エードルフ、話を聞く
ハルナを交えて、俺達は彼女の話を聞く。
名前はハルナ、ヒガシデが姓。『ニホン』と言う国に住み、仕事を持ち自立して一人暮らし。
こちらは成人後でも未婚女性は親元で暮らす者も多いのだが、向こうは女性といえど成人後は仕事を持ち、基本一人立ちするものらしい。
なかなか厳しい世界だな。
その仕事から帰ってきて、自分の部屋で酒を飲み、入浴しようとしたら、滑って溺れて気が付いたらここにいたそうだ。
入浴とは大きな桶にお湯をためて、素っ裸で身を清める事。
下着も下履きもなしで清めるなんて、随分と未開の文化だな。恥という言葉はないのだろうか。
そんな風に裸でこちらに落ちてきて、服もないし、何も持っていない。
ごく短いざんばら頭も、あちらの世界では普通で別に罪人ではない、普通の成人女性で、先ほどの“みにすかーと”発言も、足を見せるのもハルナの世界では普通の事、らしい。
別に自分は商売女ではないと、一生懸命に言い訳をしていた。
所変わればとはよく言ったものだが、世界が違うとこんなにも考えや習慣が違うものなのだと再認識させられた。
だが、俺が確認したかったのはそれではない。
俺が感じた違和感をルドヴィルが感じるかどうかが知りたかったのだが、ルドヴィルも分かってくれたらしい。
ルドヴィルは俺を向いて目線で訴えてくる。
――彼女は“救国の聖女”だ、と。
この後はルドヴィルの希望通り、話し合いの主導権を渡した。
契約解除に関する話のようだが、一体何を話すつもりやら。
少々……いやかなり不安だ。
「まずはハルナさんが事故で団長のブローチと契約した件ですが……婚姻の石の契約は生涯に一度きりの婚約者にだけ与えられる特権です。従って団長は今後誰とも契約できなくなってしまいました」
へ? おい、ルドヴィル。何を言ってるんだ!
契約は解除できるぞ。
今は白の2の月、あと3日もすれば契約解除の満月がやってくる。
大体解除できなきゃ離婚したとき困るだろうが。
まぁ俺は結婚も離婚も予定はないがな、ははは。
「……すみません、もう一度……」
ほらみろ。かわいそうにハルナはみるみる青くなってしまったじゃないか。
何だこの茶番は。
もうやめさせようとルドヴィルを見ても、目線で「黙っていろ」と言う。
仕方ないので、約束どおり黙っていた。
「団長は今後誰とも契約できなくなってしまいました。困りましたねぇ」
ルドヴィルは困っている風を装って、ため息を一つついた。
嘘つけ。全然困らないぞ。
むしろ勝手に聖女と契約したと知られたら、兄上や宰相が何て言うか……。
あれ、これ俺もまずい……?
そこに思い至ると今更ながら事の重大さに気が付き、俺も一緒に青くなった。
「……ほっ……」
「「ほ?」」
ハルナは突然椅子から立ち上がって、
「本当に申し訳ございません!!」と叫び、
膝とおでこを床につけ、丸くなった。
何だこれ? 岩のポーズか?
唐突な事で、俺とルドヴィルはあっけにとられた。
「こ、これは私の国で使われている最大限の謝罪の姿ですっ! ほんとにホントにごめんなさい!!」
何やら相手より低くなる姿で、深い謝罪の気持ちを表現しているそうだ。
へぇ、そうなのか。
……俺も近々謝罪の予定だからな。覚えておいて使おう。
「ま、ま、まさか……。エードルフさんは……もう二度と結婚ができないなんて事は……」
ハルナは小さくなりながら、気まずそうにルドヴィルを見上げる。
何だかちょっとかわいそうになってきた。
「そんな事はありませんよ。団長と結婚する際の権利がなくなっただけで、結婚自体に影響はありません」
優雅にほほ笑んでルドヴィルは答えるが……。いや! あるだろう、影響!!
あるから契約解除の方法があるんだよ。
大体俺は結婚できないんじゃない、しなかっただけだ!!
……意図的にしなかっただけだ。
「お気持ちはよく分かりましたから、とりあえずお座りください。話を続けましょう」
ハルナはしぶしぶと席に戻る隙に、テーブルの下を見ろとルドヴィルが俺をつついた。
ルドヴィルは指文字で「話を合わせて、励ませ」と指示してきた。
「あの、ハルナ? け、契約できなくても結婚はできるから、本当に心配しなくていい。それに俺には今、結婚したい女性もいないしね……はは……」
そう声をかけたのだか、何だか急に虚しくなり、つい遠くを見つめた。
「そ、そんなことはないと……思いますよ?」
何故疑問形?
そんなかわいそうな子を見る目で俺を見ないでくれ。
べっ、別に俺はかわいそうじゃないぞ。
「で、ハルナさんのご要望、ここがここはどんな場所なのか知りたい、何とかして元いた場所に帰りたい、ですが……」
ルドヴィルは簡単にこの国、ブラウルム王国の事、ハルナを見つけた場所は魔の森という場所で、ここはその魔の森の監視を行う騎士団の詰める塔である事を説明した。
「やっぱりここは日本、地球ですらないんですね……」
ハルナはひどくがっかりした様子でうつむいてしまった。
そうだろうな。
ましてやこの先、繋ぎ止めるために知らない男と結婚させられるなどと、とても言えない。
「ねぇ……ハルナはもし帰れるなら、帰りたい、よね?」
「もちろんです! 帰る方法、あるんですか?」
ハルナははっとして顔を上げ、期待を込めた目で俺達を見つめた。
「少し時間はかかるが……」
帰る方法はあると言ってやりたかったが、ルドヴィルに思いっ切り足を蹴られ、指文字で「黙れ」の一言。
くそっ。これも言うなってか。
お前、本当に嘘つき男だな、ルドヴィルめ。
後で必ず理由を聞きだしてやる!
「何分私達も初めて聞く話なので、お約束はできませんが、帰る方法は探してみましょう。あなたもお疲れでしょうから、もうお休みください。続きはまた明日、お話しましょう」
嘘つき男ルドヴィルはにっこりと笑って席を立ち、実に優雅にハルナをエスコートして執務室を出てった。
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