エードルフ、寝込みを襲う

 今日は青の10の月の夜。

 空には森の影に消えそうな白い月と見えない青の月。

 城はすっかり寝静まり、不寝番も居眠りを誘われる、現在時刻は夜明け前。


 俺は転移陣を展開してハルナの部屋として使われている客室の隣にある応接間にこっそりと忍び込む。

 何? この先は寝台のある部屋じゃないかって?

 これは契約者で婚約者である俺だけの特権だ。

 フフフ。実に気持ちいいもんだな、嫉妬されるというのは。

 それでも一応礼儀は必要。

 俺は扉をノックしてからドアを開ける。


「ハルナ、入るよ」


 ハルナは寝台の端っこで枕を抱えて丸くなって寝ていた。

 無防備な寝顔が可愛らしくて、ずっと眺めていたい気分になるが、グッと堪えて声をかける。


「ハルナ、ねぇ、ハルナ」


 無反応なので、俺はハルナの肩を軽く叩いた。


「ハルナってば。起きて!!」

「うーん。安西先生、大好きですぅ……」


 聞いたことのない名前で、ぴくりと俺は反応する。

 ちょっと待て。今のは聞き捨てならない一言だぞ。

 “あんざい先生”とは一体誰だ!

 俺は好きじゃないのか?


「ねぇハルナ。“あんざい先生”ってだぁれ?」


 猫なで声の中に苛立ちを少し漏らしつつ、ハルナに囁き声で質問すると、ようやく目を開けた。


「あれ、団長? むぐぅ……!」


 ハルナは俺の姿に驚き、口を開こうとした。

 おっと危ない。

 俺はハルナの口を片手でふさぐ


「しーっ! 騒ぐと侍女が来るから静かにして」

「何事ですか、団長! ここ乙女の寝室ですよ!!」


 ハルナは侍女のつめている部屋へのドアを見て、ささやき声で俺に話す。

 ハルナの“団長”呼びも好きだけど、そろそろ名前で呼んで欲しいんだよね。

 そこはおいおい直してもらうとして。


「迎えに来たよ。話はつけてあるから、塔に帰ろう」


 話って言ってもルドヴィル宛の書き置き伝言一枚。

 だけど、アイツなら察してくれるだろう。


「こんな夜中に人目を忍んで“話はついてる”とか、全くもって説得力皆無なんですが……」


 ハルナは引き上げた掛け布団の隙間から、ジト目で俺を見つめる。


「いいから、いいから。こうでもしないとハルナの“お願い”叶えられそうもないからさ」


 ハルナは今、貴族教育の真っ最中だけど、幸い教育は順調だそう。

 躓いてるのはダンスだけだというから、残りのレッスンは俺が引き受けて、塔の改装の相談という体で義父上から強引に……つまりこれも書き置きで一時帰宅の許可をもぎ取った。

 何、結局許可は出てないんじゃないかって? いいんだよ。このままじゃ俺がハルナ不足になっちまう。

 あの後、会話できたのなんて片手にも満たない回数だぞ。

 お互いいい年なんだからほっといて欲しいよ。全く。


「あ、あれ。本当にいいんですか!?」


 ハルナはぱっちりと目を開けて布団から顔を出した。


「俺がいいって言ったらいいの。ほら、さっさと着替えて行こう!!」


 俺はハルナを着替えに急き立てて、待っている間、戻ったらハルナと一緒にしたかったあれやこれやを呑気に想像していた。


 まさかこの一時帰宅があんな大騒ぎになるとは想像もせずに。

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