ルドヴィル、“ちょっといい事”を思いつく

 私がハルナさんを部屋に送り届けて執務室に戻ると、エードルフ様は腕組みをしながら、窓際に立ち、月を見上げていました。

 きっとハルナさんを帰す計画で頭がいっぱいなのでしょうが、まずはお小言から始めましょうか。


「エードルフ様、彼女との話は私にお任せ頂ける予定でしたよね。肝が冷えましたよ」


 私はエードルフ様の背中越しに声を掛けました。

 簡単に『帰れる』と言われては困るのです。

 どうせ彼女はのですから。


「ああ、すまん。で、。お前は何を企んでるんだ?」


 エードルフ様は全く反省してない態度で、少々不機嫌そうです。


「企むなんて人聞きの悪い。ちょっと“いい事”を思いついただけですよ」


 ええ。とても良い作戦です。

 上手くいけばエードルフ様の希望がすべて叶う可能性が出てきたのですから。


「私の考えを話す前に、エードルフ様は現在、ご自身のお立場をどうお考えですか?」

「そうだな、強いて言えばシュヴァルツヴァルト家の行き遅れ三男? でも名前だけの養子だし、家を継ぐわけでもないから平気だろ?」

「行き遅れは認識なさってるようで結構。その行き遅れを兄君がご心配なさってる事は?」


 結婚の話題になると、途端にエードルフ様の口は重くなってしまいました。


「う……。そりゃあ知ってるけど……。結婚は…ちょっと……。元々一人で生きていくために騎士になったようなものだし……」


 ええ。知っておりますよ。社交界も女性も苦手で離れたいが為に、魔術を勉強し騎士になると宣言して、あちこち鍛えた結果、ガッチリ体型になり、ますます社交界から遠ざかった事。

 私は一応お止めしたのですが。


「エードルフ様、彼女は貴方が口説き落としてください。陛下や宰相閣下が聖女の居場所を嗅ぎつける前に」

「はあ? 俺があのにんにく女をか?」


 エードルフ様は素っ頓狂な声を上げました。


「彼女はにんにく女でも酒臭い女でもありません。間違いなく聖女ですよ。聖女の夫なら、あなたの望む自由な生活が手に入ります」


 正確に言えば聖女の望む生活なのですが、先ほどの言動から、ハルナさんは比較的自由な国でお育ちのようですので、きっとエードルフ様の希望するような生活を望む事が予想できます。


「それに元々反対なさっていたでしょう? 聖女を婚姻によって強引にこの地へ繋ぎ止める事を。エードルフ様が口説き落とし、合意の上で結婚して幸せにして差し上げれば良いのです。ね、良い考えでしょう?」


 二人で暮らすなら、形だけよりも気持ちもついてきた方が、断然生活しやすいですからね。

 ですが、私の提案にエードルフ様は渋い顔です。


「簡単に言うなよ、ルドヴィル。大体ハルナは帰りたがってる。当然の反応だ。歴代の聖女が全員帰らなかった訳でもないし、次の聖女召喚儀式の準備も進んでいるんだから、ハルナは帰しても別に問題はないよ。術式さえわかれば最悪、俺達だけで……」


 私は頭を振って言いました。


「殿下」


 強大な魔物相手でも決して逃げる事はしない方なのに、たった一言でふいっと私の視線から逃げ、目線をそらしました。


「……王籍は抜けた。俺はもう殿下じゃない」


 本当に困った方ですね。

 私はため息をつき、エードルフ様が忘れたがっている事を指摘します。


「あの兄君が国王である以上、手続き一つで王籍へ戻されますよ。陛下とのお約束は次の聖女が現れるまで、でございましょう?」


 聖女様が現れたら、エードルフ様は王籍に戻られます。

 元々、荒れ始めた国内を憂い、特に魔の森に程近く、母君のご実家でご自身の後見でもあるシュヴァルツヴァルト家の苦労を知り、騎士団を手伝いたいと兄君に願い、陛下はしぶしぶ期限付きで許可したのです。


「……兄上、忘れてるよ、きっと」

「陛下が忘れてても、宰相閣下は決して忘れませんよ」


 あの宰相私の父がこんな大事な事を忘れるなんて、ありえません。

 そして戻ったが最後、絶対に断れない縁談に取り込まれて、望まぬ生活を送ることが簡単に予想できます。


「いいですか、これはあなたに巡ってきたチャンスです。聖女の夫なら陛下だって口出しにくくなりますし、何よりあなたが欲しがっていた自由が手に入るんですよ。それでも彼女を諦めるのですか?」


 私の進言にエードルフ様は、ほんの少し眉を寄せられ、

「ルドヴィル、そういう言い方はやめなさい。俺は自分の自由を得るための道具に、決してハルナを利用しないよ。大体そんな婚姻、お互い不幸になるだけだ」

 と言って、静かにたしなめました。


「出過ぎた発言でした。お許し下さい。ですが我が国の事情から絶対に彼女は帰せません。帰せないのなら、せめて居心地のいい逃げ道くらい用意してもよろしいのではありませんか?」


 ハルナさんだってどうせ縁付くなら、全く知らない者より、多少でも気心の知れた人物の方を選ぶに違いありません。

 それこそが私の狙いです。


「……お前は俺にハルナの逃げ道になれと?」


 寄せた眉根を少し緩めて、エードルフ様は言いました。


「左様でございます。エードルフ様には聖女を憐れむより、彼女を守り、幸せと居場所を示して欲しいのです。エードルフ様ならきっとできますよ」


 私の狙いを理解したのか、エードルフ様はようやく表情を緩めて了承しました。


「わかった。良き逃げ道になれるよう、努力はしよう。だけど期待はするなよ」

「それで十分でございます」


 私はエードルフ様から一応の同意を得て、安堵しました。

 さて、次はハルナさんを押さえる手段ですね。

 こちらは一つ考えがあります。

 うまく騙されてくれるよう、月に願っておきましょう。

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