ハルナ、宿泊貴族研修を受ける

 ――それは、団長に連れ出される数日前の話。


 一度見学したいとは思っていたけれど、まさか住むことになるとは思っていなかった、辺境伯様のお屋敷。

 いや、もはやお城ですよ、ここ。

 お城というとネズミの国の城や、白鳥城として有名なノイシュバンシュタイン城みたいなのではなく、横に広いタイプのお城です。

 しいて言えば昔社会科見学で見た、迎賓館みたいな感じです。

 縦に大きくなく、せいぜい三階までしかなくて、とても足腰に優しい作りです。

 そんなお城の一部屋、高そうなシャンデリアぶら下がり、沢山の鏡が壁にかけられ、綺麗な木目の床にカツカツと私の靴のヒールがぶつかる音が響く。


「ハルナ様、もっと背筋を伸ばして! はい、次はターンしますよ」

「は、はいーっ!!」


 私と一緒に踊りながら先生から注意が飛んできて、条件反射でビキンと背筋が伸び、ふんっと足の指先に力を入れて方向転換する。


「ハルナ様、お顔! 笑顔をお忘れですよ!」

「は……はあ、はぁ、あははは……」


 私は息切れではあはあしながらも、客先打ち合わせ用の笑顔を貼り付けた。


 お久しぶりです。王国の置物聖女ハルナです。

 現在、幹部研修……じゃなかった。貴族研修その幾つか、お披露目ダンスの練習中ですが、これに一番手を焼いてます。

 いくらなろう小説を読み込んで、若返り中で多少体力はあっても、運動オンチ社畜に社交ダンスは“キツいわよ♡”の一言です。


 でも、私の心の師匠、安西先生が私に囁くのです。

『諦めたらそこで試合終了ですよ』って。

 研修を終えてお披露目が終わって契約式が済まないと、団長と一緒に住むことも、農家レストランもできません。

 ハルナは頑張ります、私、絶対諦めません、安西先生!!

 などと決意を新たにしていると、先生はトントンと私の背中を叩き、ぴたりと足を止めた。


「はい。今日はここまでにしましょう」


 平然と汗一つかかず、先生は言った。


「随分と良くなりましたが、もう少し練習致しましょう、ハルナ様」


 先生は無常な講評をくれた。

 ちぇっ。またダメかぁ。

 あとはダンスだけ、なんだけどなぁ。


「……はい」


 自動車教習所のハンコを貰えない気分で、私はちょっと凹みつつ汗を拭き取る。

 舞台衣装のパニエなら針金つかって膨らませてるけど、こちらのパニエはガッツリと布を重ねて膨らみを作るので、風通しが悪くてしょうがない。

 聞けば世のご婦人方は涼しくなるよう、パニエの中に弱い風の魔術や氷の魔術の術式を仕込み、魔力で涼しくしているそうです。

 くっ。私だって術式さえわかれば団長経由で使えるのに。


「足捌きやステップは始めの頃に比べるととてもよくなりましたよ。ですがすぐに前屈みになってしまう姿勢の悪さ、ダンスに気を取られすぎてお顔が疎かになりがちです。本番ではダンスしながら会話もできるように、もう少し頑張りましょう」


「す、すみません。私、本当にリズム感とか全くなくて」


 そもそも私、ダンスは大の苦手。体育のオクラホマミキサーでも躓いていたし、姿勢は長年のパソコン作業で基本猫背だもんなぁ。

 こんなところでダンスが必要になるなんて、人生わからないもんよね、はあ……。


「ハルナ様、ダンスは初めてなのですから、当たり前ですよ」


 しょぼくれた私を先生は励ましてくれた。

 ダンス披露は団長となんだから、せめて団長と練習できたら多少頑張れそうなんだけどな。


「先生、そろそろ団…え、エードルフ、さま? とご一緒に練習などは……」


 ひぃっ! 標準貴族言葉ってやっぱり口が痒い!!

 客先の打ち合わせだってこんなにへりくだったりしないのに。

 

「エードルフ様はとてもお上手ですから、直前に軽く合わせる程度で十分ですよ」

「えっ!? あの団長がですか?」


 クワ持って畑耕したり、魔術使ってルンルンで水撒きしてる団長が?

 キャッキャウフフとお弁当持ってキノコ狩りのついでに魔の森へ訓練しに行っちゃう団長が、ですよ?

 確かに見た目から運動系は得意そうだけど。


「そうでございますよ。エードルフ様は王宮内でも一、二を争うダンスの名手で、昔は一緒に踊るためにたくさんの女性が気を引こうと先を争ったものです。本番は安心して殿下にお任せ下さい」


 妙に自慢気に先生は言った。

 ほえぇーー。昔はモテモテだったらしい、団長の知られざる過去ですよ。

 あの団長にそんな特技があったとは。


「じゃあ私、そんなに頑張って練習しなくても……」

 いいんじゃないかなぁと期待を込めて先生を見たら、


「それとこれは別です。契約式ではエードルフ様と陛下、お披露目は親代わりのグリューネヴァルト公爵様とも踊られるのですから練習は必要ですよ」


 そうでした。私は今、書類上、宰相様の家の養女だそうです。

 一時的とはいえ、あの悪魔ルドヴィルさんと兄妹とは!

 私のお披露目と契約式が一緒に行われ、お披露目のダンスをグリューネヴァルト公がお相手をしてくれるらしいけど、緊張するわ。


「それでは休憩のお時間です。本日はエードルフ様もご一緒されたいと先触れがございました。いかが致しますか?」


 な……。

 な  ん  で  す  と  !  !


「はいはいはいっ! ぜひご一緒しますっ!!」


 団長不足で干からびそうだった私は思いっ切り食いついた。


「かしこまりました。二人分用意させて、お人払いもお伝えしましょう。それではまた明日お伺いいたします」


 先生は苦笑しながら侍女を呼んで、爽やかにお辞儀して去っていった。


 ※ ※ ※


 侍女に清めの魔術をかけてもらい、汗だくをさっぱりとさせ、なるべくゆるくて楽なドレスと靴に替える。

 楽といってもパニエが少ないだけ、靴はヒールが少し低めな室内履きなんだけどね。

 塔でのワンピースとブーツが懐かしいよ。早く帰りたいな。

 約束どおり休憩時間には団長が来てくれた。

 練習がてらの長い前口上を聞き、人払いが済んで扉を閉められると、二人でお茶を一口すすり、二人でほっと息を吐いた。


「あのね、団長。相談というか、お願いがあるんだけど……」

「珍しいね、どうしたの?」

「私と団長の契約を解除したいの。ダメかな?」


 団長はカップを持ったまま瞬きもせず数秒フリーズして、再起動した。


「どどどど、どうして!? 俺、ハルナに捨てられるような事した?」


 がちゃんと派手な音をさせてカップを置き、子犬みたいな上目遣いで私を覗き込む。

 カワイイな、オイ。

 つい撫でたくなってしまい、頭を撫でてしまった。

 だいたい、捨てるとかないし。


「違う違う。そうじゃないよ。ちゃんと私の意思で契約したいなって思ったから」


 今の契約は私の意思じゃない、偶然結んだもの。

 私がここに残ると決めたのだから、契約のハンコも私の意思で押したいと思った。


「だけど契約切ると、その……」


 団長はとても言いにくそうにしている。

 一気に歳とっちゃうもんね。


「別に私は見られても構わないよ。一度ド派手に見られてるんだし」


 私は謁見の間であったことを思い出す。

 あ、もしかして。


「団長的に私が年取った姿、恥ずかしくて他に見られたくないとか?」


「いや……、そうじゃなくて……」

 と団長は妙にもごもごと渋っている。

 年取った姿が嫌じゃないなら、何が嫌なんだろ。


 団長はカップを手の中で転がしながら、

「その……本当の姿は……俺だけの“特別”にしときたいな、と……」

 と、女子高生のように一瞬上目遣いで私を見上げ、照れ臭そうに視線をずらした。

 乙女か!!


「じゃあ……謁見の間の件はどうなんですか?」


 私の指摘に団長はぴくりと眉の形を変え、口をつけていたカップをかちゃんと音を立ててソーサーに置き、

「あれは不可抗力で数に入らない!」

 と絶叫した。

 ちえっ。ノーカンとは都合のいい事だ。


「ゴメン、やっぱり嫌だ。せめて二人で暮らせるようになってからじゃダメ?」


 ヤダ! とかかわいく言われても。

 そっちがかわいく頼むなら、こっちだってかわいく頼んでやる。

 私は両手を組み合わせてお願いポーズを決め、上目遣いで団長をのぞき込む。


「ねえ、団長。どうしても、ダメ?」


 もちろん瞬き多めにして、ちょっと潤んだ目にした。


「う……。せめて少し考えさせて……下さい」


 そう言って団長はがっくりと肩を落とし、もそもそとお茶請けの栗のテリーヌを食べ始めた。

 見た目から私はテリーヌって呼んでるけど、みんなは単に栗のケーキと呼んでいる。

 テリーヌは勝利の味がした。


「これ本当美味しいよね。いつかウチのレストランでも栗のお菓子とか出したいなぁ……」


 団長は栗のぎっしり入ったテリーヌをフォークで切り分けて口に運ぶ。

 栗を煮たシロップにお酒を合わせ、ケーキのシロップ打ちに使ってると聞いた。

 この栗シロップのお酒がとても絶妙な味で、すごく大人なケーキだ。

 辺境伯様の家の料理人はとてもレベルが高い。


「栗のお菓子かぁ。このテリーヌ、結構栗が大量に必要だから苗木を植えるところから始めないと、だね」


 二人で食べる分や、レストランのデザートくらいなら団長に頼んで魔の森で採って来てもらえばいいけど、お店で販売となると生産も考慮した方がいいし、そうなったら私と団長だけでは栗剥きだけで日が暮れそうだ。

 誰かを雇う余裕が出ないとこういうのは難しいかな。


「栗は扱いも大変だし、安定して採れるまで時間がかかるから、まずはかぼちゃや豆を使ったお菓子からにしない? いっぱい採れるし保存も効くし」


 かぼちゃの方が栗よりはペーストにするのが楽だし、モンブラン系のクリームならパンケーキやモンブラン、アイスにトースト、たくさん使い道がある。

 同じようにあんこを作る過程で豆もモンブランみたいなクリームにできるんじゃないだろうか。

 ダメならあんこを使った和菓子路線でもいい。


「何よりウチらしいじゃない? 野菜のお菓子って。珍しさで集客率もアップアップよ!」

「東の塔は立地も良くないから、たくさんお客さん来てくれるように頑張らないと、だ」


 そう。立地の不利。これが私達の最大課題だ。

 東の塔は魔の森に近くて危ないと使用人が居付かず、ミューリーズの町ナカでさえ僻地で敬遠されて住みたがる人がいない。

 評価で言えば星どころかマイナスだ。

 例えれば人の来ない、自前コンテンツもないから検索サイトの評価も低いホームページだ。

 これを宣伝して、PVを上げ、検索結果の上位にランクインさせ、SNSでバズらせる。

 その他にもやるべき事はたくさんあるけど、その前にまず自前コンテンツ、オリジナルのメニューやサービスを充実させたい。

 インターネットはこっちにないけど、きっと使える手法はきっとあるはず。


「ふっふっふっふ……。これはなかなかハードな案件ですねぇ。国一番の最悪立地にある農家レストランをディレクションによって国一番の繁盛店にするミッション。期間は無期限。予算は私の支給金。やってやろうじゃないですか!!」


 私は立ち上がり、握りこぶしを作って、団長クライアントに宣言する。


「団長、一緒に頑張りましょうね! 目指せ瞬間100万PVですよ!!!」

「う、うん……。頑張ろうね。でも、ハルナさん……。ちょっと怖いよ?」


 いかん。クライアントを引かせてしまった。

 反省、反省。

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