ハルナ、エードルフとの契約を解除する

 いろんな事があったニ日で、団長的には解除のタイミングを逃し、このまま契約式まで忘れてくれればと考えていたようですが、そんな事はさせません。

 解除のタイミングは月に2回あってよかったよ。

 やっぱりこういうことはちゃんとしたいよね。

 今日は白の5の月、契約解除のできる満月の夜です。


「ねぇ、団長。結局解除したくなかった理由って何だったの?」


 団長はコップにブローチを入れて、魔の森の泉の水を水筒から移し替えながら、

「……契約解除したら、ハルナと俺を繋いでくれたものがなくなってしまうから」

 と言い、ブローチ入りのコップを窓際に置いた。

 ブローチは水に触れた部分から少しずつ光を失っていく。


「これは一番初めに俺とハルナを繋いでくれたものだしね。ハルナには事故でも、俺には思い入れがあったんだ」


 ブローチがすべて水に浸かると、すっかり光を失い、これで私との契約は切れてしまった。

 少し残念そうに団長は言う。


「ああ、完全に戻ったね」


 私は用意していた手鏡で姿を確認しながら、言う。


「あのね、団長。私が元の姿に戻りたかった理由はね、もう一つあるの」


 私は手鏡を簡易テーブルに置き、団長に向き直る。


「私ね、今の自分の姿も好きなの。全然消えない頑固なクマも、眉間にクセがついたシワも、爪にもシワ出来ちゃって。年を取るってがっかりする事ばっかりだけど、全部、私がちゃんと生きてきた証なの。この先ずっと25歳のままなら、なおさらあんな一瞬じゃなくて、自分の目でちゃんと見て、覚えておきたかったの」


 私はふふっと笑う。


「でもまあ、ほいほい戻されても困っちゃうから、今のうちに団長もちゃんと見て覚えておいてね!!」


 団長は急に考えこんだかと思えば、

「ねぇ、ハルナの婚姻の石、貸して!」

 勢いよく言う。


 唐突になんじゃらほい?

 私はスカートのポケットをまさぐって石を出した。


「はい。どうするの?」

「俺も解除して欲しい。ハルナを助けるためとはいえ、許可ももらわないまま勝手に契約したから」


 団長は私の石を同じようにコップに沈めた。

 私の婚姻の石はブローチと同じように、キラキラが消えていくのをじっと見つめて言う。


「本当はさ、俺がハルナとないってのがすごく不安だったんだ」


 団長的には契約が“私が帰らない”という心のお守り状態だったらしく、契約を解除すれば一時的とはいえ、私とこの世界をつなぐものが完全になくなって、自分の側から離れてしまうかも知れないと思っていたらしい。


「だから契約の空白期間を作りたくなくて、先に婚姻の石を作った」


 先に婚姻の石を作れば、この地との契約が成立して、少なくとも向こうには帰れなくなると踏んで契約させたんだと団長は白状した。


 この世界は願いと魔力がベース。

 魔力だけは無限に使える私が本気で願えば、月が願いを聞き届けて元の世界に帰してしまうかもと恐れていたそうだ。


「私、もう団長のところしか帰る所ないのに?」

「ごめん。明日の朝、今度はちゃんと二人で契約し直そう」

「そうだね」


 私は25歳モードの団長に抱きついた。

 お日さまの匂いのするシャツとほんの少しの土の匂いが鼻をくすぐる。

 本当に帰ってきたんだぁ。


「迎えに来てくれてありがとう」


 私は少し迷って、名前で呼んだ。


「……エードルフ」


 エードルフはぴくりと身じろいで、抱きしめてくれていた手に力が籠る。


「ようやく呼んでくれた……」


 顔は見えないけど、心底嬉しそうな声が私の耳に届く。


「こっち見て、もう一回呼んで」

「いや。今は……ちょっと恥ずかしい」


 私はぐりぐりと頭を押し付ける。

 だってほら。


 ――くっつけた耳に心臓の音がうるさいし。

 ――団長の名前って妙に外国風だし。

 ――殿下だし。

 ――……。


「ハルナ」


 ミルクも砂糖も山盛り入ったコーヒーみたいな甘い声で私を呼んで追い詰める。

 逃げ場はもうない。

 私はゆっくり顔を上げた。


「エードルフ……」


 これはプルファの夜以来のとてもいい雰囲気。


 だけど……悲しいかな。

 肩越しに見えた悲しい現実。


 野営用寝台シングルじゃ、ガタイのいい団長と私が一緒に寝るには無理がありすぎる。


 タイミング悪すぎて、この後めちゃくちゃ凹んだ。


 私のバカっ!!

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