第6話 こんなときめきは何年ぶり?

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シェリルのバーステーパーティが地元のトップクラスのホテルで行なわれると知ってあわてるニキ。少しでもきれいになりたいと、華やかな席にふさわしいメイクやヘアスタイルをパティに教わる。パーティの当日、ふだんのビジネススーツと違う服を着たジャックはまぶしいほどだった。


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 夜、ジャックが家に帰ると、ドアを開けた瞬間に花の香りがあふれた。奥のリビングからニキとエリザベスが迎えに出る。

「ジャック、こんなにたくさんのお花をありがとう」

 ニキが前に出て言った。

「なに、ほんの気持ちだ。気に入ってもらえたかな」

 ニキの顔は少し上気している。

「ええ。こんなにたくさん花をもらったことがないから感激したわ」

そして、少しだけ肩をすくめて付け加えた。

「ちょっとびっくりしたけど」

「そうだろうね」

ジャックが、いたずらを成功させた子供のように笑った。

「ぜんぶきみの部屋に飾ってくれてよかったのに」

 ニキは苦笑した。そんなこと無理だって知っているのに! 今日のジャックはきのうまでとは違っているように見える。これまでになくリラックスしているみたい。

「一人で楽しむだけじゃもったいないから、みんなで見られるようにしたの。でも青いばらの花束だけは、部屋に飾らせてもらっているわ。珍しくてとてもすてき」

「ああ、あれは僕もいちばん気に入っている」

「本当に?」

「あの青いばらが、きみの目の色に似ていると思った」

 ニキは急に胸が苦しくなった。鼓動が速くなり、顔に血がのぼる。

彼のそんな言葉が、女性をどんな気持ちにさせるか知っているのだろうか? 

「そういえば、きょうエドワードが来ただろう?」

「え? ええ」

「シェリルのバースデーパーティのことは聞いたかい?」

「ええ。招待状をもらったけれど、本当にいいのかしら」

「パーティのホストからの正式な招待だ。誰に遠慮もいらない。僕はエドワードからきみをエスコートしろと命令されたよ。きみはそれでいいのか?」

「もちろん。もしご迷惑でなければ……」

「かまわないさ。エリザベス、シェリルのバースデーパーティに、僕とニキと三人で行こう」

 ジャックが体を少しかがめて、ニキのとなりにいたエリザベスに話しかける。エリザベスは何も言わず、こくんとうなずいた。

 ジャックにエスコートされてパーティに参加する。そう考えただけで、ニキの心はときめいた。

あまり舞い上がらないのよ、ニキ。自分にいい聞かせた。子供のバースデーパーティじゃない。ごくカジュアルなものよ、きっと。

「あの、どんな服装で行けばいいのかしら。バースデーパーティといっても、やはりある程度は……」

 ジャックは上を向いて少し考えた。

「そうだな……昼間のガーデンパーティだから、それほど格式ばったものじゃないだろう」

 屋外と聞いて、ニキは少しほっとした。しかしジャックは何でもないことのように続けた。

「ただ会場がフェアフィールドパークホテルだから、ジャケットは必要だな」

「え? フェアフィールドパーク?」

 この地域でトップクラスの高級ホテルなの!

「招待状にそう書いてあっただろう? まだ見てないのか?」

 そういえばあのあと、たくさんの花束を飾ることに夢中で、まだゆっくり招待状を見ていなかった。

ニキはてっきりエドワードの家でやるものと思っていた。子供のパーティだからと油断していたら、あやうく恥をかくところだった。

「僕はファッションはあまり得意じゃないが、パートナーに恥をかかせるようなことはしない。安心してくれ」

 恥をかかせることを心配しなければいけないのは、どう考えても私のほうだ……。


ニキはパーティに、十八歳の誕生日に父親に買ってもらった、膝丈のドレスを着ることにした。大人になった記念に、背中の大きく開いたセクシーなドレスが欲しかったのだが、父が反対し、襟ぐりを広くあけたロールネックのものに落ち着いた。クリーム色で、裾がフレアになっており、歩くとやわらかく揺れる。外の日差しの中で映えるだろう。そしてばらの造花がサイドについたベルトを締める。

 ドレスを取りにアパートに戻ると、パティは興奮して言った。

「すごいじゃん! ジャック・フェレイラにエスコートされて、フェアフィールドでパーティなんて」

「子供のバースデーパーティよ。知り合いがいないと気詰まりだろうからって、ホストのエドワードが気を利かせてくれただけ」

「さっすが副社長だね。配慮が行き届いてる!」

 パティの中でエドワードの株は急上昇したようだ。

「それで、ねえお願い! このドレスに合うメイクを教えてほしいの。子供相手の仕事ばかりだったから、メイクやネイルなんてほとんどしなかったもの。でも、少しくらい華やかにしないと」

 せっかくジャックがエスコートしてくれるのだから、少しでもきれいに見せたかった。

「そんなのお安いご用よ。誰よりもきれいにしてあげるから」


 パーティの当日。パティに習ったとおり、日焼けした肌の色を生かし、健康な印象を強調する。マスカラは抑えて、チークは明るく、仕上げのルージュはパール入りのオレンジベージュに。ナチュラルなメイクのほうがニキの顔立ちを引き立てると、パティからはアドバイスされた。

 きょうばかりは、エリザベスもドレスアップしている。ウエストで切り替えたワンピースで上半身は黒のパフスリーブ、スカートは白のオーガンジーで花の刺繍がいくつも散っている。

「すてきね。エリザベス、そのドレスよく似合ってるわ」

「パパとママが買ってくれたの。でも着るのはきょうが初めて」

「そうなの」

 エリザベスは鏡を見て、うれしそうにしている。やはりエリザベスも女の子だ。たまにはこんなかっこうもしたかったに違いない。

ニキはドレスに合うよう、高めのポニーテールに髪を結ってあげた。天然の巻き毛が、頭のうしろできれいなロールになった。前髪もハンドカーラーで巻いてカールを揃える。これに黒のエナメルの靴をはくと、立派なレディのできあがりだ。

「髪をこんなにきれいにしてもらったことなかった。ジャックはこういうことしてくれないし」

 ニキはふき出しそうになった。ジャックが小さな女の子の髪をとかして結っているところなど想像できない。

「男の人には無理かもしれないわね。さあ、行きましょう。ジャックが待ってるわ」


 リビングに入ってきたニキとエリザベスを見て、ジャックは目をみはり、まぶしそうに目を細めた。

「やあ……きれいだな」

 思わずジャックの口を突いて出た。淡いクリーム色のドレスのニキは美しかった。肌がつややかで、生き生きとしている。

ふっくらとした唇は真珠のように輝き、誘うように少しだけ開いている。その唇にキスしたい。ジャックは思いがけない衝動にかられた。じっと見つめてしまったのだろうか、ニキのほほが赤く染まるのが見えた。

「エリザベスもとてもきれいだ。驚いたよ」

「ありがとう……」

 エリザベスがはにかんだ笑顔を浮かべる。ジャックは胸を衝かれた。うちに来てからエリザベスがこんな風に笑ったのは初めてではないか。

このあいだ一緒にエドワードたちに謝りに行ってから、少し姪との距離が縮んだような気がする。これはニキのおかげだろう。

「では、レディたち。車へどうぞ」

 ジャックは二人のレディのために、玄関のドアを開けた。


 パーティ会場に入って、ニキは思わず息をのんだ。

 広々とした庭には青い芝が広がり、中央には子供の背丈に合わせた低い大きなテーブルが置かれ、そこに色とりどりの料理が並んでいる。横にはバーカウンターが設置され、大人向けのアルコールと、ソフトドリンクが何種類も置いてあった。すでに何人もの招待客が飲み物を手に話をしている。

 女性たちはやはり、ドレスやアンサンブルのセミフォーマルだ。男性たちにはネクタイをつけていない人もちらほらいる。とても子供のためのパーティとは思えない華やかさだ。

「こんなに豪華なバースデーパーティは初めてだわ」

 昔、芸能界にいたころ、スターが子供のためにぜいたくなパーティを催したという話は聞いたことがあるけれど、父のニコラス・プレストンはそのような華やかさとは無縁だった。

「エドワードはいずれ政界へ進もうとしているんだろう。人脈づくりには熱心だ。学校の役員やら資金集めやらも熱心にやっている。シェリルをこの学校に入れたのも、保護者に大物が多いからというのもある」

「まあ……」

 やはり、ただのいい人ではないわけね。

「そればかりが理由ではないと思うが。シェリルが行っているからと思って、エリザベスもそこの付属のナーサリーに入れたが……小学校は別のところがいいかもしれないな」

そばにいるエリザベスに聞こえないよう、小声でジャックが言う。

「ええ、そうかもしれないわね」

 ニキも小声で相づちを打ち、ジャックの姿を見た。

 きょうの彼はドレスシャツにチェックのジャケットを合わせ、同系色の無地のパンツというラフな服装だった。

ビジネススーツのときと違い、はつらつとした若さがにじみだしている。

そう、彼はまだ三十代なのだ。そしてなんとか姪と心を通わせようとしている。

ジャックと並んで歩くと、その背の高さ、たくましさを間近で感じる。

エリザベスと手をつなぎ、ジャックのそばにいることの晴れがましさに、ニキの心は震えた。

 主催者であるミルトン夫妻とシェリルは、簡単なステージの前に立ち、客を迎えていた。

「やあ、ニキ。きょうは来てくれてありがとう。妻のベッキーを紹介するよ」

 ベッキーはにっこり笑い、ニキに手を差し出してくれた。少しふくよかな印象で、右ほほにくっきりとえくぼが浮かぶ。エドワードと同じく金髪だが、目は明るいブラウンで、笑うとその目じりが下がり、愛嬌のあるとてもやさしい顔になる。

「きょうはどのくらい招待客がいるんだ?」

 ジャックがエドワードにたずねた。

「それほど多くはない。子供が三十人くらいだから、それに一人か二人、あるいは三人付き添いがついて、ざっと百人というところかな」

 百人で“それほど多くない”ですって!

「今日はほとんどが既婚者だから、きみに面倒なアプローチをしてくる女性はいないはずだ。もっともこんな美しい女性を連れていたら、おそれいって誰も近づきはしないと思うがね。ニキ、きょうは一段と美しいな。まるで天使みたいだよ」

 ジャックにきれいだと言われて、あんなにときめいたのに、エドワードの言葉だと、社交辞令として落ち着いて受け取れる。

「エドワードったら。あなたの軽薄な言葉じゃ、女性の胸には響かないわ」

 妻のベッキーがぴしゃりと言った。彼女はニキの顔を見て、にっこり笑って言った。

「ジャックとエリザベスが来てくれて、とてもうれしく思っているのよ。それはあなたのおかげね。きょうはゆっくり楽しんでいってね」

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