エードルフ、イライラする(祭の夜)

 ハルナのフライドポテト、食べに行くと約束していたのに、結局実家から出る事が出来ず、休憩時間にこっそりと転移陣を使って会場近くに移動し、近くにいた子供に頼んで買ってきてもらった。

 結局ルドヴィルにバレて殺されそうになったけど、まあいい。

 今回は生のトマトと玉ねぎや香草を使ったサルサソースというそうで、ピリッと辛くてよく酒に合いそうだ。

 ヨーグルトソースはにんにくと塩、香草が入ってる。

 丁寧に水分を抜いたヨーグルトがクリームチーズのようで、ほんのりとしたにんにくと香草風味がよく芋に合う。

 ハルナ、大丈夫かな。ちゃんと売れてるといいんだけど。


 儀式も終え、森の向こうに太陽が沈み、代わりに紫色の満月が上り始め、窓の外が少しずつ紫色に染まりだす。

 広場ではパーティーの準備が進んでいるだろうに、こっちときたら今だに晩餐会の魚料理!


「何故だ……。何故俺はこんなところで飯を食ってるんだ!!」

「それはここがあなたのご実家で、陛下が御臨席なさる晩餐会だからですよ、エードルフ様」

「くっ。なんで兄上来てんだよ! さてはお前知ってたな?」

「いいえ。私も先ほど知りましたよ。大方、この前お断りになった縁談を説得されるためでしょうね」


 ああ、そうかい。

 冷静な分析ありがとよ、ルドヴィル。


「まだるっこしいからまとめてデザートまで持って来て欲しい! 俺はさっさと食い終わって挨拶終わらせて早く帰りたいんだ!!」


 俺はテーブルの下で足踏みしつつ、上半身だけは貴族らしさを装いながら、ナイフとフォークで食べ進める。


「あああ心配だ……ハルナ、大丈夫かな」


 白葡萄酒を注がれたグラスを一息に空け、ぽそりとつぶやいた。

 酒があまり飲めないハルナが、無礼講で山ほど勧められ、強引に飲まされて具合でも悪くしていなければいいが。 

 いや、それよりも、がどうなっているのか……。

 アレが誰かの手にあることを想像して物凄く嫌な気分になり、食べる手を鈍らせる。


「ハルナさんも大人ですから、ほっといてもよろしいのではありませんか? そもそもハルナさんには婚姻の石がありませんから、ヤッたって子供が出来ませんよ。気が合いそうなら楽しめばいいんじゃないですか」


 こら、ルドヴィル! 話題!!

 晩餐会の最中だというのに、涼しい顔で俺の心配を直接的な言葉にした。


「おい……。その発言は“居心地のいい逃げ道”に対してどうなんだ……」

「さぁ、そんなことも言いましたかねぇ? 私にはさっぱり努力が見えませんが」


 しれっとルドヴィルは答えて、川鱒のマリネを食べ終える。

 このマリネも前は結構好きだったのに、今はハルナの作る香草バター焼きの方がずっと美味いんだよな。


「もう、めんどくさい方ですねぇ。そんなに心配なら、ハルナさんを迎えに行きますか?」

「行ける訳ないだろ!! 飯の途中な上に、兄上までいるんだぞ。中座したら辺境伯義父上に迷惑がかかる」


 遠くのテーブルでは辺境伯夫妻と兄上夫妻が何やら楽しそうに談笑している。

 兄上がちらちらこちらに視線を投げてよこすので、晩餐後は呼ばれること確定だ。

 ただの一貴族となった俺には陛下の誘いを断る選択肢がない。


「よくお分かりで。現状、エードルフ様にはどうにもできませんよ。諦めて……」

「そうだ。こっそり用のふりして、転移陣使ってちょっと様子見てくればいいんじゃない?」


 呼ばれる前の今なら問題ないだろうし、ちょっと出て、そっと覗いて、ぱっと戻ればいい。

 そう言ったらギロリとにらまれた。


「お止め下さい。どう考えても席を外されるのは不自然ですし、向こうだってその恰好の団長に来られたら盛り下がりますよ。食後はおとなしく陛下のお相手をして、着替えてから行ってください」


 やっぱり。騎士団の礼装じゃ目立ちすぎるか。

 ルドヴィルは白葡萄酒を一口飲み、俺の悶々とする姿にニヤつきながら言う。


「それとも知らない男に手を出されるのがそんなにお嫌なんですか?」

「嫌だろ。普通、嫌に決まってるじゃないか!」


 口直しの匙を握ったまま思わず声を荒げてしまい、俺の前に皿を置いた者がびっくりして、動きを止めてしまった。


「ああ、済まない。コレの事ではないから気にしないでくれ」


 口直しを指差し、貴族笑いで給仕を下げると、せっせと口直しを掬って口に運ぶ。

 ふむふむ。氷を細かく削ってプラムのシロップをかけたものか。

 中にもシロップ漬けのプラムが細かく刻んで入ってて、酸味と甘みが絶妙なバランスだ。

 ハルナは果実水好きだから、こういうのも好きそうだ。後でシロップ貰って帰ろう。


「ふーむ、“嫌”ですか。ですがハルナさんは別に団長の恋人ではありませんよ? 成人してるのですから、何をしようとハルナさんの自由です」


 ルドウィルはしゃりしゃりと口直しの氷を突き崩して口に運ぶ。


「恋人云々はともかく、今のハルナは親もいない未婚女性だ。身元保証人の俺が行動を制限するのが当然だろ?」


 そうさ。ハルナが頼れる人は俺だけなんだから、ちゃんと悪い男から守ってやらないと。

 ハルナを泣かせるような奴は、俺が腕力と権力で追っ払ってやる。


「そうですよ。今のあなたはただの身元保証人なんですから、ハルナさんの恋愛に口を出す権利はありません。ましてや今日はプルファの夜。エードルフ様の心配は恋人だけの権利なんですよ。年増男の独占欲は見苦しいですよ。お止しなさいませ」


 ルドヴィルに指摘され、つい腰を浮かしてしまい、赤葡萄酒のグラスを倒しそうになった。


「どっ、独占欲って! 俺っ、そんなつもり全然……、全くないっ!!」


 手で押さえた手前、そのまま赤葡萄酒のグラスに口をつけ、グビリと飲み込み、運ばれた鹿肉のベリー煮込みを口に運んだ。

 鹿肉は兄上の好みだから、料理人が随分と気合を入れたのだろうな。

 肉が口の中でほろりとほどけて、ベリーの甘みと酸味、ちょっぴりの渋みが鹿にとても合う。

 肉に癖もないし、下処理も完璧だ。

 実にいい味で美味いじゃないか。

 ハルナはこういう長時間煮込む必要のあるメニューは時間のある時しか作らないからな。


「先程から聞いてると、エードルフ様の一連の発言は身元保証人の心配をとっくに超えて、“ハルナさんが好きで好きでどうしようもありません”って言ってるようなものですよ。いっそ素直に告白したらどうですか? “ハルナが好きだ、リボンを解かせろ”って」


 ルドヴィルはさくらんぼとカスタードを入れて焼き上げた素朴なタルトにフォークを突いて、一口食べる。

 この顔となりで甘い物が好きなルドヴィルは出された料理の中で一番いい表情をした。


「ハルナさんのリボン、誰の物になるんでしょうね。とても楽しみですよ」


 ダメだよ。

 俺じゃダメなんだ。ルドヴィル。

 お前の言う通り、俺にできるのはハルナにとって“居心地のいい逃げ道”になる事くらい。


 ハルナが本当の事を……元の世界に帰れない、決して帰されないと知れば絶望する。

 きっと俺を、この世界を憎んで恨む。その先は……考えたくない。

 ハルナにその時が来たら、俺という選択肢を示してやるつもりだが、事実を知ればハルナは俺を選ばないかもしれない。


 デザートと供された甘いはずの食後酒は、とても苦い味がした。

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