第2章 異世界はアラフォーに厳しい世界です

ハルナ、異世界で転職する

 異世界1ヶ月目、借金女王ハルナです。

 異世界でドレス貰えて素敵王宮生活できる女子高生やアラサーがとてもとてもとても羨ましいです。

 大事な事なんで3回言いました。

 アラフォーは服もご飯も自力で調達しなければなりません。

 厳しい世の中ですねぇ。ははは。


 この塔は正式名称『東の塔』と呼ばれていて、東に広がる真っ暗な『魔の森』から迷い出てくる魔物達を監視したり討伐するために作られたのだそうです。

 迷い出た魔物は家畜や人を襲うから、普段はこんな風に騎士団員達が詰めていて、いつでも対応できるようにしているんだって。

 エードルフさんはこの塔の責任者で団長と呼ばれていて、ルドウィルさんは団長の補佐や秘書的役割のようです。

 塔のお財布もルドヴィルさんが管理しているしね。


 そして私が新しく就職したのは異世界の塔の使用人です。

 炊事、洗濯、掃除に書類整理、etc……。

 色々な雑務をこなして10日ごとにお給料日。

 お休みは8勤2休制、朝食から夕食の後片付けまでと、まあまあきつめな拘束時間でブラックに近いですが、理解ある上司と協力的な同僚で人間関係はバッチリです。


 こちらのひと月とは、例の2つの月の満ち欠けと連動しているらしく、白の1の月と呼ばれる新月から満ちていき、5の月の満月を境にかけていき、10の月で白い月は新月に戻り、次は同じように青い月が満ちて欠けていく。

 この二つワンセットで20日間が1か月、1年は12か月だそうです。

 この新月にあたる白の1の月と10の月、青の10の月と1の月が私のお休みで、10の月がお給料日になります。今のところお給料はひと月2千5百リーブル、金貨2枚と銀貨5枚です。

 日本円で2万5千円と思えば安っすぅ! と思いますが、借金さえなくなれば、生活は楽になると思います。


 そしてその借金。私は悪魔ルドヴィルさんに騙され、金貨20枚、20,000リーブルも借金する羽目になりました。

 だって心配するなって言われれば、買ってくれるもんだって、誰だってそう思うじゃない!!

 まさかやるから心配するな、とは全然思いもしませんでしたよ。


 それに貸してくれるなら、絶対社長……じゃない団長かと思ったのに、塔の経理はルドヴィルさんが担当しているそうです。

 従って、ルドヴィルさんが私の借金の取り立てもするそうです。

 ルドヴィルさんの貸付条件は驚きの10日で1割の利子!

 10日毎に2千も利子がつくのよ。たった5回の利子で1万リーブルになるんだよ。

 トイチなんて日本じゃ違法だと言ったのに、ルドヴィルさんには聞いてもらえませんでした。

 返済終わったら私、おばあちゃんになっちゃいそう。


 ――トイチ、ダメ、絶対!!――


 これは早急に元金を減らす方向にしないといけません。

 皆さんも異世界に行った際には、複利と利率にお気をつけください。


(さて、今日の朝ごはんはっと……)


 私は昨日の夜に仕込んでおいたフレンチトースト用の卵液につけておいたパンを地下にある冷蔵室から取ってきた。

 こっちのパンはバケットっぽいパンの上に、空気が乾燥していてすぐに固くなってしまう。

 なので今日はフレンチトーストにしてみた。

 便利なもので魔術で地下室がまるっと冷蔵庫、一部は冷凍庫になっている。

 巨大冷蔵庫ってテンション上がるわよね。

 たっぷりあった卵液は全部パンに吸われてお皿は空っぽだ。

 フォークで端っこをちょっと押すと、バケットの皮も柔らかい。


(うん。いい感じにしみてる、しみてる)


 フライパンを温めてバターを入れ、卵液の沁みたパンをこんがり焼いてフレンチトーストの完成。

 甘みはジャムや蜂蜜バター、甘いの苦手な人用にはチーズとトマトソースを用意し、各自が調整する。

 私はこれだけで充分だけど、皆んなは絶対に足りないからベーコンと卵も焼いておく。

 お皿に冷えたトマトときゅうりのマリネ、ベーコン、目玉焼き、フレンチトーストを盛り合わせて朝食の出来上がり。

 ちなみにこの世界、コーヒーは今のところ見かけません。

 朝はお茶にミルクやお水、果実水と呼ばれる果物シロップを薄めたジュース、薄めた葡萄酒が一般的みたいです。

 すごいわね、朝からお酒って。

 今日はフレンチトーストが甘いから、ミルクティーにしようかな。

 お湯を沸かしてお茶の用意をしていると、シルヴァン君が降りてきた。


「おはよっ、ハルナ! これ持っていけばいい?」


 綺麗な緑色の瞳にくるくるした明るい金髪ではねてるのか、寝癖なのかわからないけど、いつも元気いっぱいの明るい声でシルヴァン君は私をよく手伝ってくれる。

 ちなみに4人の中では一番小さくてカワイイ、と言うと怒る。


「おはよう。シルヴァン君。お願いね」


 肩口までくらいのセンター分けの明るめ茶髪、黒い瞳で団長の次に背の高いすらりとしたバランスのいいスタイルと、落ち着いたセクシー低音ボイスで耳が幸せになる、私の密かな癒し、アーヴィンさんも降りて来た。


「おはようこざいます、ハルナさん。こちらは今日の遠征用弁当ですか?」

「あ、そうです! よろしくお願いします、アーヴィンさん!!」


 アーヴィンさんは魔術で木苺の果実水の入った瓶の中身を凍らせると、ふきんでくるんでお弁当の籠に詰め込んだ。

 こうしておくとお弁当は傷まないし、お昼には飲みごろに溶けてる、はず。

 ぬるくてもみんなは魔術が使えるからあまり問題はないみたいだけどね。

 今日のお弁当はサンドイッチで、中身は卵とチキンの香草焼きだ。

 付け合わせはドレッシングであえたポテトサラダもどきとキャロットラペ、団長自ら採って煮た、こけももジャムサンドのクッキーだ。

 団長、お貴族様なのに自らキッチンに立ち、ウキウキでジャム煮ちゃうんだから、始めは驚いちゃった。

 団長にとってこけももジャムは特別で、昔お母さんと一緒に、庭に生えていたこけももを摘んで作った思い出のレシピだそうです。

 同じ貴族のルドヴィルさんに、そんなことするのかと聞いたら、「この方は貴族の規格外ですから、参考にしないように」と釘をさされました。


 朝食の準備が終わるころには団長やルドヴィルさんも降りてきて、全員揃って朝食を食べ、私はみんなを遠征に送り出し、お洗濯や掃除を一通り終わらせると、小麦粉を納品に来たヴァイツメールさんの馬車へ乗せてもらい、町へ買い出しに向かった。


 ※ ※ ※


 馬車に揺られてのんびりと体感20分くらい。私は城下町のミューリーズにやってきた。

 ここはシュヴァルツヴァルト辺境伯様が治めるご領地、この町の名前がミューリーズって事だ。

 この領地は農業や酪農、畜産などが主要産業で、街中にはいろいろな作物やらお肉やらが並んでいて、何度見ても楽しい。

 早く借金返して、好きなだけお買い物したいなぁと思う。


「じゃ、お昼に配達行くから、それまでに戻っておいで」

「ありがとう、ヴァイツメールさん!!」


 私は買い物かごを抱えて、ぴょんと馬車を飛び降りる。

 やっぱり若いっていいわぁ、多少無理しても全然怪我も病気も心配しなくていいんだもんね。

 ちょっと古めの有名RPGゲーム音楽を口ずさみながら、テクテク歩くと雰囲気バッチリの噴水広場に出る。

 ここはまさにRPGの商店街みたい。

 大通りはドイツのメルヘン街道みたいな可愛らしい造りの家並みで、路面店には鍛冶屋さんに八百屋さん、雑貨屋さんに宿屋や肉屋など、生活に必要なお店が一通り揃っている。

 大通りの奥には辺境伯様のお屋敷に通じる道があり、遠くに辺境伯様のお城が小さく見える。

 いつも門は閉じられてるから、私は外から眺めるだけだ。

 だけど団長がここの辺境伯様のご子息だって!

 いつか部下のよしみでおウチ見学させてくれないかと思いながら、乳製品を扱うお店の扉を開けた。

 乳製品屋さんらしく、ちっちゃなカウベルが呼び鈴代わりにカランカランと鳴る。


「こんにちはー! お兄さんいる?」


 ベルの音を聞いて、お兄さん、もとい、ミルッヒおじさんが白いエプロン姿で奥から出てくる。

 どんなお年でもお兄さん、お姉さん呼びの方がウケがいいのは、異世界でも共通です。


「いらっしゃい、ハルナちゃん。いつものかい?」

「そう。バターと牛乳とヨーグルト下さい! ねぇお兄さん、これ新商品?」


 私が指差した先には両手で一抱えはあろうかと思われるサイズのオレンジ色をしたチーズ。

 もう先客がいたのか、既に切られていて、乾かないよう切り口に薄い木の板が張り付けられている。


「そうだよ! ちょうど熟成が終わってね。今日から売り出し始めたチーズだ。食べてみるかい?」


 ミルッヒさんは試食用のひとかけらを切り分けて、手のひらに乗せてくれた。

 私は遠慮なく口に放り込む。


「んー。チーズの癖控えめで、ちょっとナッツっぽいのかなぁ……香ばしい香りがする。美味しいねぇ、これ!!」


 ハード系だからニョッキのソースとか、オートミールのリゾットとかにもいいかなぁ。

 細かく削ってサラダとかオムレツもいいなぁ、夢が広がるよ。

 この世界にチーズあってホント良かった。


「こいつはそのままでも酒のツマミにいいが、パンに乗せて炙ると香りが更に引き立って美味いぞ。少し持ってくか?」


 おー。チーズトーストか。

 じゃあはちみつちょっと垂らすのもアリかなぁ。

 いかん、想像したらはちみつじゃなくよだれがたれそうだ。

 これは買いだな。


「欲しい! いくら?」

「100で150リーブルだよ」

「んーー。じゃあ500リタス下さい!!」


 私が籠を差し出すとお兄さんは600リタスのチーズを切って、いつものバターやヨーグルトと一緒に詰めてくれた。

 私は金貨1枚を支払うとおつりに銀貨2枚、大銅貨5枚の250リーブルを受け取った。

 ちなみにいつも使うバターや牛乳、ヨーグルトなんかはツケでルドヴィルさんが支払っている。


「毎度。100はこの前のクッキーの礼だ。美味かったよ。牛乳は後で届けるけど、乗ってくかい?」

「今日はベトランさんが乗せてくれるから、平気。いつもありがとう!」


 わーい。100リタス分は私がランチにして食べよっと。

 リタスというのはこっちの重さの単位で、1リタスは大人の男性の人差し指第一関節分くらいの小麦の量、100リタスは両手に山盛りの小麦の量、と一応決まっている。

 手の大きさも指の長さも結構違うんじゃ、というツッコミはなし。


「さぁーて。次はお肉屋さんと雑貨屋さんで洗濯石鹸と……あと何だっけ?」


 まぁ、歩いてるうちに思い出すでしょう。

 私はやっぱりRPGのフィールド曲を鼻歌で歌いながら、次の買い物に向かった。

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