第7話 見習いメイドでも狙われるの!?

第三章


七 見習いメイドでも狙われるの!?




 ヤバいヤバいヤバいって!


 普通の女の子の練習のためにと、メイドに変装して城内の廊下を練り歩くだけだって心臓に悪かったのに、まさか第一王子ネーロと廊下でぶつかってしまうとは……。


 しかも、ぶつかったお詫びにと執務室での資料整理をさせられる羽目になってしまった。


 逃げられるものなら逃げたかったけれど、そうすると一緒に居た第四王妃イザベラ様と第五王妃ローザの面子を潰してしまうし……。


 まぁ、ガッツリ変装しているし、バレない……かな?


 紫苑色の髪は茶色いボブカットのカツラで隠され、菫色の瞳はマンガみたいな瓶底眼鏡で相手からは見えなくなっている。



「入りなさい」


「しっ、失礼します」


 声でバレても困るので、お腹に力を入れていつもより低い声を心がける。


 執務室自体はちょこちょこ勉強したり手伝いをしに来ているけれど、普段は執事やメイドもそこそこ出入りしている。


「うわっ、誰も居ないのかよ」


 なのに、今日に限って誰も居ないじゃないか。

 つい、正直な感想が口から漏れる。


「ん? 何か言ったか?」


「へっ!? いっ、いえ何も。ご立派な部屋で驚いただけでございます」


 慌てて取り繕ったせいか言葉遣いがいつもに増して安定しない。

 ってか、メイドっぽい丁度良い敬語がぱっと思いつかない。


「そうか、資料整理と言っても機密事項などではないからそう不安そうな顔をしなくても良い。このテーブルに乗ったものを採用・不採用に分けた上で通し番号順にファイリングして、あちらの棚にしまってくれ」


 ネーロが指差したテーブルには資料の山が乗っていた。

 かなりの量だ。

 これでも中学時代は生徒会だったし、こういった書類整理は割と得意だし、慣れてもいるけれど……。

 これは一人でやる量なのか?

 今日中に終わるだろうか?


「……承知しました」


 グタグタ考えていても始まらない。

 そもそも立場上断れないだろう。


 慣れないメイド服の袖をグイッとたくし上げて気合いを入れた。


「最初に言っておくが、出来るところまでで構わないぞ」


「え? そうなんですか?」


「一人でやる量ではないだろう」


「……あのっ、伺っても宜しいでしょうか?」


「言ってみなさい」


「もしかして、ネーロ様は私を庇ってくださったのですか?」


 だって、出来るところまでで良いって事は、それほど急ぎでは無い仕事だと言うことだろう。

 それに、本当に急いでいたり重要だったら、いつものメンバーにやって貰うだろうし。


 よくよく考えたら、見習いメイドがその国の次期国王である第一王子にぶつかってしまったって相当ヤバいことだよな。


 王妃様たちは良いとしても、人目のある廊下でぶつかっておいて、不問にすると色々問題が生じるのだろう。


「おや、思ったより頭が回るようだな。しかし、生憎だけど私はそこまで優しくはないよ」


「そうでしょうか?」


 オレが思わずそう呟くと、ネーロは理知的な紺色の瞳を細めた。


「名は?」


「はい?」


「そなたの名だ」


「ヴィっヴィヴィアーナです」


「そうか、ではヴィヴィアーナよ。指示をコロコロ変えるのは好きではないのだが、やはりこの書類、全部整理して貰おう」


「えっ!?」


「私を前にそれだけお喋りできる元気があるのだ。出来るだろう?」


「しょっ承知しました」


 はぁぁぁ、余計なことを言ってネーロの意地悪スイッチを押してしまった……。

 完全にミスった。



◆ ◆ ◆



「うぅ~~~疲れた~~~」


 作業を始めて数時間。

 空は赤から黒へ差し掛かっている。


 赤と黒か……。


 何となく一瞬、あのエロ騎士のことが頭に浮かんでしまったが、パパッと振り払う。


 今は目の前の作業に集中しないと。

 進捗率としては八〇%程度だろうか。


「兄ちゃんもよく集中力が続くよな」


 第一王子ネーロは執務室隣接の書庫に入ってしまったので、ちょっとだけ緊張感が解けて小さく独り言。


 こっちが書類に四苦八苦している間に、ネーロはすさまじいスピードでどんどん決裁を行っていった。


 書類は平民たちからの陳情書だった。

 道路の整備願いとか大きいものから、近所の騒音騒ぎなんていう身近な悩みまで様々。


 元いた世界なら市役所とかの仕事っぽいけれど、ここでは王室の仕事なんだな。


 本当だったらどんな陳情があるのか興味が有るのだけれど、何せ凄い数。

 通し番号順にしてファイリングするだけで精一杯。


 しかも、ファイリングって言っても、紙ファイルもないし、穴開けパンチもない。

 ある程度の枚数になったら、キリで穴を空けて紐で綴じるのだ。

 慣れないので大変面倒だ。

 今度エミリィちゃんに穴開けパンチと紙ファイルの試作品を作って貰おうっと。


「さて、もうひと頑張りしますか……って、うわっ!」


 椅子の上で伸びをしようとしたところで、急に背後から腕が回り込んできた。


「次期国王の執務室だというのに、随分リラックスしているのだな」


「おにっ……ネーロ様!?」


 耳元で囁いてきたのは、第一王子ネーロ。


 全然状況が飲み込めないのだが、今、オレってばネーロに後ろから抱きしめられている?

 なっ、何でだよ!?


「ネっ、ネーロ様。お戯れはお止めください」


「戯れかどうか決めるのは、そなたでは無いだろう」


 妹であるヴィオーラ姫オレに話すときとは全然違う声のトーンに心臓が大きな音を鳴らす。


「ですが……」


「そなた出身はどこだ?」


「えっとー、ノルド村です」


 咄嗟に他の地名が思い浮かばず、今度の目的地を言ってしまった。


「ノルド村、イザベラ様と同郷のよしみでここへ来たのか?」


「そう……だと思います」


「ノルド村ならイザベラ様が輿入れされる際に手続きも行ってきたし、話は早く済むだろう」


「何のことでしょうか?」


 相変わらずオレを後ろから抱きしめながら話を進めるネーロに尋ねると、ネーロがクスッと笑う声が耳をくすぐる。


「国王は一八歳で結婚し、程なくして私が誕生した」


「はぁ……」


 急に思い出話をされても全然話が見えない。


「私も次期国王という立場上、幼い頃から何人もの婚約者候補が用意されていた」


 よく考えたら、そりゃあそうか。

 ヴィオーラ姫オレにだって元々国内に婚約者が居たっていうんだし、その話が無くなって国外に嫁ぐってなったときだって直ぐに婚約者候補が名乗り出ていたわけだもんなぁ。

 だったら、姫より年上の第一王子に婚約者の一人も居ないなんて確かに不自然だ。


 耳元で囁かれながら喋られていると、相槌を打つのも難しいので、くすぐったさに身をよじりつつ、そのまま耳を傾ける。


「二〇歳を過ぎた辺りから、周りが明らかに焦り始めてきたが、私自身は焦っていなかった。国王は若い王妃たちの間にどんどん子供を作っていたから、例え私が子供をもうけなくてもその時は弟の誰かに継いで貰えば良いと思っていたが……」


 おいおいおい。

 何でこの話の流れで、このタイミングで抱きしめる力が強くなるんだよ!?


「そなたが気に入った。私の元へ来る気は無いか?」


「いっ、いえ、滅相も無い! 私はただの見習いメイドですし、平民ですし……」


 ヤバい!

 ヤバいんだけど、どうにか断らないと!

 焦ってダメな理由を挙げ続けるオレの唇をネーロの長い指が塞ぐ。


「そんなことはいくらでもどうにもなるのだよ。だが、どうにもならないのは人の気持ちだ。誰か将来を約束した者でも居るのか?」


 将来を約束と言われて、咄嗟に顔を浮かびかけたが振り払う。

 もう振り払うのもお手のものだ。


 って、頭からあいつの顔を振り払っている間に気付いたら、ネーロがオレの顎を掴んで自分の方へ向かせていた。


「誓った相手も居ないのなら、どうだ?」


 この国では珍しい漆黒の髪がサラリと流れ、理知的な瞳が変装したオレの顔を映す。


 整った顔が近づいてきて……


 って、近い!


 近いってば!!

 もし、イケメン好きで玉の輿を夢見る女の子だったら喜ぶシチュエーションかも知れないけど、違うんだってば!

 オレは普通の男子高校生なのに!

 何度も言ってるけど、言い寄られるなら女の子が良いんだよ!

 

 このままじゃ、色々されてしまいそうで大変ヤバいんだけど。

 どうしたら良いんだよ~~~~。

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