ハルナ、聖女っぽい事をする
「知らない天井だ……」
って。
いっかーーん!!
そんな有名アニメセリフ言ってる場合じゃないって。
がばっと起き上がり、嫌な過去からつい全身を確認する。
(よ、よかった。服はそのままだった……)
ここがどこかはさっぱりわからないけど。
私は立ち上がり、ぐるりとあたりを見回した。
部屋の中には机と椅子、寝かされていた長椅子、応接セット、照明とまるで団長の使っていた執務室みたいだ。
誰もいないけどついキョロキョロとあたりを見回し、ドアノブに取り付いて開けようとしたけど、お約束のようにドアは開かない。
(ですよねぇ。私、どうなっちゃうのかなぁ……)
ため息をつき、大して広くもない部屋をウロウロと歩き回り、はたと立ち止まる。
状況が何にもわからなくって不安で、全く落ち着かなくて、最悪のことがふつふつと頭に沸いて止まらない。
どうしよう。
私、殺される? それとも回される? どこかに売り飛ばされちゃう?
ふるりと身体が震える。
いや。私、腐っても聖女だし、私が死ねば魔物が増えるから、簡単に殺されることはない……はず。
何か私にやらせたい事でもあって、連れてきたのかもしれない。
(うう、でも。聖女を生贄にした禁断の黒魔術とかは嫌だなぁ……)
ダメダメ。そんな考え、丸めてポイだ。
自分の弱気を追っ払うように両手で自分の頬をひっぱたいて気合を入れる。
(団長なら、きっと私の石に気づいてくれる)
今はとにかくできることをやって、なんとか生き延びる事だけを考えよう。
とりあえず窓を開けてみたけど、やっぱり飛び降りられる高さじゃない。
ここが日本でスマホがあればチャットアプリなり、メッセージアプリなりでいくらでも連絡も取れるのに、魔術の一つも使えない私には何の連絡手段もない。
悔しくて私は窓から思いっきり大声で叫んだ。
「あーーっ! もうっ。実践で使えない幹部研修とか最悪っっ!!」
生きて帰れたら、私、絶対次の聖女のために日記か体験談を残しておいて、研修項目には転移魔術を教えるよう、
うん。そうしよう、と心に決めた時、背後に人の気配がして、振り返った。
例の艶めか男で、相変わらず具合が悪そうな白い顔色に、私を抱えられたのが不思議なくらいの病人みたいな細い身体。
元は綺麗な飴色だったろうに、髪の毛だってパサついて、肌はカサカサ。きっと栄養状態も良くない。
一番怖いのはあの目だ。金色なのに影を飲み込んで濁ったような暗さ。
出会ったときの団長に凄まれて怖かったけど、そんなものの比じゃない。
何か目的があって、それを邪魔する人は射殺しそうな鋭くて痛い視線だ。
私は怖さのあまり、反射的に一歩後ろに下がった。
「聖女様、お目覚めですか? ご気分は?」
男は私の反応など気にもせず、手に持ったお盆からお茶と軽食らしきものをテーブルにセットする。
準備する手はさっきと違い、白い手袋をしていた。
置かれたカップからは、覚えのある香ばしい香りと湯気を立てる黒い液体が鼻をくすぐる。これは……コーヒー?
ずるい。コーヒーなんてこっちの世界に来てからずっと飲んでない。手を出したくなっちゃうよ。
うう。ガマンガマン。
私はカップから目線をそらして答える。
「気分? 最悪よ。大体自分は一体どこの誰かくらい名乗ってから質問しなさいよ」
「失礼致しました。私はターフェルです。さるお方の弟子であり、ここはオースティ―帝国、ヴィラール領です」
名前が
それよりまずいのは、私、国境超えちゃってる事じゃない!!
確か貴族研修で習ったばっかりだ。国独自の魔術結界が張ってあって、国境超えて転移はできないって。
と、なると、団長は転移で迎えに来られない。
少なくともすごく時間がかかってしまう。
頑張れるかな、私。
「じゃあ、ターフェルさん、私を一体どうするつもりなの?」
「貴女には、私の先生の治療をして頂きたいのです。お疲れでなければ今すぐにでも」
「私、医者じゃありません。治療であればしかるべき人に魔力水を作ってもらった方が……」
「魔力水では決して治らない病です。先生は魔物化寸前で魔術機械で何とか生きながらえている状態です、魔物化の治療は聖女である貴女にしかできません。聖女であればご存知でしょう?」
艶めか男、ターフェルさんはさも当然の表情で私に言う。
「いえ、初耳です。そもそも私、生活魔術も使えないへっぽこ聖女ですから!」
どうだ! と言わんばかりに私は胸を張った。
大体貴族研修で習ってないものはできないもんね。
でも、ターフェルは首を横に振った。
「この世界は“願い”が作る世界。あなたは願うだけでいい。願いは祈りに変わって天に届き、叶えられる。これがこの世界の原則です」
確かに貴族研修で聞いたような言い回しだ。
この世界は魔力を使って願うことがベースになるって。
品種改良もその一種だ。うまく願えれば全く新しい品種が作れる。
なら、できるのかもしれない。自信はないけど。
「2つ聞きたい事……ううん、条件がある」
「どうぞ」
「その1……うまくいく、なんて保障はできない。だって初めてやるのだもの。それでもいい?」
「構いません。魔力の扱いであれば、私もお手伝い致します」
「その2、先生の治療をしたら、本当に私を帰してくれるの?」
「もちろんお帰し致します。聖女を害した国には月からの罰が下ります。貴女を保護する国がその身をもって示してくださいましたからね」
ああこれ、団長の言ってた“王族の黒歴史”だ。
国内ならともかく、あの話って国外でも有名なんだ。
「拉致して閉じ込める人に、治療したら帰しますって口約束、子供だって信用しないわよ。害して天罰なら、どこかに閉じ込めて生かしておいてもいいって事よね。もっと私が信用できるものを提示しなさいよ」
「では誓約しましょう」
ターフェルさんは首から下げている金色に縁どられた飴色のループタイを外して、私の目の前に置いた。
さすがにもう一目でわかる。これはターフェルさんの婚姻の石だ。
「誓約って?」
「これを貴女にお預けします。約束を反故にした場合、これを破壊して下さい。破壊の術式は貴女の夫君がご存知です」
私の背中につっと冷たい汗が落ちる。
この人、私と団長が婚約してる事まで知ってるんだ。
でも、こちらでは命と同じ婚姻の石を預けるとまで言ってるんだから、信用してもいいのかな。
拒否したところで事態の進展も望めなそうだから信用するしかないのだけれど。
「OK。じゃあ、コレは私が預かる。その病人はどこ?」
「この屋敷におります。こちらへ」
私はターフェルに連れられて、病人の元へ向かった。
※ ※ ※
「あまり驚かないでください」
そう前置きもされていたけど、よく悲鳴を上げなかったと褒めて欲しい。
私が招き入れられた部屋には大きなベッドに横たわる、ターフェルみたいな人だった。
だけど病状はずっと重そうだ。
ターフェルが枯れ枝なら、この人はしわしわのミイラみたいだ。
完全に肉は削げ落ちてげっそりして、髪の毛もあちこち抜けてて、全身を黒いシミみたいなのが覆っている。
息してるのが不思議なくらいだ。
(本当にこれ、私に治せるの!?)
この世界にも不思議魔術にも随分馴染んだけど、全然治せる気がしない。
だけど私は、このシミに見覚えがある。
「……ターフェル、あなたも同じ病気なのね?」
ターフェルは頷き、手袋を外した。
先生と呼ぶ人と同じ黒いシミが手の甲を覆っていた。
見えない部分にもきっと広がってる。
「これが人の身に過ぎた魔力を扱った結果です。魔術機械で何とか延命していますが、先生にはもう時間がありません。どうか哀れと思って治療を」
ターフェルは苦渋と後悔の表情で私に縋る。
人の命がかかってると言われて断れる日本人ってなかなかいないと思う。
悲しいくらい日本人な私は断れなかった。
「どうしたらいいの?」
「触れて身体に滞っている魔力を強制的に地へ還します」
私はベッド脇に膝をついて左手を握ると、とんでもない量の魔力が私に流れ込んでくる。
品種改良や魔術コンロで流す魔力の比じゃない魔力だ。
そういや私、いるだけで国中の溢れた魔力吸い上げて地に還してるんだっけ。
こんな風にピンポイントだったら、この人の溢れた分なんてすぐに回収しちゃいそうだ。
だが、はたと思う。
「こ、これ……吸い上げすぎて魔力切れになったりなんて?」
「しません。魔力が流れ込まなくなるまでそのまま維持してください」
体感15分くらいだろうか。手を握り回復を願い続けたら、魔力も流れてこなくなった。
目を開けてみれば、痩せ細った身体は戻らなかったけど、すっかり黒いシミは消えて、赤銅色の髪の毛が現れた。
「もう大丈夫。先生もじきに目を覚ますでしょう。ありがとうございます、聖女様」
ターフェルは心底ほっとしたような顔をしてベットに取り付き、頬を撫でる。
先生と生徒というより、まるで親子のような二人の距離感ね。
「ほら、さっさと手を出しなさいよ。あなたも体調、良くないんでしょ?」
私はターフェルさんの左手を両手で掴んで、同じように回復を願う。
ターフェルさんも相当溜めてたのか、中々止まらないけど、5分もすれば止まった。
顔色もだいぶ良くなったけど、びっくりしたのは髪色。
いい熟成をした綺麗な真紅のワイン色だ。
私は機嫌よく帰してもらうため、誘拐犯に少し媚びてみる。
それにこのまま帰されて、私の知らない所で死なれたら寝覚めが悪すぎる。
「すごく綺麗な赤毛じゃない。自分の事、ターフェルなんて言うのは、あんたに全然似合わないわよ!」
手袋を外したターフェルさんは、すっかり元に戻った手のひらを、くるりくるりと返して確認し、驚いた顔をした。
「聖女様に最大限の感謝を……!」
ターフェルは跪いて私の左手を取り、自分のおでこを当てる。
そんなのより、早く帰してほしいんだよなとかしずかれてると、
「妻を返してもらおう」
と声がしたと同時に、私は団長の腕に抱き込まれていた。
利き手じゃないのに、掴まれた肩が痛い。
うわぁ……。
これは団長、物凄く怒ってる?
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