その頃の王宮2

 陛下は万全、儀式は完璧だったはずだ。

 なのに……。


「何故だ! 何故聖女は現れない!!」


 私はダン、と机を両の拳で叩き、机の前に立つミューリッツへ少々乱暴に問う。

 ミューリッツは慣れたもので、私の暴言に眉一つ動かさず、用向きを話し始めた。


「閣下、その件について神官からの進言とご相談でございます」

「内容は?」

「神官からは3度も失敗するなど考えられない。もしや聖女様は既にこちらにいるのではないかとの進言がございました」


 ううむ。確かに以前の状況と比べれば、魔物の被害は減っている。

 儀式は成功して、聖女様はこちらにいらっしゃるのかもしれない。


「だが、神殿でも見つけられないとは一体どう言う事か?」


 聖女の持つ魔力は微かなものだが、我々とは全く違う気配と魔力を持つお方。

 それゆえにとても目立ち、我々も気配を辿って保護に動ける、はずなのだが。


「聖女様の魔力が微量すぎるか、誰かが意図的に隠しているのか、あるいは賊に襲われて既にお亡くなりになったのか……」


 ミューリッツは最悪の結果に、そっと目を伏せる。


「だが、亡くなられたのであれば、儀式は成功しているはずだ。過去の例から貴族がその姿を目にしていれば、微量な魔力といえども聖女様を見逃すはずはない。となれば、隠されているか……。あれだけ違う気配と魔力を持つ方を隠し通すなど……」


 隠す方法はいくつか思い当たるが、そのどれもが魔術師なり、高位貴族でなければ難しいはず。

 だが、ひとつだけ平民でもできる方法がある。


「なるほど。聖女様は既に誰かと契約されていて、魔力が“混じって”見分けられない状態か?」


 聖女様は魔力が“混じりやすく”、相手が平民でも貴族でも、契約されると相手の魔力の影響を受けてしまい、目立たなくなってしまう。

 術者から遠ければ遠いほどわからなくなり、判別も難しくなる。


「左様でございます。聖女様は王都ではなく遠い辺境に現れ、そのまま誰かと契約済みなのかもしれませぬ。ですが……」


 そう。直接お姿を確認できる距離なら、我々でも見分ける事は可能だ。

 私は一つ頷き、ミューリッツに指示した。


「いくら契約したころで聖女様の気配までは消えぬ。近くに行けばより鮮明に感じ取れる。ミューリッツ、そなたに任せる。必ず聖女様を探し出すのだ」

「心得ました、閣下。必ずや吉報をお持ちいたしましょう」


 ミューリッツは一礼すると、その身を翻して部屋から出ていった。

 しかし辺境か。転移陣を使うとは言え、人ひとりを探し出すには少し時間が必要だが、必ず探し出さねば、また陛下にご負担がかかる。


 私は窓から月を眺めるとちょうど願いを叶えると言われる白の6の月。

 私は早く見つかるようにと願掛けをした。


 ※ ※ ※


 月は私の願いを聞き届けてくれたのか、幾日もかからずミューリッツは聖女様の居場所を突き止めた。

 お名前はハルナ様、居場所はシュバルツヴァルト領の魔の森の側、エードルフ様が団員と共に詰めている東の塔へ一緒に住んでいるとの事。

 ミューリッツがハルナ様のお姿を確認しており、お元気そうで特に行動の制限などされてなかったようだという。

 ハルナ様は殿下の魔力を帯びていて、やはり契約済みのようだとの報告があった。

 あそこにはルドヴィルもいるのだが、一体何をしているのだ!

 聖女に気づかぬ訳はないのに、馬鹿息子からは未だ何の連絡も寄越して来ない。

 誰に似たのやら。何か良からぬことを企んでいるのやら。

 まあ良い。馬鹿息子は後でどうにかするとして。


「これは大変な事ですよ、エードルフ様」


 聖女を隠した挙句、既に契約済みとは波紋も大きかろう事でしょう。

 早速陛下のお耳に入れ、火の粉が降りかからぬよう対策を立てねば。

 しばらくは忙しくなり、妻の相手をすることができそうもありませんが、何とか誕生祝いの宴までには終わらせねばなりません。


「……閣下」


 小さくミューリッツの声がして、私を思索の泉から呼び戻す。


「ミューリッツ、陛下に先触れを。聖女が見つかった報告をする。そなたも付いてこい」

「畏まりまして、閣下」


 私はミューリッツを見送ると、近侍を呼び、衣服を改めてから転移陣を使い、王宮内の執務室へ移動した。

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