第3話 不穏な同窓会

第三章


三 不穏な同窓会




「えっ、あっ、お兄様これはですねー」


 オレが悪いわけじゃないんだけど、何だか気まずくて言い訳を口にしようとすると、ロッソがそれを制した。


「そっちこそ、相変わらずな優等生ぶりだな。ネーロ王子」


 全然悪びれた様子もなく、ソファーに深く座り直しネーロに向けて不敵に微笑む。


「ファーストネームで呼ばれるほど親しくなった覚えはないが?」


 冷たい視線で言い放つと、ネーロも向かいのソファーにドカッと腰を下ろした。


 現在、執務室には主のネーロと客人であるロッソとルーカ、そしてオレとエミリィちゃんの五人だけだ。

 だからなのか、ネーロもロッソも態度が悪すぎる。

 見る人が見たら、国際問題になりそうな態度だけど、まぁ、このメンツなら良いという判断なのだろう。


 ネーロが腰を下ろすのを待って、ロッソが口を開く。


「学生時代の偽名で呼んだって仕方がないだろう」


 待って待って、全然分からないんだけど。

 全然話が見えなくて、女子のツイッターみたいな出だしになっちゃったよ。

 こうなったら140文字で、最後は拍手喝采しないと。

 それか固い握手か。


 いやいやいや、動揺の余り我ながら訳が分からなくなってきた。

 でも、学生時代って言ってるって事は……


「……二人は知り合いなのか?」


 睨み合う二人を交互に見ながら、気まずそうに口を開く。


「ああ」


「非常に不本意だがな」


「あっ、因みに僕も」


 ロッソ、ネーロに続いて、背後からルーカが小さく挙手をする。


「へ? ルーカまで?」


「うん」


「何だよ~、先に教えてよ。折角だし座ったら良いじゃん」


 ルーカに座ってもらって軽口の一つも叩いてもらった方が場の空気も和みそうなので椅子を勧めたが、首を横に振られてしまう。


「いやいや、一応ロッソの護衛で来てるからね。気にしなくて平気だよ。それに僕はまだまだ若いから立ってても大丈夫」


「「同い年だろうが!!」」


 ドSコンビが声を揃えて突っ込む。

 あれ?

 もしかして仲が良いんじゃ?


「えっとー、学校の同級生?」


 こっちの学校の仕組みがイマイチ分からないので、恐る恐る探りを入れる。


「ヴィオは覚えていないか? 私が昔、留学をしていただろう」


「留学?」


 ネーロの言葉に曖昧に反応してしまう。当然記憶なんてない。


「まぁ、覚えてなくても仕方がないな。お前も幼かったし、色々あった時期だしな。……私が10歳になって暫くした頃、留学したのだが、その留学先が帝国軍幼年学校だったんだ」


「帝国軍って、第一王子が隣国の軍に留学って良いのかよ?」


 ロッソが婚約者候補として来ているんだから、国同士が凄く仲が悪いという事は無いだろう。

 でも、良くも無いと思う。

 仲が良かったら、騎士団長を婚約者候補では寄越さないだろう。

 国の規模が違いはあるだろうけど、友好国のお姫様が嫁ぐなら、相手も王族にするんじゃないかな、多分。


「王位継承者として修業を積むなら帝国軍がもってこいだったからな。だから、国内では留学先は非公開だったし、帝国にいるときは偽名で通していたのさ。で、この二人はその当時の同級生だ」


 ネーロが苦々しくロッソとルーカに視線を向ける。

 その表情が大学生くらいの年齢に相応しくて、逆に違和感。

 ああ、この完璧超人パーフェクト兄貴にもこういう一面があるんだな、なんて感慨深くなってしまう。


「お忍び留学だった割に、監督生になったりして大分目立っていたけどな」


 紅茶に口をつけつつ、ロッソが茶々を入れる。

 何となくだけど、当時からロッソはネーロの正体に気づいていたような感じに聞こえる。

 ただ、話の腰を折るのも悪いし、そのまま様子を見ることにする。


「それはお互い様だろう。しかもお前たちのは悪目立ちだ」


 このやり取りを見ていると、どんな感じで幼年学校を過ごしたのか想像がつくなぁ。

 オレ自身、典型的な委員長体質なので、どちらかというとネーロの気持ちの方がわかる気がする。

 お互い気苦労が絶えませんなぁ、兄貴が老けないと良いけど。


「で、俺達は楽しく思い出話に花を咲かせる為に呼ばれたのか?」


 ロッソが足を組み尋ねると、その不躾な態度にネーロが眉をひそめる。


「まず、私とお前たちの間に楽しい思い出はない」


 これ以上険悪な雰囲気になったらヤバいなぁと思ったところで、ルーカが口を開いた。


「えー、成績もトップスリーだったし、僕たち結構仲が良かったでしょ?」


「「断じてそれはない!」」


 おや、またもや息ぴったり。

 やっぱり仲が良かったんじゃないかなぁ?

 チラッと背後に立つルーカを見ると、困ったように肩を竦めていた。


「まぁまぁ、お兄様もレオーネ様もそんなに仲が良くなかったのは分かりましたから」


「「悪かったんだ!」」


 うわぁ、もしかして当時一番苦労してたのって、ルーカなんじゃないか?


「ルーカも色々大変だったんだね」


「分かってもらえるだけでも嬉しいよ」


 ひそひそと話したんだけど、ドSコンビの耳には普通に聞こえたらしい。

 オレとルーカが交互に睨まれる。

 二人揃って地獄耳だな。

 ってか、何で睨まれなきゃいけないんだよ。


「前々から気になっていたんだが……」


 ネーロの言葉にロッソが続ける。


「どうしてルーカだけ呼び捨てでそんなにフランクなんだ?」


 ねえねえ、やっぱり仲良いだろ?


「そりゃあ、ルーカは話しやすいですから」


 っつーか、兄貴は威圧感があるし、ロッソは気を許すと直ぐに手を出してくるし、これ以上フランクになれないだろうがっ。

 それでも、当初よりは大分フランクに話すようになってきたと思うんだけどな。


「まぁ、僕は二人と違って優しいから」


「ヴィオ、ルーカこいつの外見に惑わされてはいけないぞ」


「ネーロ王子の言う通りだ。本来の手を出す速さは俺の比じゃ無いんだからな!」


「僕は年上好きだからさ。二人とも知っているでしょ?」


「「あー……」」


 ドSコンビは学生時代の苦労でも思い出したのだろうか、ロッソは眉間に、ネーロはこめかみに指をあて、深いため息を吐いた。

 まぁ……きっと大変だったんだろうな……。


「ちょっと、お兄様もレオーネ様も頭を抱えていないで、そろそろ本題に入りましょうよ」


 よくわからない話だから静観していたかったのに、あまりの脱線ぶりにとうとうオレが声をかけることになる。

 委員長の血が騒いでしまったようだ。


 一応、オレの呼びかけで同窓会モードは一段落したようだ。

 エミリィちゃんが差し出した紅茶を受け取ると、ネーロがようやく本題に入った。


「先ほどは詳細を説明すると言ったが、正直なところ詳細はないのだよ」


「え?」


 部屋に居たみんな驚いた様子だったが、間抜けな声を上げたのはオレだけだった。


「『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』が国外に嫁ぐときには北の森の賢者に許可をもらいに行く必要がある……という古いしきたりがあるのは分かっているのだが、前例がほぼ無いらしくてな。何をどうするのか全く分かっていないのだ」


「そもそも、その賢者とやらは実在するのか?」


 ロッソが疑問に思うのも無理はないだろう。

 オレだってそこが気になった。


「ああ、そこは大丈夫だ。婚約の許可をもらいたいと書状を出したら、森へ入っても良いと返事が来たからな。ただし、本当に近しい者だけ、森が騒がしくなるのは嫌だから五人以内と書かれていた」


「五人以内って、本当に最低限ですね」


「で、その要望はどの程度遵守すべきなんだ?」


 オレが五人をどうやって選別するのか考えている横で、ロッソが早速抜け道を探そうとしていた。


「賢者の生活圏に入れるのが五人までなのだと思いたいところだが、最低限の書状でしか交流もないし、図りかねている」


「成程、要は全然わからないということだな」


「だから最初からそう言っているだろう。しかし、碌な護衛もつけずにヴィオを森に行かせるわけにもいかない。こちらとしてもできる限りの護衛はつけて森に向かわせる」


「ではこちらも城下町で逗留中の第一騎士団を連れて行くとしよう」


「直ぐに戻れるか分からないが、良いのだな?」


 ネーロが確認するようにロッソを見つめる。


「誰に言っているんだ? それ位の調整はつけてきている」


「直ぐ調整がつく立場で羨ましいよ」


 また言い合いになりそうだったので、ルーカとオレが必死にフォローしてどうにか執務室を後にした。


 心臓に悪いから、今度会うときは二人きりで会ってほしい。

 あっ、それはそれで変なタッグを組まれても面倒だな。


 でも、訳の分からない森とはいえ、久々の外出に少し心が躍ってしまうのであった。

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