ハルナ、コソ泥ゴブリンにされる(人生初)
背中を強く叩かれたような衝撃で、私は目が覚めた。
酔っ払いの見る夢にしちゃ、空気感が妙にリアルだ。
「痛ったったった……ど、どこよここ……。あちこち痛いし、痒いし、青臭いし!」
さっきまでバスルームにいたのに、見回せば真っ暗な森の中って、どこのなろう小説よ!!
青臭いのは私が踏み潰した下草の匂いだ。
「へっぷし!!」
私は女子にはあるまじきくしゃみを一つした。
そりゃあすっぽんぽんじゃくしゃみも出るわ。
ん? すっぽんぽん??
立ち上がって自分を見た。
「ぅぎゃっ! なんで裸なのよっ!!」
慌てて私はしゃがみ込んで、草むらに身を隠し、キョロキョロとあたりを見回す。
よかった、人はいないみたいだ。
しゃがみこむと、膝が痛む。
見れば石にぶつかって擦りむいたのか血が出ていた。
膝だけじゃない。腕や背中も擦りむいたのか、あちこちが痛い。
だが、私には残念なお知らせだ。
「痛いって事は、酔っ払いの見る夢じゃないって事ね。ははは……」
乾いた笑いと共に私はぽつりと口にしたが、返事をしてくれるのは何かの虫の声だけ。
切ない。
(それより服よ……とにかく服が欲しい。服、ふく、FUKU、お洋服ぷりーず……)
だいたいこういうのは、巫女服やら聖女のためのドレスが用意してある場所に出るのがお約束じゃないの?
そりゃあ世間は40代の女に厳しいけど、転移先も厳しい仕打ちだなんて。
いやいや。転移でもここが日本の可能性もあるかも? なんか昔そういう話を聞いたことあるし。
私は空を見上げたが、少なくともここは自分が見知った地球じゃない事は一瞬で理解できた。
(つ、月……。二つあるしっっ!! 一つ青いしっっ!!)
見上げた青白い三日月と同じように青くなり、鼻がむずむずして、ぞくりと悪寒がする。
このままじゃ風邪ひくし、貞操の危機!
私は左右を確認した。よしよし、人はいなさそうだ。
林の中だが月明りでうっすらと明るくてとても恥ずかしいが、人もいないし、動いている方が少しは暖かいはず。
どうせじっとしていても服は手に入らない。
何やら右側から水音がするので、右に行ってみることにする。
一歩目を踏み出せば、石が足の裏にあたり、ぎょっとするほど痛い。
慌てて足の裏を見てみるが、傷がついた訳ではなくてホッとするが、これはツラい。
私、自慢じゃないが足つぼマットに10秒乗れたためしはないのだが、緊急事態につき一旦忘れて、右手の方向へ歩き出した。
※ ※ ※
水音は小さな小川で、それは池か湖らしき場所に流れ込んでいた。
これで傷を洗えると、更に湖に近づくと、ほとりには何やら金属っぽい人工物を発見した。
目がおかしくなったのかと二度見したが、多分甲冑とかいうやつ?
喜び勇んで近づいたら、きっちり畳んだ青い布地と青い石のついたブローチがあるではないか。
ちょっと広げてみたけど、私の両手では広げきれない特大サイズ。
(甲冑と言えば……マントとか? 神は私を見捨てなかったのね!)
私はRPGに出てくる騎士姿を想像して、感謝した。
ああ神様、40代に厳しいって言ってごめんなさい。
いそいそと体に巻き付けて、お腹あたりをブローチで止めた。
慌てたせいでブローチに少し血がついてしまったので、ごしごしと布のはしっこでふき取る。
(ん? なんか色が変わったような……。気のせいかな)
さっきまではマントとおそろい色でラピスラズリみたいに金のラメ入り模様だった気がしたけど、青が更に深くなってラメがキラキラし出したような……考えるのはよそう。
出来上がりはなんか古代ギリシャ人かローマ人っぽいカッコになったが、まぁOK。
服ってこんなにも安心できるのね。
都合良く靴っぽいものもあったので、これも頂戴、いやお借りしよう。
足を入れると案の定、ゆるゆるの長靴状態だが足つぼマットよりはるかにマシだ。
どうか持ち主が水虫じゃありませんように。
「ホントにごめんなさい、後で洗って必ず返しますから、どうか見逃してください!!」
私はぱん、と湖に両手を合わせて立ち去ろうとした。
「見逃せる訳ないだろ、このコソ泥ゴブリンめ!」
頭上から声が降ってきて、ひえっと思い、振り返れば目の前には裸の男!
きらきらしたブローチみたいにきれいな青色の目で、目を離すのがもったいない。
はぁ、この人かっこいいなぁ。髪も好みの黒髪色で濡れてるせいか妙に色っぽくて、リアル水も滴るいい男。
特にぱっきりとした胸筋と上腕二頭筋の筋が最高よ。背中見えないのが悔しいくらいに。
お腹だって社長みたいなぷよぷよお腹じゃない、男子憧れのシックスパックどころか、ほぼほぼエイトパックじゃん。
特筆すべきはお肌のハリよ。水分弾くとかきっと20代の若造よコイツ。完璧すぎて少々ムカつくわね。
ちなみにナニは隠れていて、下は短めな白いステテコ一丁。
「うぎゃっ! 服っ、服着てください!!」
私は目をそらして叫んだのだが、男は血まみれの私の腕をつかみ、マントを止めていたブローチをじぃーっと見つめ、愕然とした顔で私に尋ねた。
「……おい、コソ泥。まさかお前、このブローチに自分の血を付けたのか?」
「すみませんっ。その……あちこち擦りむいてて、ちょっぴりつけてしまいました。ほ、ほんとにごめんなさい!!」
そりゃぁ血が付いたやつって汚いもんね。
「ちゃんと煮沸消毒してお返しします。ジャムくらいなら作った事はあるので」と言ったら、男は激怒した。
「おい。騎士の神聖なブローチを鍋で煮るとは、どういう了見だ! このど阿呆!!」
青筋が見えそうな表情で男は言い放ち、つかんだ私の血まみれ腕を月明りに晒すと、ため息をつき、ぶっきらぼうに言った。
「そこに座れ。他にどこをケガした?」
男は小川のそばの石を指差したので、おとなしく座ると、男は水筒みたいな筒に湖の水を入れた。
ああ、傷を手当てしてくれるってことか。
「膝と多分背中です。あの、自分でやれますので、その水筒貸してください」
私は手を出したが、却下された。
「いいから出せ。魔力を込めないと治らんだろうが」
ああ、やっぱりそっちの世界なのかと軽くショックを受け、裾をめくって膝小僧を出した。
男は水をかけた後、何やら手をかざすと、ふんわりと温かくなって、傷が消えた。
同じように腕も治してくれた。
「せ、背中はそんなに痛くないので……」
結構ですと言ったら、「さっさと出せ。もたもたしてるとひん剝くぞ」と凄まれた。
私はひゃっと首をすくめ、そそくさと背中を男の前に晒し、前はマントをかき寄せて隠した。
ああもう。何でこんな目に合わなくちゃいけないのよ。
40歳だけど女子よ。月明りで半ケツなんて恥ずかしいのよ。
もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃない。
「傷はないが、内出血だらけだぞ。どんなぶつけ方をしたんだ。他に痛むところはないか?」
呆れ声で男は同じように水をかけて、手をかざしているのだろう。
ふわりふわりとあちこちが温かくなって、痛いのが消えていく。
「ないです。気が付いたらここにいましたから。あの、後ろ向いててもらえます?」
私はそう言ってから、そっと振り向くと男は自分の甲冑を回収して、後ろを向いたまま身につけ始めた。
私もささっとマントを巻きなおして、ブローチで止めた。
「すみません、お礼したいのですが、何も持ってませ……ぅひゃっ!」
こ、これは姫抱っこ。
イケメンのいい匂いで、私の心臓はドンドコ激しいビートを刻む。
やばい、やばいよ。人の心臓って打てる回数有限なのよ。
こんなところで無駄打ちしちゃ、余命がすり減っちゃう!
「お礼なら相場は決まってるだろ。その体を貸せ。聞きたい事が山ほどある」
悪そうな企み顔で男はにやりと笑った。
あ、見たわ。このシチュエーション。18禁web漫画のバナーでよく見るやつ。
頭から食われるヤツね。ははっ。
そして次のセリフはこうよ。
「君が好きになってくれるといいな。俺の名前はエードルフ。君、名前は?」
はい、にっこりと親し気スマイル頂きました。
18禁キター。
「ハルナ、でゴザイマスヨ……」
嗚呼、さよなら。
私の貞操。
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