第5話 普通の女の子になりたい……わけじゃない!

第三章


五 普通の女の子になりたい……わけじゃない!




「あら、あのしきたりって本当に行われるのですね」


 第四王妃イザベラ様が少しツリ気味な形の良い瞳を見開いた。

 今日も青紫の髪が、スレンダーな体型に似合うドレスに良く映えている。


「ええ、まぁ。私も昨日いきなり言われたばかりで、詳しいことは何も知らされていないんですけどね」


 ここは中庭にある、第四王妃と第五王妃のサロン。

 頂いた紅茶に口を付けつつ質問に答える。

 今日はレモンティー。


 昨日北の森へ行くしきたりを聞いて、その後直ぐに鏡の中のお姫様に確認したけれど、おとぎ話でチラッと聞いたことがあるレベル。

 今朝からは図書室で色々調べてみたけれどこれといった収穫は無かった。

 ネーロが言っていたとおり瞳と髪が紫色の『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』が国外に嫁ぐなんてほぼ前例が無いのだろう。

 幸福の象徴だと言われているし、そりゃあホイホイ嫁がせないか。

 瞳か髪の毛どちらかが紫色の『紫の申し子アメジスト・レイン』が国外に嫁ぐのだってかなり珍しいようだし。


 で、悩みながら城内を歩いていたら王妃たちに声をかけられて午後のティータイムに招待されたわけである。


 参ったなぁ……と、お茶請けのクッキーに齧り付いた時にふと気付く。


「あれ? 今、イザベラ様はあの・・しきたりって仰いましたか?」


「あっ……しまったわね」


 いつも強気な表情のイザベラ様が困ったような素振りを見せる。

 つい出てしまった言葉なのだろう。


 あの・・しきたり。


 全然知らなかったり、初耳だったら、

 その・・しきたり

 って言うんじゃ無いかなぁ?


 まぁ、正確な使い分けじゃないのかも知れないけど、

 あの・・しきたり

 って言い方に違和感。


 でも困った顔もまた素敵なんだから、流石第四王妃様だ。


「イザベラ、ヴィオ様にだったらお話ししても良いんじゃなぁい?」


 イザベラ様の横で柔らかく微笑むのは第五王妃ローザ様。

 赤紫色の髪はゆるめのカールがかかっていて、ほどよい肉付きで今日も実に妖艶な雰囲気である。

 現在二〇代半ば。

 五年ほど前にほぼ同時に王宮に上がったお二人はきっと親友……と言うか戦友なのかも知れない。

 王妃二人のお付きのメイドたちは、離れたテーブルでオレのメイドであるエミリィちゃんにおもてなし中だ。


「それもそうね。ヴィオ様、私の生まれ故郷は賢者の森の近くなので、『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』が国外に嫁ぐときには許可を貰いに行くというしきたりは、何度か耳にしたことがありますわ」


「え? イザベラ様って賢者の森の近くご出身なんですか?」


「ええ、一応養女に入った伯爵家は王都にあるけれどね。あくまで生まれ故郷の話よ。意外かしら?」


「はぁ、正直言ってちょっと意外です。イザベラ様って都会的な雰囲気だから……」


 このアメジスト王国自体がやや辺境の国なんだけど、それでもこの王都はまぁまぁな都会である。

 オレ自身は姫様の身体に転生してから、王都より外に出たことは無いんだけど、図書室などで調べた資料によると、王都以外の地域は、商業都市などは僅かで、殆どは田舎らしい。

 特に北部はほぼ全域が賢者の森で覆われていて、僅かに国外へと通じている北西部の山道麓の街はそこそこ栄えているけれど、他は小さな農村ばかりだと記されていた。


「都会的だなんて、嬉しいわ。花嫁修業と、王宮へ上がってからの努力が実ってきたかしら?」


「花嫁修業もあったんですね……、って、ローザ様も同じご出身じゃ無いんですか?」


「私は南の方なのですよぉ」


「そうなんですか? 凄く仲が良いから、てっきり同じ地域のご出身で幼なじみとかなのかと思いました」


 オレがそう言うと、イザベラ様が微笑んだ。


「私たちは花嫁修業から一緒だったから、幼なじみではありませんが……幼なじみ」


「イザベラ様?」


「あぁ、ごめんなさい。そうですわ! ヴィオ様!」


「はっ、はい!」


「賢者の森に行くんでしたら、恐らくその前に私の故郷、ノルド村へ立ち寄ることになると思います。村で一番大きな宿屋が私の実家なのです」


「じゃあ、イラベラ様って元々お嬢様なんですね」


「お嬢様って、お姫様に言われても気まずいのですけれど……」


「そっ、そうですね。失礼しました」


 元々のオレ自身はごくごく普通の一般庶民高校生だから、つい率直な感想が漏れてしまったけど、確かにお姫様からお嬢様って呼ばれても変な気持ちだよな。


 しかし、平民出身と言っても、やっぱりちょっと良い家出身だったりするんだな。

 そう言うもんなのか。


「謝らないでください。それに、花嫁修業が始まるまでは宿屋の手伝いも普通にしていましたし、お嬢様って程ではありませんでしたわ。それで、実家の宿屋は姉と幼なじみが継いでいるので、手紙を渡して頂けないでしょうか?」


「手紙ですか?」


「はい。表向きの実家は伯爵家になってしまったので、なかなか手紙も出せませんし、出すときも検閲が激しいのです。別に何か変なことを書いたりするつもりはないのですが、検閲が入ると思うと、あまり筆も進まないですし……あっ、勿論、ヴィオ様にお願いしたい手紙も機密などに触れないようには注意して書きますので、お願いできないでしょうか?」


「でも、オレ……じゃなかった私がイザベラ様のお姉様にお会いできるでしょうか?」


「姉は宿屋を継いでいますし、ご挨拶で会うことにはなると思います」


「でも、上手く手紙が渡せるかどうか、お約束できるかな?」


 簡単に引き受けて良いものか、想像できない。

 そんなオレの煮え切らない様子を見て、イザベラ様では無くローザ様が咳払いをした。


「ヴィオ様、以前お城を飛び出してお出かけになりましたわよねぇ?」


「えっ……まぁ」


「若い身空でお城の中ばかりは退屈ですわよねぇ?」


「はぁ、確かに。でも、これから北の森に向かう先々で色々見られると思いますけど」


「甘いですわよぅ! 多分、第五王女って身分は伏せられるでしょうが、それでも厳戒態勢で、行く先々の街で何か見て回ったり、自由時間があったりなんてまず有り得ませんわよぅ!」


「そうなんですか?」


「でも、ノルド村ならイザベラのご実家で泊まることになるでしょうし、イザベラの話によりますと、そこまで大きな村ではないので、宿屋も多くありません。全員が泊まれるわけでは無いので、ヴィオ様の護衛も限られるでしょう」


 ローザ様がそこまで話すと、イザベラ様が何か理解したようで、話を引き継いだ。


「ヴィオ様、手紙を渡してくださるなら、最後に一筆、ヴィオ様を村娘に変装させて少し観光させるようにと姉に書きますわ! 小さな村ですが、市場などもちゃんとありますし、楽しいですわよ」


「ぐっ」


 市場。

 なんて魅力的だろう。

 お姫様に転生して暫く。

 学校帰りのコンビニが何と恋しいことか。

 小さな物でも自分で選んだ物を買ってその場で食べられるって幸せだったんだなぁ……。


「でっ、でも、お姉様にご迷惑がかかるんじゃ?」


「姉なら上手くやると思いますわ」


 まぁ、このイザベラ様のお姉さんなら何か仕事できそうだし、大丈夫なのかな?


「分かりました。じゃあ、お引き受けします」


「ヴィオ様、感謝します」


「イザベラ、良かったわねぇ。ところでヴィオ様」


「何ですか? ローザ様?」


「村娘の……平民のフリは出来ますかぁ?」


「へ?」


――パチン!


 ローザ様が指を鳴らすと、いつの間にか新しいメイド服を抱えたメイドたちが背後に現れた。


「は? ローザ様? これは?」


 戸惑うオレに、ローザ様がニッコリ微笑む。


「お城で平民の練習は出来ないのでぇ、メイドのふりをして普通の女の子の練習をしてみましょう」


「えっ!? ちょっ!?」


「ちゃんとカツラと伊達眼鏡は用意していますので、安心してくださいなぁ」


「ってか、どうして用意してるんだよ!?」


「可愛いヴィオ様に一度是非着て貰いたいと思って、前々から用意していたのですわぁ」


「用意が良すぎて怖い」


「お褒めに預かり光栄ですわ。さぁ、普通の女の子になってみましょう」


「褒めてなーーーい! ぎゃーーー!!!」


 オレは普通の女の子になりたいんじゃ無くて、男に戻りたいんだよーーー!


 美しい中庭にそぐわない叫び声が虚しく響き渡った。

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