エードルフ in 魔の森の泉

 オーク達が消え、魔の森は久方ぶりの静けさを取り戻した。

 今回、魔物も多かったから、森に住まう動物たちも大分減ってしまった。

 だが、いずれ元に戻るだろう。

 聖女が出現していれば、の話だが。


「みんな5日間、本当によくやってくれた。戻ってゆっくり休んでくれ」


 アーヴィンとシルヴァンも連戦で大変だったろうに、見た目はだいぶボロボロだが、若い奴らはまだ余裕がありそうだ。


「団長はどちらに?」とルドヴィルが俺に尋ねる。


「ちょっと泉でにしてから戻る。オークと契約は勘弁してほしいからな」


 冗談交じりでマントに止めているブローチをちらりと見た。

 魔術の効果でブローチもマントにも魔物の血はつかず、うっかり契約なんて事はないものだが、こういうのは気分の問題だ。

 ついでに自分の身も綺麗にして、戻ってからゆっくり飯を食うことにする。


「ボクお腹すきました! 団長もひきわり麦は燻製肉と卵でいいですか?」


 ウチの飯団長、シルヴァンはウキウキと俺に要望を聞く。

 決して不味くはないんだか、コイツは好き嫌いが多く、作るメニューは味が濃いのが難点だ。

 今日くらいは好きなものを食わしてやるが、お前はもっと野菜を食え。

 柔らかく煮たカブは弱った腹にも優しいんだぞ。


「ああ、燻製肉入れるなら薄味にしろよ。シルヴァン」


 あれは結構塩っ辛いのに、シルヴァンはさらに塩を足す困った奴だ。


「俺、目が覚めたら、踊る子熊亭でかりっと炙った腸詰と冷えたエールを一杯、絶対行くんだ……」


 葡萄酒よりエール派なアーディンはうっとりとして休暇の妄想を広げている。

 いや、もう幻覚を見ているのかもしれないな。

 しっかり手がエール用のジョッキの取っ手をつかんだ形だ。


「アーディン。まるで今から死ぬようで不吉だから、その言い方はお止めなさい」


 ルドヴィルもようやく冗談を言う元気が出てきたようだ。


「休暇も飯も酒もとにかく休んでからにしよう。じゃ、ルドヴィル、後を頼むよ」


 ルドヴィルは頷き、シルヴァンは「いってらっしゃーい。団長」と手を振る。

 俺はその場をルドヴィルに任せて、一人で泉に向かった。


 ※ ※ ※


 泉に出た俺は身に着けていたものをすべて外し、下履き姿で泉に足を入れる。

 もちろんそのままだと冷たくて風邪をひくから、温かく感じるよう、体の表面に魔力を流し、身体の周りだけお湯にしてしまう。


「ふーーっ。生き返る!!」


 ざぶりと頭の先まで泉に沈めて、頭だけ出して長い息を吐き、ゆっくりと泉につかる。

 この泉の水には“魔力と混じると元に戻す”効果があり、こんな風に魔力を流して泉につかれば、疲労でこわばった身体も回復し、軽い怪我はたちどころに治る。

 同じように汗や返り血で汚れた衣服やブローチ、オークの血で鈍った大剣も水に通して魔力で乾かすだけで、元の姿に戻ってくれる。

 場所が場所だけにあまり好んで来るものはいないがな。


 一通り元に戻すと、近くに生えていた真っ赤なコケモモが目につき、ひとつ口に放り込む。


(くぅーっ。やっぱ酸っぱ!!)


 目が覚めるような酸っぱさに身悶えつつも、5日ぶりの食べ物で、生きている実感がわいてきた。

 つづけて2個、3個と食べ、これ以上は弱った腹に良くないと収穫することにした。

 これは動物達やハーピーも好んでよく食べる実だが、俺達もジャムにして食べている。

 ジャムひと瓶ほどを収穫して、塔に戻ろうとした時、泉のほとりで何やらひょこひょこと動く人影が目に入った。


(何だあれ? ゴブリンにしては少し大きいな……)


 そのゴブリンはキョロキョロとあたりを見回しながら、移動してはしゃがんでを繰り返している。

 ゴブリンの目標は俺の剣か? アイツらは光物が好きだからな。

 だが商売道具の剣を盗られてはかなわない。

 回復した俺は、ゴブリンをぶん殴ろうとそっと後ろから近づくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る