第6話 会いたくない奴トップスリーだってば

第三章


六 会いたくない奴トップスリーだってば




「まぁヴィオ様、可愛らしいですわよぉ」


「とても初々しくて素敵ですわ」


「……本当ですか?」


 満足げにパンッと手を胸の前に合わせて微笑む第五王妃ローザ様と第四王妃イザベラ様とは対称的に、ゲンナリとする第五王女ヴィオーラ姫……ってかオレ。


 布を被っていたから気付かなかったけれど、サロンの片隅に置かれていた姿見で自分の様子を確認する。


 エミリィちゃんたちとは少し違うデザインのメイド服にホワイトブリム。

 紫苑色の髪を隠すように茶色のボブカットのカツラ、菫色の瞳を隠すために顔には瓶底眼鏡。


 流石に超絶美少女姫の可愛さもいつもよりは全然伝わってこない。

 瓶底眼鏡恐るべし……。

 まぁ、それでも鼻や口、輪郭から顔立ちの良さは感じることが出来るんだから、このお姫様もやはりなかなか恐るべしである。


「あの、どうしてエミリィたちとは服のデザインが違うんですか?」


 オレの着ている物の方がスカートの丈が短く、襟元のリボンの形も少し違う。

 ミニスカートって程では無いけれど、そこそこ短いスカートはこの世界では珍しい。


 と言うか、エミリィちゃんの名前を出して思い出したが、オレのこんなに分かりやすいピンチに何故助けに入ってくれないのだろう……と思ったら、王妃様たちのメイドちゃんズにもみくちゃにされている。

 ハッキリ言ってオレには彼女を心配している余裕なんて無いのだが、それでもあっちはあっちで大変そうだ。


 とは言え、エミリィちゃんは女の子の割には身長もあるし、日常の様子からしても決して非力では無いので、本気で振りほどけばメイドちゃんの二、三人くらい振りほどいちゃいそうだけどな……。


 そこはお姫様のメイドが王妃様のメイドに逆らうと色々面倒だったりするのだろうか?

 うぅ、それだったら申し訳ないな。


 ってか、本当に心配する余裕は無いんだけどさ、こっちは変なコスプレまでさせられているしさぁ……。


「あらぁ、デザインが違うとお気づきになりましたか? 流石、最近ファッションリーダーの名をほしいままにしているヴィオ様ですわぁ」


「これは見習いメイドの服なのですわ」


「見習いメイド?」


 ローザ様が言ったファッションリーダーの件も気になるが、細かいことを突っ込んでいるとキリが無いので、イザベラ様の話を受け取り前に進める。


「ええ、いきなり正規のメイドの格好だと色々不慣れなことが目立ってしまいますので……。その点、見習いだったら多少変な素振りをしても割と大目に見て貰えるので、変装にはうってつけですわ」


 成程、見習いの方がきっと年齢も若いメイドが多いだろうから、スカートの丈とかちょっと年少向けのデザインなんだな。

 って、感心している場合じゃ無いんだけどさ。


「あのぉ、まさかとは思いますが、わざわざ見習いメイドの格好をさせたってことは、この格好で城内を歩いたりする訳ですか?」


「あらぁ、ヴィオ様、察しが良いですわねぇ」


「ぎゃー、やっぱり。それは流石に困りますよ!」


「でもぉ、村娘の練習は出来なくても、せめてメイドのフリくらい出来ないと、ノルド村観光が出来ませんわよぅ?」


「うぐっ!」


 別に元々観光とか旅行が凄く好きなわけでは無い。

 でも、お姫様に転生してみて本当に色々決まりが多くて、たまにで良いから自由に出歩きたいんだ。

 それに、そもそも普通の男子高校生だったんだから、お姫様よりは村娘やメイドの方がまだ一般人という共通点があって演じやすいのでは無かろうか?

 まぁ、メイドの中には下級貴族出身の人も居るみたいだけど、そうだとしてもお姫様よりは近いと思う。


 とにかく、オレがちゃんとメイドのフリが出来ると分かれば、イザベラ様もローザ様も納得してくれるだろう。

 そうしたら、イザベラ様の手紙にオレの観光案内の件を一筆書いて貰えば、晴れて自由時間ゲットだぜ!


「さぁ、ヴィオ様どうなさいますかぁ?」


 オレの顔を覗き込んできたローザ様からフワッと香水の匂いが流れてきた。

 名前と同じ薔薇の香水だ。

 あんまりにもローザ様に似合っていて、思考力が鈍ってしまうじゃ無いか。


「いっ……行きます」


 気持ち的には「逝きます」だけど。

 でもまぁ、内面は男子高校生だとは言え、外見は可愛いお姫様が変装しているわけだし。

 こんなカツラと瓶底眼鏡じゃあ誰だか分からないだろうし、大丈夫かな?

 よく見たらメイド服自体も可愛いし、後でカツラや瓶底眼鏡を外した姿もちゃんと見たいなぁ。

 はぁぁ、そんで写真撮りてぇ。



◆ ◆ ◆



「ねぇぇ、イザベラ様、ローザ様、やっぱり早くサロンへ戻りましょうよ~~」


 城内。

 王妃や姫などは基本的に城内のプライベートスペースで日常を過ごす。

 特別な用事があるときだけ表へ出る感じだ。


 アメジスト王家は一夫多妻制を取っているが、第一王妃が所謂正室で第二から第五王妃までは側室のようなものらしい。


 だから、本来は大事な式典などでは第一王妃が国王の隣に並ぶのだが、ヴィオを出産後亡くなってしまったので、現在は城に残っている第四王妃イザベラ様と第五王妃ローザ様が交代で職務にあたっているらしい。

 とは言え、やはり正室が亡くなっているので、王妃が居なくても問題の無い用事は基本的に国王一人で行っているようだ。


 なので、子育て中とは言え、王子や王女一人ずつにメイドも付いているし、二人の王妃は時間に余裕があるように見える。

 それに、一応非公表とされているが、元々平民出身の二人は慣れないメイドにも厳しくはしないので、新人メイドの研修場所になりやすいらしい。


 そうは言っても、王家に直接仕えるメイドなのだから、新人の中でも特に優秀な者が抜擢されるのだろうけどね。


 で、結局何が言いたいのかというと、そんな理由で新人メイドを連れていても変じゃない二人の王妃がオレを連れ回して城内を練り歩いているのである。


「ヴィオ様、じゃなかったヴィヴィアーナ、まだ少ししか歩いていませんわよ?」


「折角ですし、他のメイドたちとも交流して、普通の女の子を勉強してくださぁい」


 王妃様二人にオレの発言は軽く却下されてしまう。


 因みにヴィヴィアーナはオレの偽名。

 以前ルーカに咄嗟に使ったヴィヴィアンという偽名はこの辺では変わった名前と受け取られてしまうらしく、ちょっと発音を直して、ヴィヴィアーナと名乗ることになった。

 とは言え、誰にも名乗らなくてこの心臓に悪い散歩が済めばそれに越したことは無いのだが。

 

 あっ、こういう風に考えちゃうと何かフラグになりそうだし、余計なことは考えないでおこう。

 無心で過ごすのだ。

 素数はこの間結構長く数えてしまったし、今度は円周率にしようかな。

 昔、長々と覚えたんだよな。

 それか脳内一人麻雀とか……ああ、麻雀もしたいなぁ。

 と言っても、オレの場合基本的にスマホゲームでやっていた位だけど。

 はぁぁ、ってか、大分歩いてるな。


――ドン


「うわっ」

「ん?」


 ぼーっと歩いていたら、近くのドアが急に開き、出てきた人に思いっきりぶつかってしまった。


「もっ、申し訳ありません……えっ!?」


 咄嗟に詫びようと頭を下げようとしたころで、どうにか叫び声を飲み込む。


「どうした? 私の顔に何か付いているか?」


 そう言ってぶつかった相手――第一王子ネーロはオレの方へ身体を向けてきた。


「いっ、いえ! 申し訳ございません!!」


 この状態で会いたくないランキングトップ3にランクイン間違い無しの奴に出会ってしまった。

 後の二人は帝国騎士コンビ、ロッソとルーカだ。

 第二王子ベージュは元々変態だし、今更ヴィオがどんな格好してもあれ以上しつこくしてこないだろう。


 とにかく、これはヤバい。

 謝ってこの場から直ぐに離れないと。


「ネーロ様、うちのメイドが申し訳ございません。ご覧の通りまだ見習いですので、私たちの方からしっかり注意しておきますわ」


「申し訳ございません」


 流石にピンチなので、イザベラ様とローザ様がオレとネーロの間に入って頭を下げてくれる。

 元はと言えばこの悪ふざけに巻き込まれているのはオレの方とは言え、頭を下げさせてしまうのはちょっと罪悪感。

 しかし、何だかんだ言ってもこの二人は面倒見が良いんだなぁ……なんて感心していたら、ネーロが長い指を自分の顎に当てつつ口を開いた。


「……見習いか。この者はイザベラ様付なのですか?」


「えっ……ええ、まぁ」


 意外な言葉に、いつもは饒舌なイザベラ様も驚いた様子だ。


「ではお詫び代わりと言っては何ですが、この後書類整理の仕事があるので、この者をお借りしても宜しいですか?」


「「「こっ困ります!!!」」」


 思わぬ申し出にオレとイザベラ様とローザ様でシンクロしてしまったではないか。

 と言っても、オレが声を上げられる立場ではないので、慌てて口をつぐむ。


「そんな大事なお仕事でしたら、ベテランのメイドをお付けいたしますわ」


 イザベラ様の申し出にもネーロは軽く首を振る。


「私はぶつかってきた者に仕事を手伝うように言っているのだが?」


 ああ、これはもうダメな奴だ。


 断り切れないと察したイザベラ様とローザ様が申し訳なさそうにオレに視線を送ってくる。


 っつーか、えっ?

 オレ、この格好で第一王子ネーロ兄ちゃんの執務室へ行くの!?

 逝くの!?

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