第3章

第1話 お姫様は新しい技を覚えた

第三章


一 お姫様は新しい技を覚えた




 ヴィオーラ姫が失神した原因が判明してから一週間。


 姫が気に病んでいた事が解決したんだから、てっきり姫の魂が身体に戻り、オレはお役御免になりイケメンに再転生出来るのかと思ってた……。


 思っていたんだよ、マジで。


 だけど、


「全然、転生の気配が無いじゃ無いか~!!」


 自室の鏡台の前で大声を上げてしまう。

 勿論、エミリィちゃんや他の使用人が心配して入室してこないように配慮した範囲での大声だ。


 この鏡の中にお姫様の魂が居るって知らなかったら、もの凄くでかい独り言だと思われちゃうからな。


 そう、オレは別に独り言を言っているわけではないのだ。

 目の前の鏡台に居るお姫様に訴えているのだ。


『そんなこと仰いましても……』


 当然と言えば当然なんだけど、姫様だって困り顔だ。

 そりゃあそうだよな。

 姫様だって、別に好きでこの鏡に入り込んでしまったわけでは無いのだ。


 望まぬ婚約、選べぬ人生、味方の少ない孤独な生活……そういうものが重なって人生に絶望したタイミングで身体から魂が抜けて、代わりに異世界からやって来たオレみたいな男子高校生の魂が入ってしまったのだ。


「……悪い、お姫様を困らせたいわけじゃ無いんだけどさ」


『分かっていますから。でも、気になっていた事も一つはハッキリしましたし、あとヴィオのお陰で城の中も明るくなりました。ですので、私の状態にも変化があったのですよ』


 姫様が微笑む。

 確かに、オレが転生した直後より大分笑顔が増えた。

 不思議なんだけど、同じ顔なのにオレが微笑むより姫様自身が微笑む方が、遙かに可愛いんだよなぁ。

 やっぱり性格とかが顔や表情から滲み出ちゃうのかな。


「変化?」


 つい笑顔に見とれて、会話を忘れるところだった。


『はい。ヴィオ、お手間をかけますが、鏡台の引き出しから紫の包みを出して頂けませんか?』


「ああ、何段目?」


『一番上だと思います』


 言われたように一番上の引き出しを開けると、かなり濃い紫で染められたシルクの包みがアクセサリーの間にひっそりと入っていた。

 大きさは掌サイズと言ったところだろうか。

 別にずっしりと重いわけでも無い。


「中を見ても良いのか?」


『勿論ですわ』


 固く結ばれていたわけでも無いので、簡単に包みを外すと、中には小さなコンパクトが入っていた。

 形自体は女子がよく持っているファンデーションのコンパクトに似ているが、当然装飾が全然違う。

 ケバケバしさは無いが、上品に宝石がちりばめられており、姫様の持ち物の中でも特別なのものなのだろうと容易に想像できる。


『それは、お母様の形見なのです』


「え!? そんな大切なものをオレが触っても良いのかよ?」


『私は今、触れませんから。それに、私とヴィオは運命共同体です。そんなに遠慮なさらないで』


 いやいや、遠慮もするって。

 だって、女の子のそれもこんなに可愛いお姫様の身体を借りているんだからさ。

 とはいえ、遠慮ばかりしていても何も出来ないし、オレ自身の脇が甘いせいもあり、なかなかデンジャーな局面にちょいちょい遭わせてしまい、申し訳ない。


『では、開けてみてください』


「ああ……」


 言われたとおり、コンパクトを開ける。

 ファンデーション入れでは無く、純粋に鏡のみだった。

 小さいながらも良いものを使っているのだろう。

 覗き込んでみるが、歪みなどは全くない。

 可愛らしいオレの顔が映っている。


「なぁ、姫様。この鏡が一体何なんだ……ってうわっ!?」


 思わず変な声を上げてしまった。

 だけど、仕方が無いだろう。


 急にコンパクトを覗いていたオレがウィンクをしたのだ。


 当然だが、そんな事はしていない。

 するような用事も無いしな。


 だけど、コンパクトのオレはクスクスと笑い出した。


「え? あれ? 移動してる?」


 鏡台に目を向けると、そこにお姫様の姿は無い。


『流石に気付くのが早いですわね』


「いやいや、他に考えよう無いし。でも、これは一体どういう事なんだ?」


『私にも詳しい事は分かりませんが、失神した原因がハッキリした直後から、鏡の中の世界にトンネルが出来たのです。それで、トンネルをくぐってみたら外は見えませんが、どうやら違う鏡に繋がっている事が分かったので、きっと一番大切なこの鏡の筈だと思ったわけです』


「成程なぁ。って言ってもこの城から出かける用事も無いし、許可もなかなか出ないしなぁ……」


 転生初日の夜に城を抜け出したのがよっぽどヤバかったのか、結構希望は通るようになったのだけど、外出許可は一向に出ていない。

 元々王家の女子が大した用も無く街中に出るもんじゃ無いみたいだけど。

 お姫様ってもっとチヤホヤされて楽しいものかと思っていたけど、実際になってみると結構面倒なんだな。


 別にお出かけ大好き! とかそんなタイプじゃ無いけどさ、たまには外出だってしたいよなぁ。


『出かける用事ならありますわよ』


「へ?」


――トントン


「エミリィです。ヴィオ様、国王陛下がお呼びです」


 お姫様に聞き返そうとするのと同時に、扉の外からエミリィちゃんの声が聞こえた。



◆ ◆ ◆



 姫様の父親であるアメジスト王国国王には夕食の際に度々会ってはいるが、謁見の間へ呼ばれるのは初めてだ。

 わざわざ娘であるヴィオーラ姫オレを呼び出したんだから、よっぽど大事な用事なのだろう。

 少し緊張して謁見の間へ足を踏み入れると、意外な先客がいた。


「あれ? レオーネ様?」


 一応、婚約者候補であり、大変不本意ながらオレのファーストキスの相手でもある隣国帝国騎士ロッソ=レオーネとその右腕であるルーカ=ファルコが一瞬こちらを向き、また正面の国王へ視線を戻した。


「ヴィオ様、お話しは後になさってください。陛下の御前です」


 エミリィちゃんにも小声で注意されてしまった。

 夕食の時は結構フランクだけど、国王陛下だもんな。

 特に婚約者候補とは言え、他国の客人の前ではキチンとした方が良いんだろうな。


 壇上の玉座には国王が座り、その脇に第一王子ネーロと第二王子ベージュが控える。

 こちらには、オレとロッソ、そして後ろにエミリィちゃんとルーカが控えるといった形だ。


 勿論、他にも城の者は沢山いるが、それこそただ控えていたり、後方の仕事に携わっている様子だ。


「本日はどういった用件でしょうか?」


 国王にお辞儀をした後、最初に口を開いたのはロッソだった。


 こいつ、一応敬語が使えるんだな。

 大人なんだし、帝国騎士団長という責任ある立場なんだから、当然と言えば当然なんだろうけど、少し違和感があるのも仕方が無いだろう。


「ロッソ=レオーネ殿、貴殿にはヴィオーラ姫が随分世話になっている」


 返答したのは国王陛下では無く、第一王子ネーロだった。

 王様って言うのは細かいやり取りに一々返答しないのだろう。

 確かにその方が一言に有り難みが増すからな。


 しかし、オレってロッソに世話になっているのか?


 そりゃあ、最初の夜に城を抜け出した時には迷惑かけたけどさ、その後はちょこちょこ城に遊びに来るのをオレが相手してやってるんじゃ無いのか?

 端から見ると違うのか?


「婚約者である姫君に会いに参上するのは、世話でも面倒でもありませんが」


「あくまで婚約者候補・・の一人だが、何故か・・・他の婚約者候補が一向にコンタクトを取ってこないので、今現在、候補の筆頭は貴殿だと認識している」


「何故かは分かりませんが、邪魔されずに姫と交流を図れた事はありがたく存じます」


 明らかにロッソか帝国が圧力をかけたんだろうな。

 白々しいロッソの返事で確信する。

 何か、後ろでルーカがもの凄く小さな声で「ぷっ」て吹き出したし。


 それにしても、うちの兄ちゃん第一王子ネーロとロッソってもの凄く相性悪い?


 性格そのものが似ているとは思わないけど、どちらもリーダー気質で、Sっ気があるしな。

 しかも、オレへの絡みも過剰だし……。

 近い性質を持っていると対立しやすいのかもな。


 と言うか、オレだって本来は学級委員長気質だったし、どっちかというと攻められるより、攻める方が好きなんだから、S側だと思うんだけどなぁ。


 なんて考えていると、ロッソに散々口づけをされ、ネーロにブラジャーの説明をさせられた様子を思い出してしまい、記憶を追い払うようにかぶりを振る。


「ヴィオ様、大丈夫ですか?」


 後ろに控えるエミリィちゃんが小声で声をかけてくれる。


「うぅ、大丈夫と言えば大丈夫……」


 何か、授業で落ち着いて座っていられない子供みたいな扱いだな。

 中学までは優等生だったんだけどなぁ。


 何やら大事な話のようだし、集中しないと。


 一応、オレが落ち着くのを待ってくれていたのか、玉座に顔を向けると、壇上のネーロが話を再開した。


「本来は候補が揃ったら行う予定だったが、貴殿とヴィオーラ姫には従者達と共に北の森の賢者に会って、『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』の婚約許可を得てきて貰おう」


「北の森? 賢者?」


 折角、姫様失神の真相も解明して再転生は出来ないにしても、平和な日々だったのに、またもや何か起こりそうである。

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