第9話 あなたと共に歩きたいのです
第三章
九 あなたと共に歩きたいのです
「え? 別に誰が相手でも構わないって言うのか!?」
『そこまでは申しておりません。ですが、ヴィオが選んだ相手なら構わないと思っています』
私室の鏡台に向かって呆れたように声を上げてしまった。
今、誰かが部屋に入ってきたら、オレは危ない独り言野郎だ……今は女の子だから独り言娘なのかな?
まぁ、とにかくヤバい奴に変わりない。
けど、オレは決して鏡に向かって独り言を言っているわけでは無いのだ。
現在、オレが身体を使ってしまっているお姫様。
その魂が、鏡に閉じ込められているのだ。
最近では、悩みが一つ減ったので、第一王妃様形見のコンパクトにも移動できるようにはなったみたいだけど、それでも相変わらず鏡の中。
本当はこのお姫様に元の身体に戻って貰い、オレは新たにイケメンに転生したいと色々頑張っているんだけど、なかなかゴールは遠い。
それでも、お姫様の
そんな中で一番確認しなくちゃいけなかったのが、お姫様の気持ち。
このままロッソたちと賢者の森へ行って、婚約話を進めても良いのか?
それとも誰か心に決めた相手が居るのか?
そもそも結婚したいのか?
だけど、お姫様の答えときたら、
『ヴィオが決めたことなら、どんな結果でも受け入れます』
ときたもんだ。
そうそう、今はお互い同じ外見なので、オレは彼女を姫と呼び、彼女はオレをヴィオと呼んでいるのだ。
ちょっと違和感はあるけれど、他にしっくりくる呼び方も思いつかないし、もう大分慣れた。
「いやいやいや、誰か好きな奴がいたりとか、やりたいこととか無いのかよ!?」
『ですから、私はヴィオが選んだ道を共に歩きたいのです』
何故か頬を赤らめて俯いてしまうお姫様。
う~~ん、いくら女の子の身体に入ってしまったとは言え、女心は全然分からない。
オレはと言うと、このまま城に居ても埒が明かないかなぁとは思っている。
最初よりは大分マシになったとはいえ、行動の自由があまりにも乏しい。
お姫様という立場の閉塞感をどうにかしないと、姫の魂は満足しないんじゃ無いかな?
あと、待ってばかりというのも性に合わない。
勿論、お姫様が北の森に行きたくないと言えば、意思を尊重するつもりではいたが、そのお姫様が俺の意思を尊重してくれるというのなら、お言葉に甘えて遠出してみよう。
それに、のんびり城に居て、これ以上変な婚約者が増えても対処に困る。
◆ ◆ ◆
「で、もう明朝には出発だというのに、お前は何をしているんだ?」
北の森へ出発前日。
朝から図書室に籠もっていたら、ロッソたちが面会にやって来た。
大きな机を挟んで向かいにドカッと腰掛けたロッソに目を向けずにカリカリとペンを滑らせる。
因みに一緒に部屋に入ってきたのは副長のルーカだけ。
一応、護衛という立場らしく、ロッソの後ろに立っている。
こちらに付いているのは、メイドのエミリィちゃんだけ。
計4人しか居ないので、そんなに畏まらず済むのは有り難い。
「あ~、これ? 穴開けパンチの設計図を描いているんだ」
色々考えて描いている最中なので、雑に説明する。
「ヴィオーラ、お前なぁ。説明する気が無いだろう?」
ちっ、バレたか。
猫を被る必要が無い相手なので楽と言えば楽なのだけど、それでも折角来てくれているんだし、一度ペンを置いて紙をロッソの方へ向ける。
「これは書類にまとめて穴を空ける道具だよ」
「ほぅ、この金具の部分に力が加わって穴が空くのか?」
「そうそう。ただ、この金具の作りが細かく思い出せなくて……すり鉢状になっていた気がするんだけど」
「思い出す? 見たことがあるのか?」
しまった。
この世界には……少なくともこの国にはまだ無いものだった。
「いっ、いや、思いつかないって言おうと思ったんだ」
「……そうか。大方ネーロ王子にでも頼まれたのだろう?」
「え? 何で分かったの!?」
「これでも旧友だからな」
ロッソの言葉に後ろで控えるルーカがクスッと笑う。
あれ?
やっぱり仲が良いんじゃないか?
普通、ただのクラスメイトの細かい趣味とか把握してる?
少なくともオレは把握できていないけど。
仲の良かった奴のなら覚えてるけど……って、仲いいんじゃ無いかな?
「それにしても、ヴィオーラ。支度はしなくて良いのか? 色々準備もあるだろう?」
「絶対に持って行きたい物とか大して無いし、もう終わってるよ」
絶対に持って行かなきゃいけないのは、姫の魂が入っているコンパクトくらいだろう。
「いや……、服とか無いのか?」
「ああ、着替え? エミリィちゃんに動きやすい物中心に詰めて貰ったよ」
「……動きやすい物か。そう言えば、お前はそう言う奴だったな。それだけの外見なのに、それともそれだけの外見故に無頓着なのか。興味深いな」
ロッソが言い終わるのと同時に、机を挟んで腕が伸び軽く唇が触れる。
「えっ? ちょっと! 何するんだよ!?」
思わず立ち上がる。
全然そんな雰囲気出てなかったじゃ無いか!
っつーか、そんな雰囲気ってどんな雰囲気だよ!?
どんな雰囲気だってお断りなんだよ!
「ただの挨拶だ。そんなに嬉しいのなら、もっとしてやるぞ」
椅子から立ち上がりながら意地悪そうに微笑まれる。
何か言い返してやろうと思ったのに、こちら側まで歩いてきて、急にロッソが真面目な表情へ変わったので口を
「ヴィオーラ」
「なっ、何だよ?」
「婚約の儀式を進めると言うことは、覚悟を決めたと受け取って良いのだな?」
「覚悟って……」
このまま婚約する覚悟とか、ロッソと結婚する覚悟とか?
今の段階でそこまで先の覚悟が出来ているかと問われているのなら、正直自信は無い。
だけど、珍しく真面目な表情に顔が熱くなってしまう。
普段、ふざけてばかりなのに急に真面目な顔をするのは狡いってば。
どんな表情を返せば良いのか分からない。
困っていると、ロッソは引き締めた表情のまま、オレの耳元へ唇を寄せ――
「お子様のキスより先に進む覚悟だ」
――囁く。
「ふっざけるなー! 珍しく真面目な感じだからちゃんと聞いてやったのに! っつーか、したことあるだろ!」
初対面でディープの方を!
「ヴィっ、ヴィオ様、まさか既に夜伽を……」
ティーカップを落としながら震えるエミリィちゃん。
「ちっ、違う! そこまではされてないから!」
「そこまでじゃないなら、どこまでですか!?」
必死に誤解を解くオレを尻目にロッソとルーカは
「じゃあ、明朝に」
と軽やかに挨拶をし、図書室を後にしてしまった。
あ~~、もう!
急に真面目な顔をするな!
ビックリするじゃ無いか!
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