の白い小型ジェットが、飛び立つのを待っている。白い翼が光を反射してきらきらと輝いている。
「ここは……いったい何?」
ニキが誰にともなくたずねる。
「何も聞いていないのかい? ニキ」
「ええ、ただお祝いをしようって。車の中でも何も言わなかったわ」
ニキとエリザベスはジャックの運転する車でここまでやってきた。そこにはすでに、エドワード一家が待っていた。彼らはどこへ行くのか、もう知っているらしい。
「ふうん、ジャックらしいな」
「ここは飛行場なの? 私たち以外、お客らしき人はいないけど」
「ああ。ここはプライベート機専用の飛行場さ」
エドワードが誇らしげに言う。
「そしてこれはジャックご自慢のプライベートジェットだ」
プライベートジェット! さっきここに入ってきたとき、黒人男性がジャックと親しげに話をしていたが、あの男性は飛行機の整備をしているのだろうか。
もう一度ジェット機を見る。するといつのまにか、飛行機の入り口につけられたタラップの前に、上着を着てサングラスをかけたジャックが立っていた。
「さあ、いざゆかん。夢のアイランドへ!」
エドワードがおどけて言う。
「夢のアイランド?」
「フェレイラ島さ。ジャックが所有している無人島だよ」
フェレイラ島! プライベートジェットどころではない! ジャックは島まで持っているの? ニキは何を言えばいいのかわからなかった。口を閉じることさえ忘れてしまう。
ジャックが近づいてきて、ジェット機に乗るよう手でうながす。
「さあ、みんな乗ってくれ。エリザベス、中に入ったら歩き回るなよ。空を飛ぶんだ。揺れたらこわいぞ」
「うん、じっとしてる」
「さあ、ニキも乗って」
「え、ええ」
エドワードたちについてニキも機内に乗り込む。最後にジャックが入ると、彼は外のスタッフに向けて合図を送った。そしてキャビンの前に立って言った。
「さあ、これから一時間のフライトだ。ゆっくりくつろいでいてくれ」
「え? ジャックの操縦?」
「そのとおり。このジェット機の機長はジャック・フェレイラだ」
ニキはまた言葉を失った。企業のトップでジェット機を所有している人は少なくないかもしれないが、それを自分で操縦するの?
「ああ。ジャックの操縦なら安心だ」
エドワードがうなずいている。
小型のプライベートジェットとはいっても、キャビンは思ったより広かった。座席の前のほうに、さまざまな飲み物やグラスが並ぶバーまである。
ニキはまるで初めて飛行機に乗ったときのように緊張していた。けれども他の人たちは笑顔を浮かべている。シェリルとエリザベスは物珍しそうに中を見ていたが、ベッキーが慣れた手つきでシートベルトを締めてやる。
全員がベルトを締めたのを確認し、ジャックは悠々とコックピットへ入っていった。やがてエンジン音が聞こえ、機体が少しずつ動き始めた。
快適なフライトののち、一時間ほどで島に到着した。いかにも間に合わせで建てたような小屋の中にベンツのワゴン車が置いてあり、全員でそちらに乗り換えた。どこへ行くか知っているのはジャックだけだ。ハンドルを握る彼は、とても楽しそうな顔をしている。
ゆるい坂をのぼりながら五分ほど走ると、丘の上に白い外壁が美しい建物が見えてきた。
「あら、あそこね。誰かいるみたいだわ」
ベッキーが車の窓ガラスに顔をくっつけんばかりにして言った。
「先に来て、準備をしてもらっていたんだ。この島を買ってから定期的に手を入れにきているから、みんな慣れたものさ」
建物の正面に車が停まる。開かれたドアから居心地の良さそうなエントランスが見え、その先のテラスの向こうには海が大きく広がっていた。全員が車を降りると荷物をおろし、車をそのままにして建物に入った。ゲストハウスらしきコテージも三軒見えている。
「ここは無人島だったんだ。二年かけてようやく人が泊まれるようにした」
ジャックが周囲を眺めながらしみじみと言う。
「家の反対側はビーチになっている。泳ぐならコテージで着替えてくるといい」
ジャックがエドワード一家に向かって言う。シェリルとエリザベスは歓声をあげ、コテージの一つへと走っていった。エドワード夫妻がそのあとを追う。
「それなら私は、キッチンを手伝ってきます」
ジャックと離れて奥へ向かおうとしたところ、ジャックに腕を引かれた。
「こっちへ」
そう言ってテラスへと導かれた。
テラスに出ると青い海が広がっていた。吹き渡る海風が心地よい。
「わあ」
ニキは胸の高鳴りを押さえたくて、手すりに手をついて身を乗り出した。ジャックが後ろからニキの手に手を重ねて寄り添った。
「ニキ、きみはここではエリザベスのナニーじゃない」
そう言って、腕をまわし、背後から抱きしめた。ジャックの広い胸に背中があたると、すっぽり体が包まれる。
「え? どういうこと?」
今にも心臓が飛び出してしまいそうだ。
「きょうは僕のパートナーとしてここにいてくれ」ひと呼吸おく。「いや、きょうだけじゃない。これからもずっと」耳もとでジャックの声がした。
ニキは息をのみ、しばらく言葉が出せなかった。
「ジャック」
夢のような言葉。これって自分の思っている通りの意味なの? 問いかけることがこわくて、名前を呼ぶことしかできない。
「きみはこれまで会ったどんな女性とも違っている。ニキ、きみとこれからの人生を生きていきたい」
そう言ってニキの体の向きを変えると、二人は向き合った。
「一人の女性に対してこんな強い気持ちを持ったのは初めてだ」
「ジャック……」
ニキはジャックと視線を合わせた。
真剣な表情のジャックがまっすぐにニキを見ている。
「きみの気持ちを聞かせてくれ」
心からの言葉がニキの胸にしみた。熱い喜びがこみあげてくる。ニキにももう迷いはなかった。
「ジャック、うれしい。あなたにそう言ってもらえるなんて夢みたいよ」
「ニキ」
ジャックの顔が近づいてきて、ニキは目を閉じた。あたたかな唇が重ねられ、そのとたんぐいと抱きしめられた。所有欲むきだしのキスだ。ニキの気持ちをたしかめたジャックに遠慮はなかった。
たっぷりのキスのあと、ジャックはくらくらしているニキから体を離し、彼女の目をじっと見て言った。
「ありがとう。あの晩のことを、きみが後悔しているのではないかと思って気が気ではなかった」
「ジャック、ごめんなさい。急に恥ずかしくなってしまって。でもあなたへの気持ちはずっと前から変わらないわ」
彼はニキの肩を抱き、三つ並んだコテージのほうを指差した。
「真ん中のコテージがきみの……いや、きみさえよければ僕らの部屋だ」
そうささやくように言われ、ニキの体が小さくふるえた。
「コテージのテーブルにきみへの贈り物が置いてある。ぜひ使ってほしい」
夢の中にいるような、ふわふわとした足取りでニキがコテージのドアをあけると、南国の花をたっぷり活けた大きな花瓶が出迎えてくれた。奥に見えるテラスには、リクライニングチェアがふたつとジャグジーが見える。部屋の中はそれほど広くはないが、センスのいいリネンで統一され、シンプルで気持ちがいい。
テーブルの上には大きな箱が置いてあり、「ニキへ、心をこめて」と書かれたカードが添えられていた。いちばん上には、リボンのついたピンク色の包みがあった。開けてみると、なんと白いビキニの水着が入っていた。ニキは思わず笑ってしまった。
ジャックったら、私がいつもフィットネス用の色気のない水着を着ているから、こんなのを選んだのね。
せっかくだからとその水着を着てみると、計ったようにぴったりだった。ただ、それだけで外に出るのは気が引けて、ニキはシャツの上に着ていたパーカーをはおった。
水着の下にあったのは、ディナー用のドレスだった。シャンパンゴールドの生地が日差しを浴びて輝いている。ニキはほうっとため息をつく。
ああ、夢ならどうか覚めないで。
ビーチに出ると、シェリルとエリザベスはすでに海に入って水遊びをしていた。そばでエドワードがしっかり監視している。ベッキーはパラソルの下のビーチチェアに座り、となりにいるジャックと話をしていた。
「あら、ニキ。すてきな水着ね。とてもよく似合っているわ」
「……ありがとう」
ニキは何だか恥ずかしくて、まともにジャックを見られない。
「ああ、ふだんの水着もチャーミングだが、それもとてもいいよ」
ジャックがにやりと笑った。
「あの、ありがとう。水着だけじゃなくてドレスまで」
「気に入ってもらえたかな」
「ええ、どちらもすてきだわ。あなたが選んでくれたの?」
「いや、実を言うとキャサリンに見立ててもらった。ファッションに関しては、自分のセンスを信じていないんだ」
それを聞いてニキは思わず笑いそうになった。
「ねえ、ジャック。私と競争しない?」
「競争?」
「泳ぎには自信があるの。あの岩までどちらが先に着くか競争しましょう」
ニキは五十メートルほど先の海面に顔を出している岩を指し、挑むように言った。ジャックは驚いたようだったが、にやりと笑った。
「よし、その挑戦、受けて立とう」
そう言って立ち上がる。
パーカーを脱ぎ、走って海に入る。沖へ向かって力いっぱい腕と足をかくが、うしろから来たジャックにあっという間に追いつかれてしまった。ジャックはニキに並ぶと、あとはペースを合わせてそのまま並んで泳いでくれた。うしろのほうでエドワードが声援をおくっているのが聞こえる。
ジャックに少し遅れて岩に到着する。岩は人ひとりが座れるほどの大きさしかない。二人は突起を手でつかみ、岩の横に浮いていた。
「さすがだな、並んで泳ぐのがやっとだ」
そう言いながらジャックはニキのほほに触れた。
「エリザベスと毎日泳いでいるおかげね」
ニキの言葉にジャックがとびきりの笑顔を見せた。
「きみに会えたのもエリザベスのおかげだ。感謝しないといけないな」
そう言って、ニキの顔を引き寄せると、そっと唇にキスをした。素肌のふれあいに、彼の目に欲望の光がきざす。ニキは身をひるがえして岩をけり、砂浜に向かって泳ぎ始めた。ジャックは息を一つつき、彼女のあとを追った。
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