ハルナ、王族の黒歴史を知る

 当社独自取材による緊急独占スクープです。団長から衝撃の新事実が告白されました!


 婚約の石の契約は1回限りではなく、実は契約を消すことが可能、しかも何度でもOK。

 団長曰く「だって離婚して別な人と再婚する夫婦だっているでしょ? そういうこと」だそう。

 契約解除は青か白の5の月の夜に、魔の森の泉の水に一晩沈めればいいだけ。

 沈め方も決まった儀式用のお皿やコップ的な物じゃなく、水さえ溜まれば何でもいい。

 超アバウトでお手軽。

 泉の水だって事前汲み置きの水でもいいし、行けないなら神殿に行ってちょっとのお布施で分けてもらったり、雑貨屋で手に入る魔力水でもいい代物だって。

 わぁお、めっちゃ簡単!

 とりあえず前借りで縛ったけれど、契約解除のことを言えば出ていきそうだから、私を手元に置くためにもしばらく『気づくまで契約は一度きりと思いこませておけ』とルドヴィルさんに入れ知恵されたから、だそう。

 くっ、悪魔めっ。

 やっぱり執行猶予は取り消しにしようかしら。


 私がぶつぶつとルドヴィルさんの刑を変更しようか悩んでいると、団長はまた真面目な顔に戻って言った。


「これで俺は王族を離れるけど、これからのハルナと……過去の聖女の事について話しておきたい事があるんだ」

「聞いたわよ。私が爵位を貰って、貴族教育とやらが終わったら、団長がお婿さんに来るって」


 この国、聖女に爵位と家門を持たせて、お相手の夫は婿入りという形をとるらしい。

 上司で社長だと思っていた団長が株主総会によってクビになって平社員に降格、平社員の私が一気に社長昇進。

 つまり私は塔の使用人からお貴族様へ昇進となり、これから幹部研修、じゃなくて貴族研修が始まるってさ。

 ……結婚式まで遠いわね。


「それもだけど……。ハルナがこの話を聞いて、元の世界に“帰りたい”というなら、ちゃんと帰す。約束するよ」

「えっ? もしかして帰る方法って……」

「あるよ。ただ事情が事情だけに前回帰った記録以降、俺達は帰すことをやめたんだ」


 この国は魔術と聖女がいて成り立っている。

 魔術や魔力は人々の生活を支え、豊かにしてくれるが、聖女がいなければあっという間に土地の魔力があふれ、そこら中に魔物がうろつく環境になり、人々に被害が出る厳しいところなのだという。


「帰さないために俺達は何でもしたよ。その中でも一番効いたのは夫をあてがい、子を成してこの世界に繋ぎとめること」


 ハルナにはとても聞かせられないような事もしている、と苦い苦い表情で団長が言う。


「それは……過去の話で、別に団長がした訳じゃないでしょ?」


団長は悲しそうな顔で首を横に振った。


「抜けるとはいえ、俺も元王族の一員だからね」


 事の起こりは約1000年前、この国に天変地異が起こり、魔物が跋扈して、国自体が存亡の危機を迎えていた。

 時の国王は災厄が鎮まるようにと一心に祈りを捧げると、聞いたこともない異国から女性が突然現れ、天変地異は嘘のように収まり、魔物も激減し、国は平和を取り戻した。

 その後、幾度も国の危機が訪れたが、必ず異国の女性が現れ、平和に暮らせるようになった。

 だけどある時期に現れた女性は元の世界を恋しがり、帰りたいと毎日泣き暮らす日々。

 不憫に思った当時の王様は帰る方法を探し、彼女を元の世界に帰した。

 だが、いなくなって数年後、この国は存続の危機に見舞われ、1000年前の再現かと思われたが、文献通り王様が祈りを捧げると、別の女性が現れ、彼女が平和をもたらしたという。

 以降、絶対に手放してはならないと、この聖女婚姻システムを作り、彼女達の一生を縛る事にした。

 長い歴史の中、ここに留まる事を素直に承諾する人ばかりでなく、帰りたいと泣く女性、死のうとする女性、そういった女性ひともいたという。

それでも国のため何の希望もなく、ただ彼女達は生かされ続ける。

 強引に契約さえ結べばちょっとした怪我や病気もなかった事になるこの国で、ただ生かされることはどれだけの苦痛を伴うのだろう。

 想像するだけでゾッとする。

 けれど私も一歩間違えばそうなっていたかも知れない。

 団長と知り合えた私は、きっと幸運な方なのかも知れない。


「ある時代、先代聖女が亡くなり、ハルナみたいにある聖女がこの地に現れた。突然故郷から離された聖女は帰りたがり、嘆き悲しんだ……」


 その聖女には、故郷に恋人がいて結婚間近だった。

 そんな彼女を哀れんだのは、故郷の恋人によく似た王の側近。

 彼に慰められ、支えられ、励まされ、彼女はようやく心を開いた。

 笑うようになったのは、聖女を必ず元の世界に帰すと彼が約束したから。

 彼は約束を果たすため、こっそりと帰還の魔術を調べ上げて帰す準備をしていた。

 そんな彼女の姿に王は一目ぼれし、権力を使い、彼と聖女を引き離した。

 彼は処断されるのを覚悟の上で、帰還魔術を用意し、彼女を迎えに行ったが、そこにいたのは王だった。

 聖女と内通していると無実の罪を負わされ、彼の婚姻の石を破壊の上、王都を追われたという。

 聖女は彼の迎えをずっと待っていた。

 王に目もくれず、業を煮やした王は強引に聖女の婚姻の石を作り、自分と契約させて、魔術を使って聖女の中の王と彼の記憶をすり替えた。

 だけど蜜月は長く続かず、術がほころび、聖女は王の嘘に気づいて真実に狂っていった。

 狂う聖女に王もなすすべなく、同じように王も狂いだし、とうとう王自ら自分と聖女の婚姻の石を破壊し、二人は心中してしまったという。

 この王の行為は天の怒りに触れ、王族の血と魔力を使って維持していた国璽の紋章が変わり、神殿に引き入れている魔の森の泉の水が赤く染まってしまう程の騒ぎだったのだという。


 たった一人が道を間違えただけなのに。

 その後の王家は聖女と関わりを持つことを自ら禁じ、婚姻も結べない。

 私との事も団長には罪なのだという。


「俺にはね、ハルナ。そういう血が流れてる。ハルナは俺の事怖い?」

「答える前に団長、それはどのくらい前の話?」

「確か数百年は経ってるな」

「ほーら、やっぱり。そんなの継ぎ足して使う『秘伝のタレ』みたいなもんよ。団長の血にはとっくにそういう成分一切混じってないから大丈夫よ」


 私の返しに、団長は本日3度目の不思議顔をする。


「何、その“ひでんのたれ”って?」

「私の国にはね。“うなぎの蒲焼”って食べ物があって、それには先祖代々継ぎ足して作られた秘伝のタレが使われてるの。それこそ戦争を乗り越えて100年超えた物もあったんじゃないかな」


 私は秘伝のタレをちょっと説明する。

 独自配合で合わせた調味料を何代も渡って延々継ぎ足されて使われるうなぎのタレ。

 やばい、真面目な話なのに香ばしい香りまで想像できて、醤油と白いご飯がちょっと恋しくなってしまった。


「でもね、そうやって何世代に渡って継ぎ足して使っていても、大体3年から4年で元のタレと入れ替わってしまうんだよ。だから団長の血だってもうとっくに入れ替わってる。別に怖くないよ」


 団長は一瞬固まり、ぷっと吹き出した。

 ツボに入ったのか、だんだん笑い声が大きくなり、ひーひー言ってる。


「ハルナにとっては千年以上続く呪われた王家の血筋も“ひでんのたれ”扱いか! 全くすごいな、ハルナは!!」


笑い過ぎで涙目な団長は私に尋ねる。


「ハルナは元の世界に帰りたい? 帰りたいなら王宮に文献があるよ」


 返事をしたときから、ここにいるって決めたのだもの。

 私は立ち上がって、疑い深い団長のほっぺたを両手で挟んだ。


「ううん、帰らないよ。私、団長だから、ここにいることを決めたの。後悔なんてしないよ」


 海みたいに真っ青な瞳が目の前にある。

 久しぶりの近さにちょっとドキドキした。

 悔しいな。団長の45歳姿、もっとちゃんと見て記憶しておけばよかった。


「それに団長は農家レストラン、やるんでしょ?」


 立地は国内一不人気地の魔の森の側で、集客に問題大有りだけど、付加価値つけて流行らせてやるわよ。

 ハルナさんはこれでも優秀なwebディレクターだったんだからね。


「そうだね。ハルナが手伝ってくれるなら、きっと成功するよ。すごく楽しみだ」


 団長は私の手を握り返して、こちんとおでこをくっつけて、ふふっと笑った。

 あ、そういや、存在を忘れていた。

 悪魔の手紙。


「ねぇ、ルドヴィルさんの手紙には結局なんて書いてあったの?」


 団長は上着のポケットから手紙を取り出して私に渡してくれた。

 私は便箋を広げると、たった一言しかなかった。


『お幸せに、お二人さん』


 私と団長は顔を見合わせて笑い、そっと唇を重ねた。

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