宰相閣下、エードルフを出迎える
分厚いカーテンが開けられ、差し込む朝日で部屋がいっぺんに明るくなり、眩しさに目を細める。
執事のルーファスが起こしに来たようだ。
「おはようございます。閣下」
ルーファスはいつものように朝の挨拶をする。
「ああ、ルーファス、おはよう。今日も良い天気だな」
私がゆっくりと起き上がると、ルーファスは
「本日はよく晴れて過ごしやすい日でございますよ」
と、背中に枕を立てかけ、私の肩にガウンを着せかける。
「今日は早めに出仕して、殿下をお迎えせねばならない。朝食は部屋で取る。何か軽めに持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ルーファスは一礼して退出すると、私は起き上がり、寝室の小さな机に置かれた報告書を手に取ってざっと目を通す。
今日も特筆すべき事はない。
報告書を読みつつ、一緒に置かれたコップ一杯の水を飲みながらをゆっくり待っていると、ルーファスは朝食を持ってきた。
ルーファスがテーブルに朝食を用意する間に私は身支度を済ませて戻ると、テーブルには茶を注いだ状態で朝食が乗っている。
軽めにと言ったので、今日のメニューは茶と小さく切り分けたいちじくのタルトやベリーのタルト、クリームチーズと黒すぐりのジャムを添えた厚焼きのビスケットだ。
私は椅子に腰かけて置かれた茶にミルクを注いで一口飲む。
相変わらずルーファスの茶は美味いが、今日の茶はいつもより少し濃いめだ。
朝早いからしっかりと目を覚ましてから出仕しろと言うことであろう。
まずは好物のいちじくタルトから手を付ける。
これは焦がし砂糖で煮たいちじくとバターの風味が効いたさっくりとしたタルトが濃いめのお茶にとてもよく合うのだ。
ほぅ、と息を吐き二口目を口に運ぶ。
朝から甘い物は幸せな気分だ。それにあと少しで陛下のご苦労も報われる。
余計に今日のタルトは美味しく感じるな。
満足して食べ終えると再びルーファスを呼んだ。
「ルーファス、今日からまた王宮泊まりだ。クリスティーネは?」
「承知しました。奥様はまだお休みでございます」
「そうか。ではしばらく帰れないと伝えてくれ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
私は転移陣を展開して、王宮へ転移した。
※ ※ ※
自分の執務室に転移をすると、ミューリッツが出迎えてくれた。
「おはようございます。閣下」
「ああ、おはよう。ミューリッツ。ハルナ様はいかがなされておいでだったか?」
私は上着をミューリッツに預け、執務机に向かう。
「ハルナ様は先日の報告と変わらずというところでございます。朝早くから東の塔で働き、食糧や備品仕入れのついでにご自身の住まう部屋を探しておいでのようです」
ふむ。ハルナ様は塔を出たがっているということか。
「ちょうど良かろう、ミューリッツ。ハルナ様を当家へお連れしろ。馬鹿息子が邪魔をするなら排除して連れてまいれ」
「塔の管理は殿下が責任者ですが、よろしいのでござますか?」
「構わぬ。どうせ殿下は本日王籍へお戻りになられるのだ」
「かしこまりました。それではお迎えに参ります」
「頼む」
私はミューリッツを送り出すと、自分の執務机に向かい、積み上げられた未決済の山からいくつかを引っ張り出して処理し始めた。
※ ※ ※
いつの間にやら置かれた茶がすっかり冷めきってしまった頃、王宮仕えの近侍に声をかけられた。
朝も早く、邪魔立てする者もいないせいか、うっかり集中しすぎた。
「閣下、殿下がおいでになるお時間です」
「そうか。では陛下への先触れを頼む。私が出迎えに行こう」
「承知いたしました。行ってらっしゃいませ」
近侍は私に上着を着せかけると、そのまま陛下の元へ先触れへと行った。
私は小姓に側仕えを頼み、転移の間に向かった。
※ ※ ※
転移陣で現れたエードルフ様は、その身を寄せているシュヴァルツヴァルト家の騎士団礼装姿で現れました。
もちろん、陛下へ忠誠を誓うためのマントもその背中にあります。
大変結構。
「王宮へようこそ、エードルフ殿下。剣をお預かりいたします」
私付きの小姓がエードルフ様へ両手を差し出すと、エードルフ様は腰から外されて鞘ごと乗せました。
王宮内で剣を帯びるのは厳禁、今は王族ではないこの方は、剣を預けなければ、兄君に会わせる事はできません。
「後ほど自室に案内させましょう、
「閣下、私は王籍を抜けた身。客間で充分にございます。呼び名もどうか慣例どおりに」
エードルフ様は殿下呼びを固辞し、貴族の慣例通り呼べとおっしゃいました。
そういった所は相変わらず義理堅いお方です。
「では、エードルフ様。参りましょう」
さあ、今日はとてもよき日になりそうです!
エードルフ様が王籍に戻られ、とうとう婿入りをご承諾なさるのですから。
何とか結婚させたいとご苦労なさっていた陛下もお喜びで安心なさるでしょう。
今日の夕食の葡萄酒はとても美味しくなるに違いありません。
今のうちに好物をリクエストしておきましょう。
私は足取りも軽く陛下の私室に向かいました。
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