第4章 アラフォーはそう簡単に結婚できないようです!!
ルドヴィル、一時帰宅をする
それは、エードルフ様の公式謁見からひと月ほどたった頃です。
ハルナさんとエードルフ様のご婚儀の準備が整い始めたある日の事でした。
ハルナさんの教育も順調との事で、一度シュヴァルツヴァルト家に出向いてお2人のご様子を見に行こうと考えていた矢先、突然エードルフ様から伝言が転移陣で送られて来ました。
『ルドヴィル、ゴメン! 俺はハルナの願いを叶えるため、ハルナを連れてしばらく塔にこもる。何かあったら連絡して。後は頼む』
受け取った私は少々頭を抱えたくなりました。
全く。あの方ときたら!!!
何かあったら、ですって? 問題ありすぎです!
浮かれすぎて頭にじゃがいもの花でも咲いたのでしょうか。
殿下の事ですから、書置きを許可とお考えでしょうが、そうではないことを知るべきです。
そのような恋愛バカはしばらくほっておくことにします。
エードルフ様の事ですから、邪魔されたくないと人を拒む結界くらいは張っているでしょうし、ハルナさんの身辺は問題ないとして……。
それよりも心配なのは、国境沿いにあるオースティーの砦から報告書です。
差出人は国境警備を任せていた当家の者です。
『国境沿いで不審者を拘留中、対応を求む』
報告書によると、どうやらオースティーの貴族が我が国に入ろうとしているようです。
数は本人一人に随員四名、多くはありません。
国内の貴族と婚姻の話でこちらに入国を希望しているようですが、彼らの検分を求めるものでした。
彼らの提出した書面を王宮に問い合わせたところ、入国許可も申請も出ていないため、砦内に拘留中との報告でした。
わがままなお方であれば、思い立ったが吉日、国内の知己を頼ってフラリと異国へ物見遊山、などよくある話です。
迷惑この上ない事ですが、真偽を確認しに行かねばならないようです。
もちろん下手な対応では外交問題に発展するので対応は慎重にせねばなりません。
私はペンを手に取り、メッセージをしたためて封蝋をし、転移陣で送ると、父の用向きを見ているルーファスを呼びました。
「ルーファス、父上と兄上に伝言をお願いします。私はオースティ―の砦へしばらく行きます、と」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、ルドヴィル様」
長い騎士生活で旅支度も慣れたものです。
さっさと身支度を整え、私はオースティ―の砦へと転移しました。
※ ※ ※
転移先にはすでに報告書をくれた者が待ち構えていて、私が現れると駆け寄ってきました。
「ルドヴィル様、ご足労おかけして申し訳ございません」
「アルトゥール、ご苦労様。それで当人はどちらに?」
「貴族用の待合にお連れしておりますが……」
妙に歯切れの悪い言い方を不思議に思い、私は尋ねました。
「何が気になることでも?」
「その……。貴族にしてもあまりにひどい態度なので、本当にルドヴィル様に面会させて良いものかと……」
アルトゥールは悩まし気な様子で語ります。
彼も国境勤務はそれなりの期間なのでそういった者には慣れていますが、かのお人は貴族で、対応にも苦慮しているのでしょう。
「気にすることはありません。相手が貴族である以上、少なくとも私が出れば礼を失することはなりませんから。では参りましょうか」
私とアルトゥールは貴族用の待合に足を向けました。
※ ※ ※
着いて早々、待合の外にまでよく聞こえる声で「いつまでこんなところに居らねばならぬ!」という大声と、何か叩きつける音が聞こえてきました。
客人はとても気が立っておられるようですが。
「おやまぁ。確かに貴族にしては品のない発言ですね。到着されてからずっとああなのですか?」
「はい。始めはこちらの要請もお聞き頂けたのですが、時間が経つにつれてあのような状態に……」
困り果てた顔でアルトゥールは大きなため息をつきました。
その姿に彼の苦労が偲ばれ、私のお話をきちんと聞いて理解頂けるか少々心配になってしまいますね。
私は扉を叩いて、ドアを開けると、返事の代わりにお茶のカップが飛んできました。
避けてしまったので、派手な音をさせて廊下にカップが落ち、砕けてしまいました。
「オースティ―の挨拶がカップを投げつける事とは初耳でございます。ヴィラール男爵様」
「うるさい! 小僧っ子!! いつまでここに足止めするつもりだ」
彼には私が小僧に見えるようです。
まぁ、エードルフ様に合わせて私も若返りを使ってますから、小僧と呼ばれても仕方ない見た目ですね。
「真実がわかるまで、でしょうか。私は小僧ではなく、ルドヴィル・グリューネヴァルトと申します」
私は彼らから出された書面をテーブルの上に載せて、彼の前に陣取ります。
「ここには領主であり王国宰相グリューネヴァルト公爵の名代で参りました。全権もあります。真偽がはっきりすればお通しいたしますよ」
彼、ヴィラール男爵様は尊大に「なら、さっさと話せ、小僧め!」とふんぞり返っていました。
なんというか……、ヴィラール男爵様は物語の悪役のようですね。
でっぷりとしたお体に、艶めくおでこ。
何でツヤツヤしているのかは申しますまい。
見るからに女性が避けて通りそうなお方です。
「では、この書面には我が国のコートウェル子爵家へ訪問とありますが、目的は?」
「フン! そこにあるだろう。当家との縁談のためだ」
「この書面の申請状況を王宮へ問い合わせましたが、こちらは入国許可の記録がありません。したがって男爵様はブラウルム王国への入国を許可できません。何かほかに……」
代わりになりそうな書面や品を持っていないか、私が聞こうとすると、
「そっちの間抜けな役人どもの手抜きな仕事までワシは知らぬ。この書面は私の国で正式な手続きを経て発行されたものだ。さっさと通せ!!」
と激昂されましたが、手続き上、許可が下りてないのであれば男爵様にはお帰り頂くほかありません。
「ヴィラール様、書面に不備があり、保証人の品も提示できないのであれば、我が国へお通しする訳にはまいりません。正式な書面と手続きの上、再度おいでくださいませ」
そう言って、私はすべての書類を男爵の前にお返ししました。
「話にならん。御託はいいからさっさとワシを通せ! さもなくば、しかる筋から正式に苦情を申し入れるぞ!」
男爵は憎々し気に私を睨みつけ、脅してきます。
この方は私が全権代理であることをお忘れなのでしょうか?
私の機嫌を損ねることは、宰相である父の機嫌を損ねる事と一緒であるのに。
これ以上付き合う義理はないでしょう。
何から何まで貴族らしからぬ男爵の言動に呆れながら、私は席を立ちました。
「どうぞご随意に。何とおっしゃられようと、現状では通行を許可できません。ですがもう日も落ちますし、今夜は砦に逗留し、明日の朝お戻りになられるが良いでしょう」
これで私も砦への逗留が決定してしまいました。
ルーファスへ今日のデザートを送ってもらえるよう頼むべきだったと、私は若干後悔をしました。
「何というか……。聞き分けのない、子供のようなお方でしたね」
「全く同感です。あの調子だと、まずいと言って夕食の葡萄酒瓶を投げつけそうな勢いですね。従者の方もさぞご苦労が多いでしょう」
アルトゥールは同情的に投げつけられたカップの後を見やる。
「従者の方はいかがですか?」
「特段変わった様子はありません。4人とも部屋におります」
「そうですか。持ち込もうとしていた荷の検品は?」
「終わりました。こちらは申請どおり、婚儀の祝いの品、布地や家具類でした。違反になる物はありません」
「では、明日の出立まで監視をお願いいたします」
「承知致しました」
私はアルトゥールの敬礼に見送られ、さっさと自室に引き篭もることにしました。
※ ※ ※
実際葡萄酒瓶が投げつけられたかどうかは不明ですが、私の夕食は邪魔されず、気を利かせたルーファスから送られた菓子と白葡萄酒でゆっくりとくつろいでいる時、
先触れも飛ばし、アルトゥールが至急の面会を求めてきたのです。
こんな事は先代聖女様が亡くなられた時以来で、ここしばらくなかった緊張感です。
「ルドヴィル様、夜分に申し訳ございません」
「アルトゥール、一体どうしました?」
「魔物が現れました! ワイバーンで数はおよそ50体、場所は入国門の北側です」
ワイバーンは小型とはいえ、肉食竜の一種です。ハルナさんがいるのですから、数体なら理解できますが、50体。ちょっとした群れのレベルです。
少し多い気がしますが、今は理由より排除が先です。
客人達の逗留している部屋の位置と入国門の位置を考えると、距離が近い事に内心で舌打ちをしました。
気に食わないとはいえ、この件を客人に気づかれたくはありません。
「わかりました、私も出ます。物音はさせないよう、魔術師達には派手な音のする術を禁じ、なるべく催眠や麻痺毒などを散布させてください。その後、騎士が刃物で息の根を止めるように」
そうすれば悲鳴も上がらいでしょう。
後は客人達が気づかない事を祈るばかりです。
「はっ。全員に通達致します」
私は久しぶりに甲冑と愛用の剣を身に着けて、入国門へ転移しました。
※ ※ ※
私も加勢に入りましたが、1、2体ほど麻痺毒にやられたワイバーンを倒しただけで終わってしまいました。
「私が出るまでもありませんでしたね。お疲れ様でした」
「やはり聖女様がいらっしゃるのは大きいですね。数の増えない魔物退治が楽だったことを思い出しました」
アルトゥールはそう言って、ほっと息をつきます。
体力のない魔術師でも息の上がっている者は皆無です。
「しかし、ここは落ち着いていたのに、急にこんなことになるなんて……」
「私達はハルナさんを得ましたが、オースティ―には次の聖女が現れていません。きっと聖女の守りが薄くなり始めたのでしょう……」
目下の困りごとはこれです。
ハルナさんが現れる前、わが領地の隣の国にあるオースティー帝国の聖女が亡くなったと情報が入ってきました。
しばらくの間は先代聖女の守りもあるはずなのですが、それは首都に限っての話。
このような遠い場所から徐々に守りが薄れていき、やがては国から守りが消えてしまいます。
その前に聖女が現れる事を祈りましょう。
「あちらに気づかれたでしょうか?」
アルトゥールは心配そうに、砦の客人達が滞在している場所を見上げます。
見張りからの連絡もないし、こちらからは部屋の灯りも見えません。
多分、大丈夫でしょう。
「気づいてないと信じましょう。では後を頼みます」
私は、置いてきてしまったリンゴのカスタードタルトが片付けられていないことを願いながら、自室へと引き上げました。
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