第4話 Interlude(ネーロside)不穏すぎる二次会
第三章
四 Interlude(ネーロside)不穏すぎる二次会
夜が一番好きだ。
特に深夜。
昼間は慌ただしく響いていた生活音が静まり、深く思索に耽ることが出来る。
贅沢な時間――
――の筈なんだが……
「
夜の街というのは本当に性に合わない。
そう、普段だったら城で仕事をしたり、最近は少しだけ休息に当てていたりする時間なのだが、今夜は繁華街に足を踏み入れていた。
勿論、変装ありなしに関わらず何度かこういった場所に顔を出したことはある。
けれど、酔っ払い、客引き、トラブル……。
特に今日のように正体を隠している時の方が、当たり前だが街の様子は酷い。
王位を継いだ暁には、規制を強めたいという欲望に駆られるが、経済効果を考え、思い留まる。
本来、性に合わない場所には来なければ良いのだが、用事があるのだから仕方が無い。
そもそも、その用事だって、無視したかったのだ。
けれどそうも行かないから、こんな喧噪の中、最低限の護衛だけを付けお忍びで歩いているわけだ。
「ここだな」
大通りから一本入った通り。
裏通りは場所によって雰囲気が全く変わる。
大通りより金銭的にかなり効率よく酔える店が並ぶエリアや、一晩の恋愛遊戯を楽しむ店が並ぶエリア、そして、高級店が並ぶエリアだ。
間違って高級店通りに庶民が入らないように、さり気なく黒服たちが曲がり角に立っている。
流石に私がこの国の第一王子であり、お忍びで来ているというのは分からないだろうが、身につけている物や護衛を見て道を空ける。
店の外装は大通りの方が煌びやかだが、こちらの通りはシックで高級感がある。
騒がしい客引きも無い。
つまり、派手な外装や客引きをしなくてもしっかり客が呼べていると言うことだろう。
その中の一軒の前で足を止める。
黒い外壁に金色の文字でシンプルに店名だけ書かれている。
高級店エリアには来たことがあるが、この店は初めてだ。
当然、私が来る前に問題が無いかは調査済みである。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
入り口の前に立つ黒服が恭しく礼をする。
この黒服の出自が貴族なのか平民なのか分からないが、少なくともこの私が見てもそこそこの出自に見えるような振る舞いが出来ると言うことは、それだけ格式のある店なのだろう。
四人連れている護衛の内一人を店前に、もう一人を裏口付近に配置して、中に入る
身なりの良い客で賑わうフロアを横目に、黒服に店の最奥へと案内される。
部屋の出入り口付近にそれぞれ護衛を配置する。
そこはこぢんまりとしたバーカウンター席だった。
最奥の部屋に相応しく、さり気なく裏口も用意されている。
勿論、確認済みなので裏口付近にも既に護衛が控えているだろう。
部屋に目を戻すと、バーテンダーの他には客が一人だけ。
「よう、遅かったじゃないか」
黒っぽい色なのだが、光に当たると深緋に見える髪。
ヒトを小馬鹿にしたような暗紅色の瞳。
学生時代から大嫌いだった奴――ロッソ=レオーネがニヤニヤしながらこちらに目を向けてきた。
「何だ、貴様一人なのか」
別に具体的な時間が書かれていたわけではないので、遅いも何も無い。
「お前もルーカみたいに女性の付く店が良かったのか?」
「そのルーカは一緒じゃないのかと訊いているんだ!」
「ああ、あいつなら馴染みの店が出来たとかで、そっちに行ってしまったぞ。まぁ、座れよ」
馴染みの店のジャンルは聞くまでも無いな。
それに確かに立ちっぱなしと言うのも落ち着かない。
本当はロッソから一番離れた席に座りたいところだが、今日はこいつと話しに来た上に間に入ってくれるルーカも居ない。
仕方なく隣に腰掛ける。
「同じ物で」
別に楽しく飲みに来たわけでもないので、サッサと注文を済ませる。
意を汲んだバーテンが素早く飲み物を作り、カウンター裏のバックヤードに下がっていった。
遠くからピアノの演奏音が微かに聞こえる。
「懐かしき同級生との再会を祝して」
グラスを差し出してきたロッソを無視してグイッと酒を煽る。
「ぐっ……」
思ったより度数が強いな。
酒は全く弱い方ではないが、予想外の味に一瞬咳き込んでしまう。
「お前、学生時代も超絶優等生だった割に俺のことだけ目の敵にしていたよな」
「お前って言うな」
「ここで王子様の本名を大声で言うのも変だろうが」
「構わん。どうせ店側にある程度話は通っているだろう」
「まぁ、そうだな。じゃあ、ネーロ」
「呼び捨てか……って、まぁ良い。よく考えたら貴様に王子と呼ばれるのも気色悪い」
「酷い言われ様だな。仮にも将来義弟になるかも知れないのに」
本当、こういう所が嫌いなのだ。
人の神経を実に効率よく逆撫でてくる。
元々第一王子という立場上、他人というのは好き嫌いではなく、有能か有能じゃないかで判断するように教育されている。
教育の賜物なのか、元々の気質なのか分からないが、本来私自身、あまり他人の好き嫌いは無い。
だけど、
今だって、私が苛ついた様子を見てほくそ笑んでいる。
ほんと、そういう奴なのだ。
いつまでもニヤつかせるのも腹立たしいので、こちらも表情を戻す。
「ロッソよ、まさか貴様があんな子供が好きだとは思わなかったぞ」
ロッソからもニヤついた表情が消える。
突かれたくない指摘だったのだろう。
けれど負けず嫌いなのは向こうも同じ。
直ぐに表情を戻す。
「そう言うネーロもヴィオーラを寝所に呼んだり、随分気に入っているじゃないか」
「貴様! どこからそういう話を仕入れてくるんだ!?」
「寝所に呼んだ
「はぁぁ……」
この
「まぁ、ヴィオーラもまだ子供っぽいところが多いが、それでも十六歳だ。そろそろ妹離れしてやったらどうだ?」
「婚約者候補が貴様だから安心できないんだろうが。で、今日は妹離れの助言でもするために私を呼びつけたのか?」
「そもそもそんな用事だと思ったら来ないだろうが。……
一応の同窓会モードから空気が変わる。
「大方、北の森の賢者の件だろう? 昼間ヴィオの前でも言ったとおり、前例がなさ過ぎて詳細が分からないんだ」
「そんな何にも分からないしきたりを、何の考えも無しに
軽く話を切り上げようとするが、そうも行かない。
まぁ、そうも行かないのは分かっていたが。
「そんな事言えば、
「それは正式に婚約したいからに決まっているだろうが」
「本気なのか?」
「
「……それだけか?」
「それだけと言っても信じないだろう。俺が逆の立場でも信じない。後は、北の森に興味が有る。当然だろう? 様々な国境と接しているのに結界のせいで入ることが出来ない。入れたとしても賢者の許可が無いと遭難してしまうと言う曰く付きの森だ」
「私も同じだ」
「珍しく正直じゃないか」
ロッソがグラスを傾けると、綺麗な球形の氷が澄んだ音を立てた。
「そちらが珍しく正直だったから合わせたまでだ」
私もグラスに口を付ける。
今度は味も分かっているし、分量に気をつけて口に含む。
「それは有り難いことだ」
「貴様に喜ばれるのは心外だが仕方が無い。」
「ははっ」
いつの間にか近くに置かれていたナッツを口に運ぶ。
よく見るとチョコレートもあるが、あまり甘い物は好きでは無い。
ヴィオは喜びそうだけどな。
一瞬、妹の顔が浮かびかけたが、ロッソの前で隙を見せるのは癪なので直ぐに頭を切り替える。
「まず歴史的な意味では、何故北の森の賢者に結婚の許可を貰いに行くなんてしきたりが有るのかは気になる。あと、この国はしきたりとかに非常に厳しいのだ。省略させるのも色々骨が折れる。それに、経済や軍事的な意味であの森が一応は国土ではあるが利用できない現状に困っている。この機会に是非とも賢者様と交渉したいと思っている」
「は? まさか、第一王子のお前が付いてくるのか? この国大丈夫か?」
「貴様に言われたくない。流石に私は付いていけないが、弟に行かせる」
「第二王子か? やはりこの国大丈夫なのか?」
「言いたいことは分かるが、ああ見えてあいつは優秀だ」
「……ほぅ。まぁ、お互い右腕には苦労するな」
「同感だ」
再びグラスが差し出され、ついグラスを合わせてしまった。
非常に不本意であるが、たまには少年時代を思い出すのも悪くはないのかも知れない。
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