エードルフ、プレゼントを買う
今日は、騎士団の件でシュヴァルツヴァルト家に顔を出し、ついでに王都にいる知り合いに頼んでおいた調味料や食材を引き取りに行った。
町では手に入らない、ちょっと珍しい南国の果物や西の国の調味料だ。
ハルナが気に入ったら、果物の種は裏の畑に植えるのもいいかもしれない。
うまく育てばもう一度食べられるからな。
すべて塔へ届けてもらえるよう手配した帰り足、街でハルナを見かけた。
何か欲しいものでもあるのだろうか。ハルナは小間物屋前で足を止めて、じっと一点を見つめていたので、声をかけた。
「ハルナ、何見てたの?」
「あ、団長。いえ、綺麗な髪留めだなって。ルドヴィルさんがつけてたものもこんな感じだったなぁって、それだけです」
俺はハルナが覗き込んでいた物を見た。
この辺では珍しくもない、細工物の髪留めだ。
職人が鋼に魔力を通して加工し、繊細な透かし模様を入れる。
婚姻の石を留める場所もあり、値段の幅は広い。
男親が娘用の贈り物にできる見習い職人が作った気軽なものから、正式に婚約した男性が婚約の証として贈れる職人が手間暇かけて作った値の張るものまで色々だ。
とはいえ、安い物でも今のハルナの懐事情には少々厳しい値段だ。
俺はキョロキョロとついあたりを見回して、ルドヴィルがいるかを確認した。
よし、いないな。
「そろそろ髪も伸びてきたし、必要でしょ。好きなの選んできなさい」
「え? 本当にいいんですか?」
「いいよ、いいよ。ルドヴィルに見つからないうちに買えばわかんないって!!」
買ってしまえばルドヴィルが何か言うような事はないだろう。
……と思う。
「ありがとうございます! しゃっ……団長! 大事にします!!」
「この際だから、他に必要な物も買ってしまいなさい。
ハルナは喜び勇んで買い物に向かったが、髪飾り以外は何故か買い食いの食べ物や、食材ばかりを選んでいた。
まるで俺がろくすっぽ食わせてないみたいな目線は少しばかりきつかった。
※ ※ ※
一通り買い物をすると、ちょうどいい頃合で昼になった。
俺は昼食にと、この辺でよく売られているミートパイとチーズパイに俺は葡萄酒、ハルナ用には葡萄水を宿屋の食堂で買う。
ハルナは稼ぎを結構ルドヴィルへの返済に回してしまっているらしく、こんな買い出しでさえ大抵弁当を持参している。
これを半分ハルナの弁当と交換してもらうのだ。
だけど、ハルナの作る飯は本当に美味い。
サンドイッチもスコーンもかぼちゃのパイも野菜サラダも、決して変わった材料を使ってる訳でもないのに、ハルナの手にかかると魔術でも使ったかのように美味しい。
大体、弁当や食事が毎日違うなど、初めて知った。
ハルナの国では毎回メニューが違うのが当たり前だったらしい。
そのハルナは立ち止まって、じっと町の掲示板を見つめている。
あれはプルファ
プルファ祭は二つの月がいつもの青と白ではなく、紫色になる特別な夜の日に行われ、この一年の地の恵みに感謝して、魔力と収穫物を神殿に納める儀式と祭の日だ。
俺とルドヴィルは儀式の手伝いが少しあるが、町の者は祭りがメインだ。
昼間は沢山の物売りや屋台と共に、移動式の劇場が芝居をやったり、吟遊詩人や芸人が街のあちこちで見世物や芸を披露したりと賑やかなものだ。
そういやそろそろ祭りの屋台、出店募集の時期だったな。
「何、ハルナも屋台出したいの?」
買ってきた葡萄水を手渡しながら、俺も一緒に張り紙を覗き込む。
「はい。頑張って沢山売れば借金減らせるかなぁって思ったんです」
借金まみれにされても明るく笑うハルナに、俺の胸が滅茶苦茶痛む。
健気で本当にかわいそうじゃないか。
実はあの値札がルドヴィルによって3割増しに書き直されていた、だとはとても言えない。
「確かにね。売上には領主への税金かからないから、お金を稼ぐにはいいチャンスだと思うよ」
「えっ? 税金なしなら、売上は全部自分のものって事ですか?」
ハルナは急に目をキラキラさせて、わかりやすく食いついてきた。
「そ。この日だけはどんな税金も免除されるんだよ、領主からの祝いでね」
売上だけじゃない。町に入る人間の通行税も、荷馬車や荷物の通行税、酒類の税、そういったすべての税金がこの日だけは祝いで免除になる。
「へぇー、お祝いかぁ。粋だなぁ。だから小さい子までやる気満々なんですね」
そうなのだ。
屋台と言っても首から箱をぶら下げ、商品を入れて売るだけなら、出店料も大銅貨1枚。
子供の小遣いでも参加ができ、中には1年分の小遣いを荒稼ぎする子もいる。
まぁ、前提に金勘定ができる子ってあるけどな。
「去年はどんな屋台が出ていて、どれか一番売れたかとか記録はあるんでしょうか?」
「売上コンテストの記録があるから、商店会か準備会に聞いたらわかるけど、そんなの聞いてどうするの?」
「そりゃあたくさん売るためには
計画ねぇ。借金は俺のせいでもあるから、ちょっとくらい手伝ってやってもいいんじゃないか?
ハルナの作る物なら、この辺では珍しいからよく売れそうだ。
「じゃあ、お昼食べたらその記録、聞きに行ってみようよ。ハルナが何作るか楽しみだなぁ!!」
「ようし。傾向と対策立てて、“今井さんの寝かせじゃがいも”みたいに30秒で完売させてやりますよ!」
ハルナの言う“ねかせじゃがいも”はよくわからないが、やる気に満ちたハルナは頼もしいな。
※ ※ ※
その日の晩飯は塩漬け豚肉のソテーだった。
他の奴が作ればただの塩焼きだが、ハルナはソースを必ず添えてくれる。
今日は俺の一番好きなトマトとバジルを使ったソースだ。
これは肉にも合うが、パンにつけてもうまいんだよ。
付け合わせはチーズ入りマッシュポテトと青豆とレタスのスープ煮。
おっ。マッシュポテトにチーズ入りとは、随分と気前がいいな。
どれもこれも好物ばっかりで嬉しいぞ。
「あれ、団長のだけ、お肉ちょっと多い?」
肉の量と大きさにはうるさいシルヴァンに真っ先に見つかった。
「さぁー? 気のせいじゃないか。足りなきゃ芋食え。パンもあるぞ」
と、俺はマッシュポテトの器とパンの入った籠をシルヴァンの前に押し出した。
大体、シルヴァンに肉はやらんぞ。
ハルナに目線をやると、髪飾りを指差して『あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す』という口の形が見えて、ほくそ笑んだ。
肉もメニューも、今日だけは俺のため、髪飾りの礼だ。
絶対に渡すもんか。
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