ハルナ、拐われる

 今日もキラキラのいい天気。

 契約解除のできる5の月まであと2日。

 おじいさんは……じゃなかった、団長は芝刈りならぬキノコ狩りに、私は裏の畑で収穫作業と品種改良の真っ最中。


「ふふふふふふーん、ふふふふん♪」


 私の人生のバイブルアニメのオープニングテーマを鼻歌まじりで口ずさみながら、食べごろのお野菜達を収穫していく。

 今日はじゃがいもに玉ねぎ、にんにく……。

 ズッキーニも早く取らないとすーぐ大きくなっちゃうからね。

 そうだ、バジルがまた山ほどできているから、全部摘み取ってバジルソースにしたいな。

 団長、キノコのついでにクルミも採って来てくれるといいんだけど。

 そう思いついて畑から離れた、バジルのたくさん生えている茂みに足を向ける。

 ここはもう魔の森で、丸腰な普通の人には危ないらしいけど、私は一応聖女様で魔物は近づけないから大丈夫。

 籠を抱えてバジルの茂みに突撃して摘み取り始める。


「日本にいた頃、バジルも買うと結構な値段だったなぁ。今じゃソースも作り放題だし」


 摘んだバジルの香りを嗅ぎながら、日本にいた頃を思い出す。

 ソース一瓶にしようと思うと、結構なバジルが必要。

 松の実もそこそこなお値段。

 いいオイルやチーズを使えば結局割高で、お店で瓶詰め買う方が安上がりだけど、やっぱり作り立てだと香りが違うので、たまの贅沢として手作りしていた。

 夢中で収穫してると、聞き慣れない男の人の声がした。


「すみません、そこのお姉さん、この場所に行きたいのですが……」


 お姉さん!! 私は思いっきり機嫌よく声のする方向へ振り返った。


「はーい。ちょっと待ってて!!」


 収穫したバジルの入った籠を抱えて、私は声の主の元へ駆け寄った。

 声の主は男の人で20代くらい、帽子を被っているせいか少し顔色も悪くて、元気がなく、手には大きなあざがある。

 どこか具合が悪いのだろうか。


「ねぇ、あなた。具合悪そうだけど大丈夫? もしかして魔力水持ってないの?」


「ええまぁ……。そのために神殿へ行こうかと。持ち合わせも少ないですし」


「そっかぁ。今私が持ってるのも全部魔力入りだしなぁ。団長帰ってきてくれればついて行ってあげられるんだけど……」


 婚姻の石も作ったことだし、品種改良に使ってみようと、さっき手持ちに自分の魔力を込めてしまっていた。

 私の魔力では、この人には効かない。


「いいえ、“聖女の魔力水”なら効くかもしれません。一緒に来て頂けますか?」


 え? なんでこの人は私が聖女だと知っているの?

 私はびくりとして反射的に一歩下がった。

 確か私が聖女だって事はレストランを正式オープンさせてから町の人に話すって、団長は言ってたのに。

 そもそも知り合いばっかりしか来ないこの塔に、見覚えのないこの人は異常じゃない。

 お貴族研修のせいか、危機意識ダダ下がりだった自分に脳内で喝を入れる。

 私、団長の結界の外にいる。

 まずい、早く結界内に戻らないと。


「さあ、聖女様!」


 じりっと男は間を詰めて近づいてきた。

 怖い。

 ほんの数歩先が安全地帯なのに、目も離せず、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。

 これも魔術なの?


「わ、私の魔力は……役に立たないんじゃないかな? 聖女様じゃあないんだし」


 ヘラヘラと覚えたての貴族笑いで応対しつつ、足の筋肉に目一杯力を込めてもびくともしない。

 えーい! 動け、うごけ!! 私の足!!


「いえ。あなたの存在はもう私の国では知られていますよ、奇跡を起こす異国の聖女様」


 そう言って男は私に右手を差し出すと、あれだけ動かなかった足が、男に向かって勝手に歩いていく。

 しかも近づくほどに眠気が襲ってくる。

 手は……まだ指先が動く!

 咄嗟に婚姻の石をひっつかんでこっそり落とした。


「奇跡ってのはね、本人の努力や行動の結果よ。それが奇跡っぽく見えるだけ。私に奇跡は起こせない」


 思わず口にした一言に、男は返事もせず、妙に艶かしく微笑みながら、近づいた私をすっぽりと抱き込んだ。

 私にこんな事していいのは団長だけなのに!

 だけど、押し退けようにも両手がもう動かない。

 身体は重くて瞼も開けられない。

 消えそうな意識から私は呼びかけた。


(助けて! 誰か……団長、エードルフ!!)


 意識を手放す時、男は私を抱えて、耳元でささやく声を聞いた。


「これであのお方を……救える。私の命に代えても必ずお救いします……!」


 私さえ連れて行けば誰かが助かると、その声はとても安堵と希望にあふれた声だった。

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