第5話 パーティへの招待

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エドワードと娘のシェリルに理不尽なことを言ったジャックをいさめてくれたことについて、エドワードが感謝の印にと、ニキをシェリルの誕生日に招待する。一方、ジャックもニキの勇気ある発言へのお礼に花を贈るが、注文するときちょっとしたいたずら心を起こして……。


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 翌日、ニキはいつもどおりエリザベスと朝食前に泳ぎ、パンケーキを食べさせて学校に送り出した。

 前日、エドワードの家から帰ってくると、恥ずかしそうに「シェリルにあやまってきた」というエリザベスを、ニキはしっかりと抱きしめた。さすがにゆうべはあまり話もせず、おとなしく寝てしまった。

 大人に叱られたのは久しぶりなのだろう。しかし今朝起きたときは、ふだんと同じ顔をして、プールで黙々とクロールの練習をした。エリザベスは自分がカルロスやジャックを心配させ、シェリルに迷惑をかけたことをわかっていたのだ。そういうときはきちんと叱って、あやまるきっかけを与えたほうがいい。

私の判断は間違っていなかった。そうニキは思う。


 けれどもジャックに正面から反抗してしまった。いくら自分が正しいと思っても、ジャックは気を悪くしたに違いない。

 今朝、ジャックはニキが気づかないうちに家を出てしまっていた。ニキのほうも、あまり顔を合わせたくはなかったけれど、はっきり無視されるのはつらかった。

 もしかしたら、このままくびになってしまうかも。

 この仕事を失ったら、また将来の計画が変わってしまう……。

 ニキが悶々としながら皿を洗っていると、玄関のドアが開く音がした。カルロスが帰ってきたのだろうとキッチンで待っていると、エドワードがにこにこしながら入ってきた。

「やあ、ニキ、おはよう」

「エドワード! なんでここにいるの? ジャックならもう家を出ているわ」

「ああ。会社で会ったよ。これからまた客先へ行くんでね。その前にきのうのことで、きみに礼を言っておきたかったんだ」

「お礼?」ニキは首をかしげた。

「あのジャック・フェレイラがわが家へやってきて頭を下げた。天変地異が起こるかと思ったよ。それできみがどんな魔法を使ったのか知りたかったんだ」

「私は別に魔法なんか使っていないわ」

「僕とシェリルにあやまるべきだと、きみがジャックをいさめたってカルロスに聞いたよ」

「いさめるだなんて……」

 ニキは苦々しく思った。まさにそのことでさっきから悩んでいたのに。

「エリザベスもシェリルにちゃんとあやまったよ。僕にもね」

「それは、そうするべきだと思ったのよ。きのうのジャックの言い方はあまりにひどかったわ。それほどエリザベスのことを心配しているのでしょうけど」

「ああ。彼があれほど冷静さを失うことなどめったにない。だから僕もびっくりした」

「エリザベスはジャックにとって、特別な存在なのね」

「ジャックと兄のロバートは、互いに認め合ったライバルみたいなものだったから。その忘れ形見となると、特別な思い入れがあるんだろう」

「ええ」

「なんてね……。今は僕もそう言えるくらいになったが、きのうは本当に腹を立てていた。理不尽にシェリルを責めたことでね。ジャックがあやまりに来なければ、きのうのうちに辞表をたたきつけたかもしれない」

 ニキはぎくりとして顔をあげた。

「フェレイラを辞めるつもりだったの?」

「それくらい怒っていたということさ」

 そしてニキににやりと笑いかける。

「だからきみには感謝している。きみがジャックに正しい行動をとらせてくれたおかげで、僕も会社を辞めずにすんだ」

「そんな。私にそんな力はないわ。ジャックは自分の意思で、あなたのところへ行ったのよ」

「いいや。やつはめったなことでは人に頭を下げたりしない。ずっと近くで働いているから、それはよく知っているよ」

「私はシェリルが心配だったの」

「ああ、帰りの車の中では泣きそうだった。どうして怒られるのかわからなかったんだろうな」

「かわいそうに……」

「ああ。だから僕はきみに感謝しているんだ。エリザベスだけでなく、シェリルのことも心配してくれた。それでお礼の印として、来週のシェリルの誕生日パーティにきみを招待したい」

 そう言ってブリーフケースの中から、白い封筒を取り出した。

「これが正式な招待状だ。エスコートはジャックにさせる」

「ええっ? ジャックに?」

「ああ。きみの相手としては不足かもしれないけど、どうだい? あ、もしボーイフレンドがいるんなら、ジャックはキャンセルしていいよ。その男性の分の招待状も渡そう」

「まさか。ボーイフレンドなんていないわ。でもジャックだなんて。彼は私のボスなのよ」

「べつにいいじゃないか。僕はあくまできみを招待したいんだ。でも子供以外に知らない人間ばかりだと気詰まりだろう? ジャックがいれば少しは安心できるんじゃないかな」

「少しは、って……。もちろんジャックがエスコートしてくれたら、とても心強いわ。でもジャックはどうかしら。彼、きのうのことで気を悪くしてるわ」

「まさか。あいつはそんな器の小さい男じゃないさ。きのうの謝罪は心からのものだった。あやまるべきだと言ってくれたきみには感謝しているはずだ」

「そうかしら」

 エドワードからそう言われても、ニキは信じられなかった。

 プライドの高い男性が、女性、しかも雇っている人間から意見されて、いい気分のわけはない。

事実、今朝は顔も合わせずに行ってしまったではないか。

仕事を失うかもしれないという心配もさることながら、ジャックに嫌われたかもしれないと考えると悲しかった。


 そのとき玄関の呼び鈴が鳴った。カルロスなら呼び鈴など鳴らさず入ってくるだろう。インターフォンを見ると、キャップをかぶった若い男性だった。

「こちらにニキ・リースさんはいらっしゃいますか。お届け物です」

 私あてに届け物? まったく心当たりがなくて、ニキは思わずエドワードの顔を見た。彼はおもしろそうに目を見開くと、玄関へ行くよう手ぶりをする。

 ニキは戸惑いながらも玄関へ行き、ドアを開けた。そのとたん、鮮やかな青色が目に飛び込んできた。キャップの青年は大きな花束を抱えていたのだ。

「こちらニキ・リース様へ、ジャック・フェレイラ様からです」

「ジャックから!」

ニキは思わず叫んだ。

 花束には封筒が添えられていた。

中からカードを取り出すと、そこには手書きでこう書かれていた。


『きみの勇気ある発言に感謝する』


「ほら、僕の言ったとおりだろう?」

 ニキのうしろからついてきていたエドワードが、カードをのぞきこんで言った。

「ええ……うれしいわ。青いばらなんて、すてき。こんな色の花束初めてよ」

「たしかに個性的でおもしろいな。おそらく人工的に色をつけたんだろう。最近の流行だ」

 ジャックがわざわざ選んでくれたのかしら。ニキは豪華な花束に感激して泣きそうになった。

ふと目を上げるとキャップの青年が何か言いたそうにしている。

「ああ、サインを忘れていたわね。ごめんなさい」

 急いでサインしようとすると、その青年が言った。

「いえ、あの、まだあるんですけど」

「え? これだけじゃないの?」

「はい、ちょっと待っててください」

 青年はうしろを振り返り、手で合図をした。すると玄関から離れた車止めの前に停めてあるバンから別の店員がもう一つ花束を運んできた。最初の青年もバンに戻り、さらに花束を持ってくる。次々と運び込まれてくる花を見て、ニキはあわてた。

「ちょ、ちょっと待って。いったい全部でどのくらいあるの?」

「さあ、二十くらいじゃなかったかなあ。とにかく急いで運んじゃいますね」

 おろおろするニキを尻目に、エドワードは大きな声で笑い、ブリーフケースを持って出て行こうとする。

「さて、僕はそろそろ行かないと。じゃあ、ニキ、パーティで会えるのを楽しみにしてるよ」

「ま、待って、エドワード! 私一人じゃ、こんなにたくさんの花束……」

 ニキの助けを求める声も気にせず、エドワードは大きな花束の間をすり抜けながら、ドアを出て行った。

その間にもさらに花が運びこまれ、玄関ホールはあっというまに花でいっぱいになってしまった。

「これで全部ですので、こちらにサインお願いします」

ずらりと花が並んだところで青年が言った。

「ええ……」

 青年が去ったあとも、ニキは呆然としてまわりをながめていた。

すると、ありがたいことにカルロスが帰ってきた。あふれるような花束を見て目を丸くする。

「いったいここはいつから花屋になったんだい?」

「ついさっきよ。ジャックが私に贈ってくれたの」

「だんなが? そりゃいい!」

 カルロスも楽しそうに目を輝かせた。

「ねえ、花瓶がどこにあるかおしえてくれる? 大きいのがたくさんいるわ」

 

 顧客との電話が終わり、ジャックが時計を見るともう十一時に近かった。

 そろそろ花が到着したころだろうか。きっとニキはびっくりしたに違いない。

きのうは帰りが遅くなってしまって、彼女に礼を言う暇もなかった。自分があれほど取り乱すとは、いま思い出しても冷や汗が出る。彼女にいさめられなければ、エドワードに謝罪したかどうかもわからない。

「ジャック、どうしたの? なんだか楽しそうな顔をして」

 ジャックが振り返ると、経理部のキャサリンが立っていた。

「ああ、キャサリン。女性は花をもらうと喜ぶというきみのアドバイスにしたがって、ある人に花を贈ったんだ」

「珍しいこと。ようやくあなたの心をとりこにする女性に出会ったのかしら」

 ジャックは苦笑する。

「そういうことじゃない。お礼の印だ」

「よほどお世話になったのね」

「ああ。彼女がいなかったら、親友と有能な部下をいっぺんに失っていたかもしれない」

「それなら私からもお礼を言わないと。でも……」

 キャサリンが何かプリントアウトした紙をジャックの目の前に差し出して言った。

「花屋から請求金額がメールで送られてきたんだけど。花屋を買い占めでもしたのかしら?」

 ジャックはちらりとその紙を見る。

「いや、買い占めたりはしていない。あまりに美しい花が多くて選びきれなくなっただけさ」

「それはけっこう。でもこれは経費にはなりませんからね!」

 キャサリンがきつい口調で言い、紙をデスクにたたきつけるように置いた。

「ああ、僕の私用の口座から払っておいてくれ」

 ニキはあれだけの花を見たとき、どんな顔をしただろうか? 彼女が目を丸くして驚くところを想像して、ジャックはほほえんだ。

彼女はこれまで出会ったどの女性とも違っている。自分に向かって「あなたは間違っている」と言い切った女性は、これまでいなかった。

 花屋で青いばらを見たとき、その色がニキの目の色を思わせ、それで花束をつくってもらった。しかしただ花束をおくるだけではつまらない気がして、いたずら心を起こし、大量の花を買ってしまった。それでもやはり青い花の花束がいちばん気に入っている。それを最初に渡すよう配達員に指示しておいた。静かな海を思わせるやさしいブルー。フェレイラ一族にはない目の色だ。その目に見つめられたとき、思わず吸い込まれそうになった。もし彼女と結婚したら、どんな目の色の子供が生まれるだろう? 

 思いがけない想像に、ジャックははっとした。彼女との間に子供? いったい何を考えているんだ。

 話を聞くつもりのなさそうな社長にあきれ、キャサリンは首をふって部屋を出て行こうとした。ジャックはふとそちらを振り向いて彼女に声をかける。

「キャサリン、ちょっと」

「何?」

 ジャックは椅子から立ち上がり、彼女に近づいていった。

「これは仕事とはまったく別の話だ」

 キャサリンは振り返らず、前を見たまま足を止めた。

「僕の大学時代の友人が、きみを紹介してほしいと言っている。僕から見てもいいやつだ。一度会ってみる気はないか?」

「ジャック。しばらくデートする気はないって言ったでしょう?」

 ジャックはキャサリンの肩にそっと手を置いた。

「きみがショックからなかなか抜け出せないのはわかる。僕だってまだ完全に納得しているとはいえないんだから。でも、そろそろ一歩踏み出してもいいころじゃないか」

 キャサリンはうつむいて、小さな声で答えた。

「私は大丈夫よ。本当に……」

「そうは見えないから言ってるんだ」

「ジャック……お願いよ」

「無理を言う気はない。しかし僕も母も、きみがどれほど悲しんでいるかは理解しているつもりだ」

「ええ」

「支えが必要なときは、いつでも話を聞く」

「ありがとう……いつか、きっと」

 キャサリンは大きく息を吸って呼吸を整え、ぐっと頭を上げて部屋を出て行った。ジャックは首を振って小さくため息をついた。

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