第2話 偉そうな二人

第三章


二 偉そうな二人




「北の森? 賢者?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。


 やべっ。


 謁見中という事もあり、慌てて口を押さえる。


 しかし、元々騎士とか姫とか少女漫画色の強い世界だとは思っていたけれど、ここに来て急にファンタジー色が強くなってきたな。

 つっても、よく考えたら日常生活で魔法道具がインフラや家電代わりに使われているんだし、最初からファンタジー的なのか。


 それにしても、賢者かぁ。

 RPGやる時にはよくパーティーに入れていたなぁ。

 子供の頃は遊び人から賢者になれるって謎だったけど、この年になってくると何となく分からんでもない瞬間があるけど……まぁ納得は出来ないな。

 何にせよ、可愛きゃ良いんだけどさ。

 そう言う意味では、この世界の賢者様も是非とも可愛い女の子でお願いしたいものだ。


「ヴィオ様、聞いていましたか?」


「え?」


 エミリィちゃんの声で我に返る。


 どうやら話が進んでいたらしい。

 あちゃー。

 完全に昔やったゲームの事で頭がいっぱいだった。


 チラッと横を見るとロッソが目線だけで馬鹿にしたように向けてきた。


 うぐっ。


 気を取り直して正面の壇上に顔を向けると、長兄である第一王子ネーロが呆れたようにこちらを見ている。


 うぐぐ。


 何か、馬鹿にされたくないワンツーに馬鹿にされてしまった。

 これでも元優等生なのに。

 本当はちゃんと聞けるんだぞ!


 気合いを入れ直し、顔をキリッと引き締める。


 丁度心を入れ替えたタイミングで、口を開いたのは、今まで一言も発しなかった壇上の国王だった。


「賢者による『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』婚約許可の儀についての詳細は後ほど第一王子から確認するように」


 話はそれだけだと思いきや、国王はロッソの方へ目を向けて再び口を開いた。


「……それとレオーネ殿」


「はい」


 予定外の声かけだったのだろうか、周りが少しザワつく。


 そんなにザワつく事かよ。


 しかし、周りの様子などは意に介さず、ロッソは落ち着いた様子で短く返事をする。

 その堂々とした姿に帝国自体は見た事がないんだけど、国力の差を見せつけられたような気すらしてしまう。


「……いや、何でも無い」


「国王陛下がお戻りになります」


 国王が言葉を取り下げた瞬間に、すかさず儀典官らしき文官が退席を呼びかける。

 結局そのまま国王は退出してしまった。


 当初の予定に戻ったのだろう、いつの間にかザワつきは収まっていた。


 はぁぁ、どの世界でも公的機関って言うのはイレギュラーに弱いんだな。

 王様が一言二言自由に話そうが良いじゃないか。

 別に何かの交渉の席でも無いんだし。

 全く。


 ある程度以上の組織になるとどうしても融通が利かなくなる。

 学校とか最たるものじゃねぇ?

 習っていない公式は使用禁止とか、未だに訳が分からん。


「では、レオーネ殿とヴィオは詳細を説明するので、私の執務室でお待ちください」


 国王の代弁では無くなったからだろう、ネーロは敬語でそう言うとオレたちを下がらせた。


◆ ◆ ◆


「ヴィオーラ、北の森の賢者については、どの程度知っているんだ?」


「ほぼ初耳だよ」


 主が不在の執務室に通されると、ソファーに座るやいなやロッソが口を開いた。


 配膳などはエミリィちゃんがかって出てくれたので、部屋にはオレとロッソ、ロッソの後ろに控えるルーカ、そしてエミリィちゃんの4人しかいない。


 それもあって、ロッソは謁見室とは打って変わり、いつも通りの偉そうな口調に戻っていた。

 まぁ、あの大人用の話し方をされても対応に困るんだけどさ。


 それにしても、北の国の賢者に婚約許可を貰うなんて、ぶっちゃけ初耳も良いところだ。

 でも、流石にその国のお姫様が完全に初耳じゃあ変かと思い、曖昧な返事をしてしまった。

 それに、まさか賢者が居て、その人に婚約の許可を貰いに行かなきゃ行けないなんて夢にも思わなかったけど……あの広い北の森に何かあるのかなぁ……って少し怪しんではいたのだ。


 だから、へりくつかも知れないけど、ロッソへの答えも完全な嘘では無いんじゃないかなぁ……なんて思ったりして。

 別に、こいつに嘘を吐きたくないとかそういうわけじゃ無いんだけどさ。

 ってか、誰にたいしてだって嘘を吐いて歩きたいわけじゃ無いよな。

 うんうん。

 特別変な事ではないぞ。


「成程。ヴィオーラもほぼ初耳か」


 ロッソが珍しく少し困った表情を浮かべて、エミリィちゃんの淹れてくれた紅茶に口を付けた。

 オレもつられてカップに口を付ける。

 オレだけの時は柑橘系やベリー系のフレーバーティーが多いんだけど、ロッソやこの後ネーロにも出すからだろうか、ダージリンが淹れられていた。


「ヴィオーラって事は、レオーネ様もほぼ初耳なのか?」


 紫色の花が描かれたカップを皿に戻しながら、ロッソに尋ねる。

 ほんの少しカチャンと音を立ててしまった。

 普段だったらエミリィちゃんに怒られる所なんだけど、大事な話し中だし、一応エミリィちゃんも不問にしてくれたようで助かる。


 それにしても、ロッソは何でもよく知っていそうなのに、マジで珍しい。

 それだけ特殊な話なのだろうな。


「ああ。北の森に賢者と言われる重要人物が居て、森の中は進入禁止になっているという事くらいしか知らないな。だから、かなり回り道になるが山道を通って帝国とは行き来しているわけだし」


 やっぱりそうなのか。

 オレが北の森を怪しいと思っていた理由も、正にそれなのだ。


 ここ、アメジスト王国とロッソの帝国は南北で隣接している。

 本来、北の森を抜けて行くのが互いの首都への最短ルートなのに、街道は森を大きく迂回して、山を越えるルートなのだ。

 しかも、地図を見ても、北の森に関しては他の地域に比べて余りにも曖昧な表記しかされていないし……。

 まさか、賢者の森だとは思わなかったけどさ。


「オレ……じゃなかった、私もそれ位しか知らないや」


「そうか……しかし、良い機会かも知れないな」


「良い機会?」


 何が良い機会なのか、さっぱり分からないので、聞き返すと、ロッソがこちらをじっ見つめてきた。


 暗紅色の鋭い瞳に射貫かれそうで、思わず顔を背けたくなるが、いつの間にか頬に手を添えられてしまって、それも叶わない。


「ちょっと、レオーネ様!」


「まぁまぁ、エミリィちゃん。落ち着いて。執務室だし流石のロッソもそんなにヤバい事はしないって」


 止めに入ろうとしてくれたエミリィちゃんをルーカが軽く抑えてしまう。


 因みに外野2人のやり取りをロッソは全然気にもせずに、オレを見つめ続けている。

 そんなに真っ直ぐ人の顔を見られるなんて、どれだけ自分に自信があるんだよっ。

 こっちはそんなに堂々と見つめ続けるほど図太い神経してないんだってば。

 マジで心臓に悪い。


 しかし、どうしてオレは男にばっかり見つめられているんだ。

 どうせ見つめられるなら、マジで可愛い女の子が良いんだよ。

 あっ、でも女の子に見つめられた日には本当に頭に血が上っちゃってどうしたら良いか分からなくなるかも。

 と言う事は、まだ男に見つめられた方がマシ……な訳ないだろうが!

 はぁぁ。


 困った様子のオレが面白いのか、ロッソは軽く笑みを浮かべる。


「いくら定期的に面会が出来るとは言え、城の中ばかりじゃ進展もままならないからな」


「しっ進展って何だよ?」


 話が見えないから、バカみたいにオウム返しをするしか無いじゃないか。


「お前、本当に自分に関しては鈍感だな。進展って言ったらこう言うことに決まっているだろう」


「へっ!?」


 ロッソの整った顔がグイッと近づき、ようやく進展の意味を理解したところで――


「人の部屋で何をしているんだ? 相変わらず傍若無人だな。レオーネよ」


 声のした方へ視線を向けると、


「お兄様!?」


 この部屋の主であるネーロが青筋を浮かべて立っていた。


 あれあれ?

 何かすっげーヤバい感じがするんだけど……。

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