ハルナ、倒れる

 この辺は梅雨にでも入ったのか、今日も雨降り。

 洗濯物が中々乾かないので、シルヴァン君に頼んで生活魔術の乾燥をかけてもらいました。


 ……。

 ……。

 ……こんにちは。

 異世界生活大体3ヶ月目のハルナです。


 すみません、ちょっと疲れてるみたいで、色々調子が良くありません。


(しかし怠さが抜けないわねぇ。出店の疲れがまだ残ってるのかな……)


 全身重だるいし、頭痛と喉の調子が良くないって、ちょっとまずいなぁ。

 熱の上がる一歩手前状態、な気がする。

 多分風邪だと思うから、今のうちに例の魔力水、飲めば効きそうだけど……今、団長にちょっと頼みにくいのよね。

 あれは契約者同士か親子の血縁関係からの魔力じゃないと“魔力が混じらない”ので、効かないんだって。


 乾かしてもらった洗濯物を取り込みながら、昨日の団長の事を考える。

 そりゃあさ、話さなかった私も悪かったと思うけれど、団長も悪いと思うよ。

 私に聞きもせず、勝手に監視みたいなことをして。

 別に見られてまずい事はしてないけど、黙ってされちゃあプライバシーの侵害よ。

 コンプライアンス違反じゃないの?

 ……微妙なところね。なんせ団長は社長で責任者だもの。

 業務に影響が出るようなら、団長は個人情報にアクセスできる。

 つまり適正な範囲ってヤツだ。

 大体ホウレンソウ、怠ったのは私だ。

 後で謝らないといけないわね。


 あああ、でもさ。やっぱりさ。

(疑われてるとか、結構ショックだったなぁ……)

 髪飾りをちょいちょいとさわりながら、そんな事をずっとぐるぐると考えていた。


 ※ ※ ※


 案の定、というか、やっぱりというか。

 お昼過ぎから一気に熱が上がり、とうとう力尽きて倒れてしまいました。

 たまたまシルヴァン君がキッチンで見つけてくれて、4階の私の部屋まで運んでベッドへ押し込まれました。

 ええ子や。おばちゃん感動したよ。


「もぅ。具合悪いなら無理しちゃダメだよ」


 シルヴァン君はぺとりとおでこに手を乗せ、「んー……。熱たかいねぇ。寒くない?」と私に聞く。


「寒い」

「予備の毛布、置き場所変わってないよね?」


 私がこくりと頷くと、シルヴァン君はクローゼットを開けて予備の毛布をとって何枚かかけてくれた。

 そして、洗面器に水をため、勝手に新しいタオルを引っ張り出して絞り、おでこにのせる。


「ちょっと待ってて。今、お湯作ってくるね」


 そう言ってシルヴァン君は、1階のキッチンへ降りていった。

 うっ。年下のシルヴァン君がとても男前に見えてくる。

 家事を率先してやる男はモテるぞ。

 程なくしてシルヴァン君はお湯を詰めた平べったい壺をタオルで包んで足元に置いてくれる。

 ああ、これ湯たんぽだ。

 湯たんぽと違うのは冷めたりせず、魔術で温かさがずっと続くらしい。


「ご、ごめんねぇ。シルヴァン君。お夕飯……」

「いいからハルナはゆっくり寝てて! みんなの夕ご飯くらい僕がやっとくから。きっと疲れが出たんだよ」


 シルヴァン君はぺしぺしと軽くおでこのタオルを叩く。


「にしても困ったなぁ。今日は団長、遅くなるってさっき連絡来たんだよ。それまで辛いけど、我慢できる?」


 腕組みしたシルヴァン君は心配そうに私を覗きこむ。


「平気平気。寝てればすぐだから」

「夕飯、後で持ってくるよ。ひきわり麦のお粥でいい?」

「うん。シルヴァン君、私お塩はいらない。代わりにチーズ削ってパセリ入れて」

「それだけ食欲あるなら大丈夫そうだね。じゃあ夕飯まで少し寝てなさい」

「ありがとう。シルヴァン君」


 私はそのまま深い眠りに入ってしまい、夕飯を持ってきたアーヴィンさんに起こされるまで、ぐっすりと眠りこけてしまった。


 ※ ※ ※


 アーヴィンさんが持ってきた夕飯のオートミールを食べ、また横になって数時間。

 日もとっぷり暮れ、みんなが寝静まった時刻、“ヤツ”はやって来た。

 子供のころ、風邪をひけば大抵やって来た、アイツが。


(そっか。若返り魔術の影響……。体質まで当時のまま再現されてるのか。ホント魔術って凄いなぁ……)


 ヤツとは喘息の発作。子供の頃に治ったのだが、私は20代で一度再発してるのだ。

 そして再発というのは、大抵たちが悪い。

 ヒューヒューと久しぶりの息苦しさに身悶えしつつ、私はのっそりと身体を起こした。

 こうなるともう横になっていられず、座って何かにもたれかかった方がいくらかマシなのだ。

 床に座り込み、ベッドへもたれかかった。


(ここには薬もないし、病院どころか医者もいないし、私死ぬのかなぁ……短い人生だったな)


 例の魔力水が優秀すぎて、ここには医者がいない。

 いや、王都あたりに行けばいるかもしれないけど、少なくともここにはいない。

 お父さん、お母さん、ごめんなさい。

 突然いなくなって心配させた挙句、陽菜は先に死にそうです。


 ドアの外からノックと団長の声がした。


「ハルナ? 具合大丈夫?」


 返事したいけど、私は息するだけで精一杯で、うめき声も出せない。

 少しの間、ドアの前で立っていたみたいだけど、返事しないから足音がして立ち去った。


 えーと。貴族ルール何番目か。

『女性の部屋には許可なく立ち入らない』

 団長は律儀に守ってくれ、やっぱり私、死ぬのかもと思っていたらまた足音がして、ノックの音がした。


「ハルナ? ごめん、開けるよ」


 おかーさん、おとーさん。

 陽菜の親不幸は一つ回避できそうです。

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