裏の畑のピクニック(エードルフ)

 ああ、本当に幸せだ、、、


 天気も良くて、ハルナが元気でそばにいてくれて、美味しい弁当と冷えた葡萄酒があって。

 ほんの少し前まで飲まず食わず眠らず働きっぱなしで剣を揮い、魔物退治に追われ、家に帰れば兄上からの見合いの釣書と姿絵責めだったとは思えないくらいに。

 苦労していた日々とは大違いで、今は穏やかに時間が流れる。

 こんな日がずっと続けばいいのに。


「俺、結婚して騎士引退したらこういう風に野菜育てて、食堂やるのが夢なんだよねぇ」

 

 俺はハルナの作ったサンドイッチをかじり、フライドポテトにヨーグルトソースをつけてを口へ放り込んだ。

 うん。どれも美味しい。

 特にサンドイッチ。ズッキーニがじゅんわりしててトマトソースとよく合う。


「農家レストランってやつですね。私の故郷にもありましたよ。カフェでお野菜使ったスイーツ出して、外でお茶したりするんです」


 ハルナは人参のポタージュを一口飲んで、ニコニコしている。

 うん。この顔はきっと合格点だ。

 出来がいまいちだと眉間にシワが寄って、ため息をこっそりつく。

 手作りパンを作り始めた頃によくそんな顔をしていた。


「へぇ。野菜のスイーツか。前食べた豆のケーキみたいに?」

 

 ハルナの国では豆を甘くしたデザートがあるんだとか。

 ハルナは種類は違うが似た豆を使ってパウンドケーキやマフィンを作っては故郷を懐かしんでいた。

『こんな事ならちゃんと“あんこ”の作り方を覚えておけば良かった』と言って。


「そう。私の国では甘い豆を使った和菓子というもので基本デザートだったの。洋菓子的なもので珍しいのは、トマトのショートケーキとかかなぁ」


 こちらで言えばほうれん草を練りこんだフワフワなパンケーキを生クリームで覆って、小さいトマトがまるごと乗ってるらしい。

 ハルナは親指と人差し指で小さな丸を作って、トマトの大きさを作る。


「そんな小さいトマト、腹の足しにもならないじゃないか。小さいのが必要なら切ればいい」


 小さいトマトなんて、果たして本当に必要なのだろうか?

 不思議そうに言うと、ハルナは不満気な顔をした。


「んもー。男の人ってすぐそう言う。このトマトがこーんな小さいんですよ? 小さいとかわいくないですか? 映えませんか??」


 ハルナはずいっともいだへた付きトマトを俺の前に突き出す。

 頭の中でハルナが言う大きさに小さくしてみるが、うん、使い道がさっぱりだ。

 だけど珍しいから見てみたいし、食べてみたい。


「トマトが小さいなんて。ハルナの国は珍しい野菜があるんだな」

「トマトだけじゃなく、色々な野菜が小さくなって売られてましたよ。栄養も豊富だし、食べきりやすくて、場所も取らないからって」


 保存する場所も限られてるから、ハルナの国では小さい野菜は重宝されていたのだという。

 野菜でも家畜でも大きく丸々としていることをよしとするこの国とは勝手が違うようだ。


「ミニトマトって小さいけどとても甘いトマトなんですよ。色々使い道もあるし。実物食べたら団長、絶対気に入ると思うけどなぁ……」


 ぶつぶつとこぼしながらハルナはサルサソースのついたフライドポテトをぱくりと食べる。


「そうだ。品種改良、ハルナもやってみる?」


 俺が知らない野菜でも、ハルナが知る野菜なら、似た野菜を魔力で変化させて作れるかもしれない。


「品種改良って、掛け合わせて何世代もかかるんじゃ……」


 ハルナは怪訝な顔をする。


「ああ、ハルナの国にもあるんだね。品種改良。じゃあ話は早いかも」


 俺はハルナに品種改良の説明をする。

 ハルナの国では専門家が“ 掛け合わせ”という方法で何世代もかけて時間をかけて作るらしいけど、こちらは違う。

 ここでは育てる時にも魔力を使うが、品種改良にも魔力を使う。

 と言ってもどう育ってほしいか願いながら、直接株に魔力を与えて“混ぜる”。

 この願いが具体的であればあるほどいい。

 トマトなら大きさはどれくらい、甘さはこれくらい、皮は薄いとか厚いとか。

 もちろん天候や土の具合、願いと魔力量の相性が悪くて実がつかなかったり、魔力の加減が悪くて株ごと枯れてしまったりなど簡単ではないけれど。


「へぇ〜。魔力は団長から貰いつつ、私が想像する感じですね。ミニトマト、作れるといいなぁ」


「ハルナはそのトマト、食べた事もあるし、成ってる姿も知ってるから、結構な確率で再現できると思うよ。俺も食べてみたいし、お昼食べたらやってみようか」


 ちょうどトマトは植えたばかりの畝があったはず。

 そこで試せばいい。


「わぁ。収穫できたらミニトマトのベーコン巻き串焼きも作れるかなぁ。あれ好きだったんだよね。楽しみだぁ!」


 ハルナはその他にもマリネやトマトソース、フライなどミニトマトを使ったレシピを次々と上げていく。


「美味しいのが作れたら、ちゃんと品種登録して国中に広まるといいね」


 品種名はやっぱり“ハルナ”か“ ヒガシデ”かな。

 俺はくすりと笑う。


「じゃあ将来、市場に私の作ったトマトが並んで、引退した団長が農家レストランでミニトマト使ったメニュー出してるかもしれないんですね」


 ああ。ハルナの考える将来は、俺と一緒にいる未来ではないのか。

 そう気づかされ、少し寂しくなった。


「……そうだな。そうだといいな」

「団長の夢も、早く叶うといいですね!」


 ハルナは無邪気に笑う。

 俺の夢は叶うだろうか。

 ハルナと一緒に笑う未来は。

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