その頃の王宮1

(また……。エードルフ!)


 私はエードルフから返された釣書と姿絵に盛大なため息を漏らし、頭を抱えた。

 これで何回目かなどと数えたくない。

 あやつはどんな女でも断ってきよる。

 今回の断りの理由は『この国難で疲弊した騎士団を見捨て、私一人が能天気に結婚などできませぬ』だそうだ。


「グリューネヴァルト公。エードルフは、どこか具合が悪いのだろうか。それともどごぞの商売女にでも入れ込んでおるのか……」


 私は側に控える腹心の宰相にため息混じりで問いかけた。


「恐れながら陛下、エードルフ様はどこも悪くありませぬ。女に入れ上げてくれた方がよほどマシ……いや口が過ぎました」


 公はコホンと一つ咳払いをして、私に一枚の釣書を差し出す。


「陛下のご心痛お察し致します。グリューネヴァルト、次のお相手を見繕って参りました」


 私は差し出された釣書に目を通した。

 ふむふむ。夫君を早くに亡くされて伯爵位を継いでくれる者が必要。

 子供は……都合の良いことに居らぬ。

 ならばあやつの子が家を継ぐのか。

 なんと……なんと!


「良いではないか! こんな良い話、一体どこから!!」


「ビズリー地方官……いえ、隣国バルドのリーリア王太子妃からのご紹介です。これは臣も大変良きお話と存じます」


 おお、でかしたぞ。リーリアわが娘!!


「ですが陛下、このままお渡ししても、またエードルフ様は断る事でしょう。このお話は臣にお任せ頂けませぬか? 今度こそエードルフ様を片付けて……いえ幸せして差し上げましょうぞ!!」


 何やら恐ろしい企み顔の公は、近寄りたくないほどの冷気を放っている気がするが、許せ、弟よ。

 私はそなたが可愛い、幸せになって欲しいのだ!!


「良い。すべて公に任せよう。そなたの働き、期待しておるぞ」


 本当に期待しておるぞ、公。

 これでエードルフに男の子でも産まれれば、またあの「兄上~」が聞けるやもしれぬ。

 エードルフの子なら「伯父上」だろうが、さぞかしカワイかろうぞ。ふっふっふ。


「お任せください。陛下、もう一つの懸念、召喚儀式の結果ですが、未だ救国の聖女が現れたとの報告がございません。もう少し様子を見ますが、此度こたびは失敗に終わるやも知れません」


 残念そうに言う公に少々申し訳ない気持ちが生まれる。

 失敗は多分に私の責であろう。

 儀式の最中、文献通り『無心』になれず、つい気がかりなエードルフの事を考えていたとは、公にはとても言えぬな。

 ここはだんまりの一手じゃ。


「むむ。そうか……。これが落ち着かぬとエードルフにまた口実を与えてしまうな」

「陛下、諦めてはなりません。聖女様さえ現れれば殿下を王籍へお戻しする事、必ずや叶いましょうぞ」


 聖女が現れればエードルフは王籍に戻り、良き縁を得る。

 隣国の伯爵位と少し落ちるが、リーリアや私も後ろ盾になれば、一貴族として十分であろうし、隣国バルドは武を尊ぶ国。

 剣技を得意とするエードルフに気風も合う。

 いささか時間がかかったが、これであやつの母君との約束も果たせる。


「公よ。エードルフの事で苦労をかけてすまないが、あやつが一人立ちするまでもう少しだけ付き合ってくれ」


 よし。

 次こそはこの縁談を承諾させねばならぬ。

 エードルフには『リーリアから珍しい種をもらった』とでも言って、シュヴァルツヴァルト家に出向き、説教の一つもしてやろうぞ。

 うむ、そうしよう。

 エードルフに会えば、聖女召喚も成功しそうな気がするぞ。


「かしこまりまして、陛下。ですが、久しぶりにお会いになるからと、エードルフ様の『お願い』を聞いてはなりませぬぞ」


 何故バレとるのじゃ!!

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