エードルフ、部屋探しの邪魔をする

 まずい、まずい、まずい……。非っ常ーーにまずい!!


 ど、ど、ど、どうしよう!!


 ハルナはここを出て行くつもりだ。

 この町は住む奴が少ないから、部屋なんぞダダ余りで格安だ。

 今のハルナの給金で簡単に贖えてしまう。

 借金対策で給金を少し高めにしていたが、今度はそれが仇になってしまった。

 今から給金を下げる訳にもいかないし……。


 落ち着きなく部屋を行ったり来たりして対策を練るが、ダメだ。

 さっぱりいい案が浮かばない。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。


 ウロウロと歩き回っても、ハルナを引き止められそうな一言が思いつかない。


 いやいやいや。まず落ち着け自分。部屋探しは今日じゃない。明日だ。

 幸い今日一日の余裕がある。

 要は明日、部屋が見つからなければいい。


(ハルナの立ち回りそうな所……。肉屋に八百屋、酒屋に宿屋、ああ小間物屋に雑貨屋もか。取り急ぎこの辺を抑えれば明日は乗り切れるか?)


 祭りの屋台以来、ハルナはすっかり町にも慣れ、顔馴染みが増えている上、瓶詰販売で結構なファンが付いている。

 厄介な事にそれをやめさせた俺は、差し詰め芝居の悪役並みに恨まれているに違いない。


 ……やめようか?


「いや、俺の矜持を考えてる場合じゃないだろ!」


 恨まれてようが憎まれてようが、ハルナを手放したくない。

 俺は目の前の書類仕事を放り出して、転移陣を使い、街に向かった。


 ※ ※ ※


 それでも少しは作戦を練った。

 組合の顔で組合長、宿屋の亭主ガスティー、肉屋の亭主フリーチェ、乳製品屋の亭主ミルッヒ、各店主達を店の裏手に呼び出して、頼み込む。

 仲のいいこの三人なら、今日の夜には『踊る子熊亭』で飲んだくれる。

 俺の頼みはすぐに噂話になり、それを聞いた者は部屋を貸さないだろう。

 ……という目論見だ。


「と言う訳で、ハルナが来たら部屋を貸さないで欲しい。頼むよ……御亭主」


 俺は両手を合わせ、頭を下げる。


「ふぅーん、ハルナちゃんに」

「部屋を貸すなって?」

「仕事も紹介するなと?」


 三人三様の返事を返してくる。

 何だかもの凄く悪いことをしている気分だ。

 だが、ハルナの為だ。


 ミルッヒは「ハルナちゃんの作るパンもケーキも美味いぜ。どこだって歓迎されるさ。ウチに来てくれれば、あっと言う間に看板商品作ってくれそうだし、ウチは歓迎するぜ!」と意気込んで言い、

 フリーチェは「そうだなぁ。ウチも丁度部屋余ってるし……ハルナちゃんいればパメラが喜びそうだ」とホクホクしている。


 やっぱりダメか。

 これではハルナが部屋を見つけてしまう。

 だが、月の助け、ガスティーが俺に協力を申し出てくれた。


「いや、ミルッヒにフリーチェ。ここは団長の頼みを聞いてやろうぜ」


 ガスティーは何やら含むところがあるようで、二人に目配せをしている。

 が、俺は明日さえ乗り切れればどうでもよい。

 あわよくば明日以降もだけど。


「ほ、本当に? 協力してくれるのか?」


 ガスティーに縋りつくような目線を投げると、ガスティーはニヤリと笑い、

「ああ。協力してやるよ。だけど、俺達の頼みも聞いてくれるよな? 団長!」

 両手でポンと俺の肩を叩いた。


「あ、ああ。できる事ならな……」


 要求は何だ? 今日の酒代とかか??


「なぁに、簡単な事さ。ハルナちゃんが前に出してた瓶詰とケーキの販売。アレ復活させてくれたら協力するぜ! 娘たちも好きでさ」


 ガスティーの要求は瓶詰の販売再開だ。

 正直二の足を踏む。

 だが、ハルナの姿を見せなければ、何とかなるだろうか。


「……納品は必ず塔まで取りに来て。製造元は絶対秘密。商会には卸さない。この3つが絶対条件。それ以外は別途相談」

「おお、いいぜぇ。交渉成立だな」


 俺はガスティーと拳を突き合わせた。

 よしよし。順調だ。


「二人の条件は?」


 俺は何を言われるのかと身構えた。


「チーズ用の大鍋、そろそろ買い替えなんだよ。次は劣化しないやつ欲しいなぁ。ハルナちゃん、ウチのチーズ好きだし」

「奇遇だねぇ。ウチのひき肉用のミンサーもダメになりそうなんだよな。これがないと腸詰作れないしなぁ……」


 ミルッヒとフリーチェはそれぞれ工房の備品が欲しいのだという。

 しかも魔力を使う特別製の術式を入れてあるヤツか。

 劣化しないとなると、ちょっとした倉庫が立つ程度にお高い。

 くっ。これは俺の革袋が痛む。

 だが、ハルナの為、俺の未来の為だ。


「わかった。支払いは持つ」

「任せとけよ、団長。今日中に部屋貸さないよう、町中に広めてやるぜ!」


 ミルッヒとフリーチェとも拳を突き合わせて、契約完了。


「ほんと、恩に着るよ。後は頼む」


 交渉を終えてホッとし、塔に戻ろうと転移陣を展開すると、転移する背中越しにフリーチェの声が聞こえる。


「もちろん、今日の酒代は必要経費だからな、団長!!」


 ぅげっ!! ちょっと待て!!

 それは俺が町民全員に奢るのと一緒じゃないか!!


 ああ、俺の革袋が今日死んだ。


 ※ ※ ※


 転移で戻った執務室ではルドヴィルが書類の束と茶を机に置いていた。

 おーおー。派手に増えてるなぁ。

 放っておいても減らないので討伐するとしようか。

 椅子に座ってもルドヴィルは退室せず、机越しにじっと俺を見つめていた。


「んーー、何? 他になんか用か?」


 俺は書類を一つ掴んで広げ、置かれた茶を一口すすった。


「ええまあ。書類仕事を放り出してまでの交渉はうまくいきましたか? 団長」


 茶は吹かなかったが、一気に飲み込んで喉が焼けそうになった。


「……まあ、一応目的は達成したよ。大分出費は痛いけどな」


 肩をすくめる俺にルドヴィルはにっこり笑い、

「とても面白いものを見せていただきました。これでしばらく酒のツマミに困りません」

 と満足そうに言う。


「ソウデスカ……。お楽しみいただけて何よりですよ……」


 お前……。見てたなら助けろよ。

 今しがた俺の皮袋が息を引き取ったんだぞ、、、


「しかし、団長も変われば変わるものですねぇ。それではやり残した書類仕事の続きをお願いしますね」


 はいはい。頑張りますよ。

 俺は剣の代わりにペンを持ち、書類仕事に明け暮れた。

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