エードルフ、ハルナの婚姻の石を作る

 まだ月の残る暗い夜明け前にハルナと一緒に城を抜け出して、塔に戻って来た。

 そのまま朝まで仮眠を取ってのつもりが、住み慣れた場所のせいか、二人で太陽が高くなるまでうっかり眠りこけてしまった。

 だけどしばらくの間は、先触れも前口上も必要ない自由な二人だけの時間。

 やらなきゃいけない事や、決めなきゃいけない事も多いけど、とても楽しみだ。


 朝食と昼食兼用で燻製肉入りのパイを二人でかじりながら、がらんどうの客室を眺めて配置や設備を考えたり、夕飯にはレストラン用の新しいメニューを試作して食べたり、次の新品種の改良の準備を始めたりととても充実していた。


 そして今日は白の1の月の晩。

 自分にやらせて欲しいと頼んだ、ハルナのための新しい婚姻の石の作成の晩だ。

 普通の家なら子の親がする事だが、ハルナはこちらの人間ではない。

 予定ならお披露目直前、親代わりの宰相が実施するはずだったが、契約解除するなら、先に婚約の石を作らせて欲しいと条件をつけたのだ。


「じゃ、刺すよ」

「うん」


 俺はハルナの左手の人差し指にブローチの針を刺した。

 刺された部分に小さな血の玉ができる。


「針刺すなんて、ピアスの穴を開けた時以来だぁ」と言いながら、ハルナは人差し指を絞り、ごく小さな血の玉にする。


「次はこの原石に血をつけて」


 俺は用意しておいた契約の魔術式の上に、ハルナが改良中のトマトより一回り小さいくらいのサイズのゴツゴツした原石を乗せた。


「うわー。本当に真っ黒。原石ってより黒曜石みたい。ホントに変わるのかなあ」


 疑いながらハルナは言われた通り、真っ黒な原石にちょんと血を乗せて、用意していた魔力水を指にたらして傷を消す。


「大丈夫、ちゃんと変わるよ。指輪にしたいんだよね?」

「できるなら指輪がいい。ううん、絶対指輪にする!」


 ハルナはぱっと顔を輝かせ、勢い込んで答えた。

 あちらでは婚約と婚姻の証として男性から指輪を贈るのがしきたりで、ハルナも左手に嵌めるのが憧れだったそうだ。


「ダイヤじゃないけど、初めてはやっぱり婚約指輪にしたいなぁって」


 ハルナは左手をかざして指輪を想像し、うっとり妄想している。


「石さえ作れば、後で別なものに変えてもいいしね」

「えー。これは変えないよ。少なくとも三年は!!」


 言い合っているうちに、しゅるりとハルナの血が石に吸い込まれて、コロンとなめらかな曲線のあるこげ茶色の透明な石に変わった。

 出来上がりはハルナの目の色と髪の毛の色の割にはちょっと薄めで透き通った茶色。大きさは俺の指先くらいになった。

 これでハルナの契約は完了した。


「あ、あれ?……。みんなみたいに綺麗じゃないけど? 宝石みたいにカッティングもされてないし……」


 出来上がった石を見て、ハルナは少しがっかりしているようだ。

 もっと宝石っぽい出来上がりを期待していたらしい。


「形なんかはね、魔力を込めながら自分で変えるんだよ。触れながら作りたい形を考えるだけでいい。品種改良みたいに形を想像しながら魔力を送れば形は変わるよ」


 ハルナはほっとした顔をして少し考え、石に人差し指をつける。


「えーと……。じゃ試しに……」


 ハルナが石に魔力を送り込むと、妙にツヤツヤした上が茶色で下が透明な不思議な形の大きな宝石になった。


「すごく大きいけど、これは……」


 ハルナの希望の指輪には向かない大きさだ。

 たとえ指輪にしても、あちこちに引っかかってしまって生活しにくそうだ。

 でも、口に入れたら焦がし砂糖の味がしそうで、とても美味しそうな艶と色だ。


「子供の頃、こういう指輪の形のコーラ飴食べたの。色合い見てたらつい、ね」


 あはは、と笑って魔術灯の光に石を透かす。


「なるほど。指輪の形のお菓子かぁ。シロップで色付けしていろんな色にしたら子供受けも良さそうだ」

「ああ、あったあった。いちご味にメロン味にオレンジ味、さっきのコーラ味とか。いろんなシロップで作って売り場を宝石箱っぽくするのもいいかもね」


 再びハルナは魔力を送り込んで、今度はちゃんとした宝石の形を作った。

 さっきの飴の形ととてもよく似ているけど、ずっと小さくなり、複雑な形をしていて、少ない明かりを取り込んで、夜でもキラキラと輝いている。


「これはすごく綺麗だね。石が光ってるみたいだ」

「やっぱり婚約指輪って言ったら、ブリリアントカットよね! パワーストーンショップのホームページ、請け負って作ったかいがあったよ」


 ハルナは石を灯りに透かしてきらきらさせ、出来に満足そうにしていた。


「これでハルナも魔力が使える。品種改良も進めやすくなるよ」


 俺の魔力を借りてると、やはり俺の願いも混じってしまって、ハルナの再現を邪魔してしまう。

 これからはハルナ一人で完結するから、ハルナの願いのみが叶えられたミニトマトが作られるはずだ。


「団長。私って魔力使い過ぎとかないんでしょ?」


 俺は頷いた。


「そう。俺でも使えない大きな魔力を必要とする魔術でもハルナなら使える。だけどハルナは魔術を知らないから、出来上がってる術式に魔力を流して術を発動させるだけだ。心配することはない」

「じゃあ、私が悪人に脅されて『この国の滅亡術式に魔力を流せ』って言われて流したら?」

「できちゃうねぇ。そんな壮大な魔術、術式が複雑で大きすぎて実現できないと思うけど」


 魔術は平民でも使う生活魔術のような簡単なものならともかく、そういう複雑で広範囲の術式は構築理論も難しいし、術式を刻む場所や大きさも問題になる。

 何より、魔術は何の勉強もしないままには扱えない。

 魔力を扱い損ねて、自分に術が跳ね返ったり、最悪、自分を魔物化してしまう。

 俺も魔術学院で魔力値だけは高くて術の発動には困らなかったけど、術式の構築理論には苦労した思い出しかない。


「普通に生活する分には、今と何も変わらないよ。強いて言えば品種改良の魔力調整がやりやすくなったり、俺がハルナの石と契約すれば、今よりもっと気配をつかみやすくなる、とかかな?」


「へぇー。じゃあ魔の森で迷子になっても、“団長、助けて―!”って呼んだら転移できるんだ」


 ハルナはいつの間にか野営用の寝台に移って毛布をかぶり、ゴロゴロしていた。


「そこは名前で呼ばれないと。血の契約って名前が発動条件なんだ。だからハルナもそろそろ俺の事は名前で呼んでみないって……寝ちゃったか」


 俺が契約に使ったものを片付けている間に、ハルナは毛布の暖かさに負けたのか、すっかり寝息を立てて寝入ってしまった。


(実は名前は条件じゃないんだよなぁ、って言ったらまた怒るかな)


 ハルナの毛布を少し直し、俺は軽く笑った。

 実は血の契約であれば名前がなくても、気配をたどれるし転移もできる。

 お互いで契約していれば、その結びつきはより強固になり、国の結界を超えて他国でもわかるようになる。

 でも、全然ハルナは俺の名前を呼んでくれる気がない。

 こうでも言えば名前を呼ぶようになるかと期待して、寝台に入って目を閉じた。

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