目醒めた後

 上下も前後も左右もわからず、混乱した状態で飛び起きる。

 飛び起きるという動作をしたおかげで、自分が仰向けになって眠っていたことに遅れて気付いた。

「ゆ、め?」

 あの暗く長い道も、発光する白い蝶も、無人の屋台通りも何もかもがただの夢だったらしい。

 周囲を見渡すと見慣れた和室、そこに引かれた布団に自分は寝かせられていたらしい。

 全身に嫌な汗をかいている、思い出してみると別に恐ろしくもなんともなくてつまらない夢だったのに、思い返せば思い返すほど、嫌悪感と恐怖に似た何かがこみ上げてくる。

 しかしそれどころではない。

 自分が寝かせられていた布団のすぐ横に控えていた白いパーカーの少女に飛びかかって、馬乗りになる。

「……っ!!?」

 半分寝かけていたらしいそいつは大きく目を見開く。

 何もかも状況が掴めていなそうなそいつの細い首に両手をかけて潰すように握りしめてやった。

「お前のせいで……!!」

 この女があの場所に紛れ込んだせいで自分は使命を果たせなかった。

 この女が人質なんかにとられたせいであいつらを取り逃した。

 この女がその辺に転がっていた拳銃の銃身を咥えて引き金を引こうとしたから、それを止めるためにこちらが捕らえていた人質を手放さざるをえなかった。

 この女さえいなければ、少なくとも最低一人は殺せていたというのに。

 だから、今ここで殺す。

 もう二度とあんな間違いを犯さないように、もう二度とあんなことで躊躇わないように。

 そうすれば全て元通りだ、そうすればもう。

「馬鹿だなあ」

 喉を思い切り締めているのに、やけにはっきりとした声で女は笑う。

「今、ここで殺すのなら……なんであの時見捨てなかった?」

 うるさいうるさいうるさい、動揺していただけだ、とっさに身体が動いただけだった。

 ただそれだけの話だ。

「素人に拳銃が扱えるとは思っちゃいなかったよ。腕力ないからあらぬ方向に暴発するかもとは思った……それでも私はああすることで『見殺していい』とお前に伝えたつもりだった」

 この女はいつもこうだ、自分の身を簡単に切り捨てる、こいつ自身が定義した最善のために真っ先に自分を捨てる。

「お前ならそれを汲み取ってくれると思ったんだけど」

「だまれ!!」

 そんなの汲み取れるわけないだろうが、その前に身体が勝手に動いてた。

 汲み取ってくれると思っただって? なんだっていつも癇に障ることを言ってくるんだこの女は、学習能力がないのか?

「……その顔見たくなかったし、その声で怒鳴られたくなかったからああしたんだけどな……うまくいかないものだ」

 やれやれと呟いた女の首から反射的に手を離して、その頬を思い切り平手で打った。

「いたい」

 痛くしてやったんだから当然だ、もういっそ何も喋りたくなくなるくらいに痛めつけてやろうかと思った。

「なんでそんな怒ってんの? 私はお前の友人やらせてもらってるけど、別にお前、私のこと好きでもなんでもないだろう? 鬱陶しいとしか思ってないんだろう?」

 言葉がなにも出てこなかった。

 実際その通りなのだ、こいつが構ってくるから渋々付き合ってやってるだけなのだ。

 それなのに言葉が詰まった。

 その通りだと怒鳴り散らすことすらできなかった。

「別にもういいよ。お別れしようか。私はお前のことが好きだから私のせいでお前にそういう顔をさせてしまうのは不本意極まりないんだ。いない方がいいのであればおとなしくいなくなるよ」

 なにも言えないうちに勝手に話が進んでいく。

 こいつはいつもこうなのだ、こちらの心情なんて一切無視して自分勝手に話を進めていく。

「ねえ、きいてる?」

「………………ころす」

 再び女の細首を両手で潰すように握る。

 うまく力が入らない、それでも殺す。

 苦痛に歪む女の顔にもっと苦しめと思った、同時にさっさと楽にしてやらなければという矛盾じみた思いもあった。

 認めてやる、僕の負けだ。

 お前なんて嫌いだった、好きでもなんでもなかった、鬱陶しかった、それでもいつでも殺せるから好きにさせていた。

 なんていうのはただの言い訳で、勘違いだった。

 そうではなかった、嫌いではなかった、鬱陶しいとは思っていたけど、それだけじゃなかった。

 あの時見殺せなかったのも、嫌いなんだろうと言ったこいつの言葉を即座に肯定できなかったのがいい証拠だ。

 こいつがなにも言わなければもう少しだけ誤魔化せたかもそれないけれど、もう誤魔化しようがないくらい自分の感情を自覚してしまった。

「僕も、お前のことが好きだよ」

 だからこそ今すぐ、この場で殺さなければならない。

 この女は間違いなく自分の枷になる。

 自分の仕事の邪魔になる、というか邪魔になったばかりだった。

 だから殺さなければならない、本当に手遅れになる前に、これ以上この女の存在が自分にとって重くなる前に、この世から消してしまわなければならない。

 殺したところできっと、こんな感情を持たせたこの女のことを一生恨みながら生きるしかないのだろう。

 それでも、今ならまだ間に合うから、まだ殺せると思えるから、そう思えるうちに殺さなければならない。

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ナミエシロチョウ 朝霧 @asagiri

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