ハルナ、フラれる(n度目)
鼻歌交じりで出社してPCに電源を入れると、ピロンとバナー通知で残業時御用達ピザ屋のダイレクトメールの通知が入った。
『
うふふふふふ。今日は私の誕生日なんだー。
今夜の事を考えるだけで、たとえピザ屋のダイレクトメールでもテンションが上がるよ。
私はどこにでもいそうなアラサーの……、いや、今日からはもうアラフォーの40歳、介護保険料の請求が来てしまう、取り立てて特筆すべき特徴もない、標準体型の社畜系女子です。
お仕事はちょっぴりブラック臭漂う弱小デザイン会社勤務の、webディレクター兼webマーケッター兼webデザイナー兼……etc。
ま、まぁ要するに何でも屋です。
だけど何で
国内とはいえ出張多いと大変よね。ちゃんとご飯食べてるといいんだけど。
(さて今日は……っと)
私はタスク一覧にざっと目を通し、今日の予定を確認して、デザインソフトを立ち上げる。
夜に賢二と会う約束だから、定時で上がらないとね。
私は黙々とクライアントのランディングページの制作を始めると、見た目より若作り45歳、おしゃれハ…坊主眼鏡、佐々木社長が私に近づいて、こう言った。
「東出。この前の近藤さんの提案書、ちょっと直して。今日中な」
社長は提案書を私のデスクに置いた。
ちなみに近藤さんとは八百屋の2代目、元々飲食店向けの有機野菜を扱っていたのだが、古かったお店を小洒落たお店に改装し、一般向けにも販売を始めた。
そのためホームページも通販対応できる新しいものに改装したいと依頼を受けていたのだが。
「えっ? どういうことですか、社長」
おかしいな。お店がヨーロッパ系マーケットっぽい作りだからって、店の雰囲気と合うようにページもそれっぽい作りにしたつもりだけど。
私はぱらぱらと提案書をめくるが、修正の赤がどこにもない。
「近藤さん、綺麗すぎて気に入らないって。もうちょっとパリのマーケットっぽい雑然とした雰囲気が欲しいってさ。お前が提案した通販の野菜詰め放題は気に入ったから、あれはそのままな」
綺麗すぎてNGとは。クライアント様はわがままだ。
でも、詰め放題企画は通ってホッとした。
もう一つウリが欲しいって言われて、ネット上での野菜詰め放題を提案したのだ。
箱のサイズで最大規定量が決まり、規定量より詰めすぎるとボックスのふたがはじけ飛ぶ仕掛けをしてある。
「と、いうことで新デザイン、頼むよ」
「いいですが、私今日定時帰りしたいって……」
「東出ならできる。お前が俺の期待に応えなかったことはない。そうだ、これを食え。お前には幸せになる権利がある!!」
そう言って、社長は幸せ
くっそう。これさえなければ社長はいい人なのにっっ!!
(戻ってこい! 私の幸せ!!)
私は願いを込めておせんべいを噛み砕き、滅茶苦茶頑張って、修正した提案書を出した時には定時より30分過ぎていた。
※ ※ ※
おせんべい効果か、予測より若干早く仕事を終え、私は待ち合わせのカフェへ行く。
カウンターからカフェラテを受け取ると、ひょろりとしたなで肩スーツ姿の男性の座るテーブルに向かう。
30分も遅刻じゃ怒ってるかな?
そっと通路脇からのぞき込むと、私に気づきもせず
5年も付き合ったし、今日は誕生日だし、もしかすると……プロポーズ?
いやいや、ここは気づかないフリしないとね。
普通に、普通に……。
「賢二、遅くなってごめんねー。今日はどこ行こうか」
私は謝り、どきどきしつつカフェラテを一口飲む。
賢二は席に着いた私を見るなり、開口一番に言った。
「陽菜、別れよう。俺、結婚するなら子供は絶対欲しいんだ! 今まで楽しかったよ。ありがとう。陽菜も頑張れよ!!」
賢二は一方的に言って、私が返事をする間もなく席を立ち、カフェを出ていく。
はい? 今、賢二なんて言った? 別れようって言ったの?
うん。まぁわかるよ。欲しいよね、子供。
だけどさ今、しかも今日誕生日の私に言う事かな?
「なぁ賢二さんよ……配慮、足りなくね?」
私はぽつりとつぶやき、残ってたカフェラテを一気飲みし、茫然としたまましばらく座り込んでいた。
※ ※ ※
「くっそ! 40歳がなんだっていうのよ!!」
意識を取り戻した私はコンビニへ駆け込み、お酒とつまみを手当たり次第、かごに放り込んだ。
ワインに焼酎、なんとかゼロに、鬼が死ぬやつとか。
普段お酒なんてめったに飲まないけど、今日ばかりは呑んでやる!!
(何よ。振る理由に年齢とか。そんなの私にどうしようもないじゃない!)
考えれば考えるほど、無性にイライラする。
「ああああああああ! むかつくっつーの!!!」
私は絶叫して、コンビニのプライベートブランドワインをだはだばグラスに注いであおり、チータラをばりばりと貪る。
チータラはお皿にオーブンシートを敷いて、レンジかけてでさくさくにしとくと美味しいのよ。
私は断然レンジでチン派なの。
腹が立つから枝豆も出してやる。
千鳥足で鉄のスキレットにオリーブオイル、にんにくと唐辛子を熱して冷凍枝豆を突っ込み、塩をふる、ペペロン枝豆。
どうせ明日は土曜日。にんにくの匂いは知ったこっちゃない。
「くぅーーっ。こんな時でも枝豆はうますぎるっっ!!」
枝豆のさやをかじると、じゅんわりとしみ出た塩分と水分とガーリックオイルが口の中で豆と一体になる。
冷凍枝豆でも幸せになれる貧乏舌だけど、まぁいいわ。
「ああ、こんな時でもおいしいって、
こうやって私が作って、よく賢二と一緒に食べたなぁ。
派遣された客先でお弁当の唐揚げ取られた事から付き合いが始まって、私がパワハラで辞めて、家無し職無しの時、ちょっとだけ一緒に暮らして。
ハンバーグにたこ焼き、アヒージョ、チーズフォンデュに寄せ鍋にポトフ。
いろいろ作って二人で食べたっけ。
明太子巻いた卵焼きが大好きで、お弁当によくリクエストしてた賢二。
「うう、賢二のばかぁ……」
もう二度と明太子入り卵焼きは作らない。
べた褒めしてくれたサラダのドレッシングレシピだって教えてやんないんだから。
私はぐずぐずと泣きながら、ワインボトルを抱えて枝豆をかじり、いつしか眠ってしまっていた。
(あ……。寝落ちしちゃった。お風呂はいろ……)
ぼんやりした頭でお風呂をためて、身体を洗って、お気に入りの入浴剤を入れて、片足をバスタブに突っ込む。
が、酔いが残っていたのか、つるっと足元が滑ってしまった。
どぼんとお湯に上半身が沈んで、息ができない。
(ふ、風呂で溺れ死ぬのはいやーー!!)
ばたばたともがいても、酔っているせいなのか全然水面から顔が出せない。むしろ水面がどんどん遠くなっていくように見えた。
鼻から口から盛大にお湯を飲み込み、もがいて手を伸ばしても何もつかむことはできないまま、さっきまで背中にあったバスタブの感触がいっぺんに消え、どこかに放り出された感覚が全身を包み、私はそのまま苦しさで気絶した。
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