ハルナ、入婿話を耳にする

 結論から言うと、私の部屋探しは失敗した。

 この世界に不動産屋はないから人づての紹介が頼りなのだが、先週の買い出しで相談したときは、八百屋のおばさんも酒屋のおじさんも歓迎してくれて、仕事も空いてる部屋も紹介してくれるって話だったのに。

 昨日訪ねたら、みんながみんな、部屋は埋まったとか、借り手がついたとか、貸すのをやめたとか。


(もしかして、私、嫌われてるの!?)


 物欲しそうな顔に見えて、おまけもらってるから?

 それともちょっと強引な値引き強要?

 衝撃的な事実に凹みそう。


 そしてさらに追い打ちをかける話を町で聞いた。


「あの団長にとうとう結婚話ですよ! ハルナさんはお聞きになりましたか?」


 ルドヴィルさんは私の人参剥きを手伝いながら、楽しそうに町の噂話をする。


「ええ、聞きましたよ。隣国の元お姫様のお婿さんとか。どうして団長が元王族の方だと誰も教えてくれなかったんです。私、思いっ切り失礼千万だったじゃないですか!!」


 ジャガイモを剥きながら、私は答える。

 実は団長、貴族どころか王家の末席で先代国王の第何夫人かの子、現国王は団長の異母兄弟でお兄さんなんだそう。

 だけど団長が生まれた時には既に何人も男の子がいて、王位継承権も下の方。

 割と自由にのんびりと王宮での騎士生活をしていたが、ちょっと国内が大変な事になり、お兄さんにお願いして、期間限定でお母様の実家である辺境伯様の騎士団を手伝っていた。

 今日はこの結婚話と王籍復帰のために王都へ呼び出されて、朝早くに転移陣で出立した。


「ルドヴィルさん。あの……。町で聞いた噂は本当なんですか?」


 街にはもう一つのとても気になる噂があった。

 お婿さんなんて聞こえはいいけど、実質和平のための人質だという噂。

 王族の中ですぐ結婚できそうな独身男性は団長一人、国のためと言われれば、たとえ人質と分かっていても騎士の誇りに賭けて団長はこの話を受けるだろう。

 おいたわしい事だ、と町のみんなが揃って同情していた。


「お答えする前に一つ質問を。ハルナさんはどうしますか? 団長の事、諦めます?」


 ルドヴィルさんは剥いた人参の皮を野菜出汁用の鍋に入れて、いつになく真剣な顔だ。


「前もお話ししましたが、私、団長の事は別に……」


 ルドヴィルさんは、言い淀む私をぴしゃりと遮った。


「嘘ですね。本当は団長の事好きなんでしょう? 団長は好かれ慣れてませんから、言葉にして好きだと言わないと一生伝わりませんよ」

「でも……」

「二人とも焦れったくて、側から見てるとイライラするんですよ。お互い好き同士のくせに、一体何を悩んでるんです?」


 は? 好き同士??

 私は気持ちダダ漏れだったかもしれないけど、あの人からはそんなのぜんっぜんなかったのに。

 …。

 ……。

 なかった、よね?

 大体、リボンは断られたようなものだし。


「ハルナさん。団長って町の人の評判良いでしょ?」

「そうですね。こーんな小さな子供でも団長に感謝してました。だからそんな風に心配してくれるんですよね?」


 私は手を腰より下に下げて3〜4歳サイズを示す。


「噂の半分は町の人の嘘ですよ。団長の婿入り結婚話は本当ですが、お相手の国とウチの国は良好な同盟関係で人質なんてありえません」


 もう随分前に王女様が王太子の元に嫁いだそうだ。

 勿論人質どころか将来の王妃様として厚遇されている。

 全然全く知らなかった。


「後は……そうですね。すこし前、ハルナさん、部屋探ししてましたよね?」


 ルドヴィルさんはこの前の休日の事を言った。


「ええ。誰も貸してくれませんでしたが」

「あれ、実は団長が先回りして、『ハルナに部屋を貸さないでくれ』って頼んでいたんです」


 あの時の団長の姿で、私は一生美味しく葡萄酒が飲めそうですと、ルドヴィルさん、思い出し笑いをしていた。


「その一件で町の人の一部は団長がハルナさんを手元に置きたいって事を察しました。ここは小さな町です。噂はあっという間に広がって、それならハルナさんと団長をくっつけようと嘘の人質話を貴女の耳に入れたのではないでしょうか?」


 そっか。町の人はそんな風に言えば人質話も信じて、私が引き止めるかもって思ったのね。


「で、貴女はどうしますか? ハルナさん」


 頬杖ついてニヤニヤと楽しそうな顔をして、ルドヴィルさんは私の答えを期待している。


「……わかんない」

「は?」


 ルドヴィルさん、目ってこんなにまん丸になるのかってくらい驚いてた。


「わかんないから、パン生地捏ねて考える」


 ぐるぐるした頭で私は席を立ち、仕込んであったパン生地の元へ向かう。

 生地は大きなボウルいっぱいに膨れていた。


(団長が私を好き?)


 小麦粉を指につけてフィンガーテスト。

 パン生地には指の跡がくっきりついて戻らない。

 発酵はもう十分だ。


(諦めるつもりだったのに……)


 生地に拳を当ててガス抜きをする。

 ぷしゅんと小さくなる私の気持ちみたいだ。

 多いから4回分に分けておく。


(そりゃあ、一緒にいて楽しいし、美味しいって言ってくれたら嬉しいし……)


 取り出して、バターを混ぜ込んで、少しべとついた生地を、ばんっと生地を叩きつけて生地を引き延ばす。

 表面がつるりとして、引っ張ってもちぎれず、薄く引き延ばせるようになるまでこねる。

 何度も何度も繰り返すと生地のグルテンが強くなり、発酵した気泡をグルテンが抱き込んでふんわりとしたパンに仕上がる。


 無心でこねてるうちに、あの言葉がまた沸いて出てくる。


 ――俺、結婚するなら子供は絶対欲しいんだ。


 男のひとは、みんな自分の子供を欲しがる。

 きっと団長だって欲しがるだろうし、その時の私はタイムリミットで産んであげられないかもしれない。

 ああもう! せっかく一人で生きようと決めたのに。

 40歳ってもう迷わないんじゃなかったの。


「私にどうしろっていうのよ! バカぁっ!!」


 賢二の顔めがけて、ひときわ強く生地をたたきつけ、悶々と考えても答えは出なかった。


 本人を目の前にしたら違うのかもと、いったん保留にし、今日のお夕飯の支度をする。

 遅くなっても絶対帰って食べるからとの宣言通り、団長の分は取り分けておいた。

 だけど、私達が食べ終えても、ポテトがしなしなになっても、塩豚も冷めて脂がカチカチになっても団長は帰って来ず、うとうとしながらリビング代わりの談話室で夜を明かした。

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