ハルナ、美味しい話に飛びつく(但し罠付き)

 目が覚めたのはお天道様が随分と高くなっている時間でした。

 ちなみにこの世界の太陽は一つみたいです。二つあったら暑いよね。


 ひどい頭痛と吐き気の最悪気分で、天使がバスケをする二日酔いの詩があった事を思い出す、異世界生活2日目です。

 異世界がぐるぐるしていますよ。うえっぷ。


 でもねぇ……。


 目が覚めて起きたら実はお風呂場に戻れてる……なーんて展開もほんの少しだけ期待したのですが、やっぱり異世界のままでした。

 神様はやっぱりアラフォーには厳しいようです。

 ちぇっ。


 いやいやいや。昨日はあのまま襲われてた可能性だってあったのに、今のところは無傷。

 メンズとはいえ今日は服もあるし、素っ裸の昨日よりはちょっとだけマシだと考え直し、私は昨日借りた服を身につけていく。

 タンクトップは縦半分に折ってさらしみたいに胸に巻き、更にタンクトップを着て、シャツを着る。

 パンツはルドヴィルさんが履けと言うので、履きました。革製でゴワゴワするし、通気性も悪いし、暑いけど仕方ない。

 郷に入りては郷に従えってね。私、そんなに安売りはしないのよ。

 ガバガバの借り物ショートブーツを履いて、部屋に備え付けてある水差しからだばだばと洗面器に水を注ぎ、顔を洗うと、ついまじまじと鏡を見てしまう。


「はぁー。魔術って本当にすごいわねぇ」


 鏡にはとうに過ぎ去った20代の姿の私が見つめ返している。

 二日酔いでちょっと顔色も悪いし、髪もパサついてるけど、ほんのちょっと手入れをすればすごく映えそう。

 これもあのブローチとの契約の影響なんだって。

 何でもあのエードルフさん、お仕事の都合で肉体ピークの25歳まで魔術で若返ってるらしい。

 私的予想実年齢35歳くらいかと予想しつつ、吐き気と頭痛がひどいまま、私は1階の談話室に降りた。


「おはようございます。すみません。寝坊しました」

「おはようございます。よく眠れたようですが……大分お辛そうですね、二日酔い」


 ルドヴィルさん、見た目は気の毒そうな表情だけど、腹の底で二日酔いを小馬鹿にして笑ってそうだ。

 だって肩が震えてるもん。

 くうっ、この人悪魔。でもそんな悪魔に取りすがらなきゃならない自分が恨めしい。

 こんな事なら慣れない深酒するんじゃなかった。


「はい。とてもお辛いです。すみません、薬か何かあったら貰えますか?」


 恥を忍んで辛いと言うと、ルドヴィルさんはにっこりと微笑んで、小瓶に入った透明な薬を差し出した。


「では、こちらをどうぞ。すぐに良くなりますよ」


 私は受け取って蓋を開け、鼻を摘んで一気に飲み込むと、拍子抜けした。


「って、これただのお水じゃないですか!」

「いいえ、これは団長の魔力が“混じった”『魔の森の泉の水』です。ハルナさんは今、団長と契約中なんで、団長の魔力効かないのですよ」


 はて? 魔力が“混じった”とは、一体何だろうか。

 エードルフさんが小瓶に指先からぽたぽたと魔力とやらを入れて蓋をして、もの凄い勢いでシャカシャカ瓶を振っている姿を想像した。

 うーん、指汁水?

 さっきの吐き気が戻ってきそうだから、これ以上想像はしない方がいいわね。うえっぷ。


「もう気持ち悪さも頭痛も収まりました。これ、すっごいお水ですね」

「泉の水は魔力と“混じる”と触れたものを元に戻す性質があるんです。こちらの人間はよく二日酔いや軽い怪我の治療に用います」


 魔力入り水に浸かれば、筋肉の疲労回復効果もあるとか。

 昨日、エードルフさんはそれが目的であの泉にいたそうだ。

 ほえー。冷たい温泉みたい。


「だから胃の中に入った魔力入り水が私の胃の中を元に戻して、吸収された水分は血液経由で頭痛に効いたって事ですか」


 なんだかリセットボタンのようだ。芸人さんの時間を戻すギャグみたい。

 本当に戻ってるのが洒落になってないけどね。

 触れないとダメだから、消化済み枝豆は戻ってこないのか。

 ホント、魔術って便利ねぇ。


「そうです。気分が良くなったのなら食堂へ参りましょうか。そろそろ団長が下りてきますので。そちら一つ持って頂けますか?」


 ルドヴィルさんが指差したお皿は、ホコホコと湯気が立つお粥で、美味しそうな匂いがしている。

 お皿を手にした途端にぐぅ、とお腹の虫が騒ぐのをルドヴィルさんに聞かれ、そっと目線を外した。


「突然の事で落ち込んでいらっしゃるのかと心配でしたが、お元気な様子で大変結構な事です」


 やっぱりルドヴィルさんの肩が震えていた。

 うん。意訳すると“深く悩みそうもない、能天気そうな頭ですね”って事ね。

 齢40にして惑わず、基本大抵の事は動じないのよ、若造悪魔さん。


 ※ ※ ※


 私とルドヴィルさんが食堂に入り、テーブルにお粥を置いて椅子に座ると、程なくエードルフさんもやってきた。

 エードルフさんは私の前に陣取り、隣にはルドヴィルさんが席についた。

 ここには他にも2人、団員がいるけど、今日は休息日で起きてこないと説明され、食事は3人だけだ。


 しかし、昨日は全然余裕なかったけど、悪魔といい、エードルフさんといい、二人ともタイプは全然違うイケメンで眼福だわ。残り2人も期待大ね。

 エードルフさんは黒に近い紺色の短髪で、瞳は青、悪魔もといルドヴィルさんの目は灰色っぽくて、髪は銀髪で背中まであり、ピンクゴールド色の髪飾りで一つにまとめてある。

 髪飾りの中央にはムーンストーンみたいな白ともグレーともつかない石がひとつついている。

 それで気が付いた。


「婚姻の石って、もしかして持ち主の目と髪色が反映されてるんですか?」

「そうだね。契約前の石は真っ黒なただの原石。契約すると持ち主の目の色と髪の色を写しとるんだ」


 と、エードルフさんが教えてくれました。 

 扱える魔力量によってサイズも変わり、色合いも一人ひとりちゃんと違うのだそう。

 色はよーく見ないと分からないレベルもあるらしいけど。


「あく……じゃない。ルドヴィルさんの婚姻の石って髪留めにされてるみたいですが、失くしたりしないんですか?」


 私は髪飾りの綺麗な透かし模様を見ながら尋ねた。

 ルドヴィルさんの髪は、髪留めがするっと抜けてしまいそうなくらいさらさらストレートで、髪留めごと落としそう。

 落としたら困らないのかなぁ。


「たとえ失くしても、転移陣越しに持ち主が“呼べ”ば石だけは戻ってきます。だから石の付け替えも簡単で、腕輪に飽きたから髪飾り、なんてしょっちゅう変える方もいますよ」


 ただし、しょっちゅう変えるのは経済的余裕のある方に限られるそうだ。

 一般庶民は成人や結婚など、人生の節目にしか買わないそうだ。

 ううっ。ここでもやっぱりお金の力なのね。


「では、私達の事や今後の事を少しお話ししましょう。食べながらで結構ですよ」

「と、言っても我々がしばらく塔を空けていたもので大した物が今はない。すまんな」

「いいえ。じゃあ……いただきます」


 私は白っぽいお粥を一口スプーンで掬い口に入れる。


「あ、これ塩味のオートミールだ。へぇ、こんな食べ方もするんだ。美味しい」


 ベーコンの出汁が効いたミルクスープがオートミールによく染みて柔らかくて食べやすく、二日酔いの胃に優しい。

 オートミールってこんな風に食べた事なかったから、ちょっと新鮮。

 これ粉チーズと黒コショウとパセリかけたら、リゾットっぽくなってもっと美味しいかも。


「結論から言いますと、ここで働きませんか? ハルナさん」


 ルドヴィルさんもエードルフさんも、やたらと綺麗な所作でゆっくりとオートミールを掬って口に運ぶ。

 私、この人達の2倍の速さなのに、この二人の皿は私と同じくらいの量が減ってる。

 ……あのスプーン、実は魔術で異次元に繋がってるのかな。


「我々がハルナさんを元の世界に戻す方法を探すのに、少し時間が欲しいのです。ですが、タダで人を置けるほどこの塔には余裕がありません。ご理解頂けますよね?」


 私はこくりとうなずいた。

 それはもう身につまされるほど知ってます。

 タダ飯より、ちゃんと働いて食べた方がごはんも美味しいしね。


「そのため、ここで働きながらお待ち頂けませんか? ちょうど私達も人を探していたのですよ。給金などはこれから相談しましょう。いかがでしょうか?」


 お仕事は家事全般と書類整理。

 住む場所はここの部屋、食事はみんなのと一緒の物を食べて、それ以外も派手に備蓄を減らさないなら、好きにしていい。

 その他は状況見てちょっとずつ上げてくれるらしい。

 便利家電なしはツラいけど、何とかやらないと。


「は、はい! ぜひお願いします!!」


 私は二つ返事で了承した。


「じゃ朝食食べたら、町へ出て買い物しようか。まずその格好、何とかしないとね」

「ハルナさんに似合う服、たくさんあるといいですねぇ」


 エードルフさんの邪気のなさそうなにっこり笑いと違って、ルドヴィルさんは妙ににたっとした笑いで、私は何となく恐怖を感じたのだが、私はその理由をすぐに知る事になった。


 ※ ※ ※


 転移陣とやらで、町の近くに瞬間移動し、私は今、服屋さんに押し込められています。


「おや。こちらもお似合いですねぇ。両方買いますか」

「このブーツ、王都で流行ってるって。女性なら流行りものの方がいいかな?」

「歩きやすい方がよろしいですよ。仕方ありませんから両方買いましょうね」


 ルドヴィルさんはにこにこと実に機嫌よく、服の山を作っていく。

 はい。現在ブーツ3足、ワンピース3着、スカート2着、ブラウス2着、エプロン5着。

 靴下が5足、下着一揃いが5組にコルセットが2つ。

 ちなみにワンピース一着と下着とコルセットは今着ています。

 1着だけはルドヴィルさんが適当に選んで、わざわざ塔で着替えさせられました。

 女性がメンズを着ていると目立ち、買い物どころじゃなくなるから、だそうです。


「ところで……。着替えってこんなに必要ですか?」


 初回なら、ワンピース2着くらいに下着、靴1足、靴下3足あれば十分じゃないかと思うのですが……。


「必要ですよ。後々買い足すのは面倒ですし、支払いは、お好きなものをお求めください」


 WOW! 心配するなってことは奢りかな?

 じゃあ心配せず買いましょうね!

 神様、あっりがとぅぅーー。


「えっと、じゃあ……。これとこれとこれも、お願いします」


 私はいかにも中世っぽいデザインの編み上げデザインの入ったベストと袖口が広がったブラウスを乗せた。

 町娘っぽいコスプレだって、25歳モードの私ならきっと似合うもーん!!

 こういうデザイン、一度着てみたかったんだよね。


「そろそろいいでしょうか。では会計ついでにこちらの通貨をちょっと教えましょう」


 ちゃりんちゃりんと音をさせながら、ルドヴィルさんは会計用のカウンターに皮袋から硬貨を出して並べる。


「左から1リーブル銅貨、10リーブル大銅貨、100リーブル銀貨、1000リーブル金貨です。もう一つ10000リーブル白金貨と言うのがありますが、主に貴族同士でしか使われないので、今日は割愛します」


 ふむふむ。

 サイズ的に10円玉サイズと500円玉サイズね。

 色は名前どおりって感じ。

 1リーブルが10円として、10リーブルが100円、100リーブルが千円、1,000リーブルが1万円って感じかしらね。


「21,000リーブルだけど、今日はキリ良く20,000リーブルでいいよ。たくさん買ってくれたし、端数はおまけしてやるよ!」


 服屋のおじさんは機嫌よく1,000リーブルも引いてくれた。


「では、ハルナさん。何で、いくら払えばよいでしょうか?」

「そんなの2万割る千で20、金貨20枚でしょ?」

「わぁ、ハルナ。ちゃんと計算できてる。すごいじゃない」


 いえいえ。

 こんなの小学生レベルですから。むふっ。


「では、金貨20枚、支払いますね。もちろんお代は後々の給金から支払っていただきます」

「わぁ、ありがとうございま……あれ? 今なんて……」


 ルドヴィルさんはにっこりと笑って、悪徳金融も真っ青な事をのたまった。


「お支払いは貸付いたします。ハルナさんから見れば借金ですね。もちろん利子も頂きますよ」


 だ  ま  さ  れ  た  !

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