第23話 Interlude(ベージュside)こっちの話

第二章


二三 Interlude(ベージュside)こっちの話




 ボクって誰にも似てないなぁ。


 小さい国とはいえ、第二王子として産まれ、不自由なく育ったボクに自我が目覚めた頃、最初に思った正直な感想だった。


 ボクが産まれる九日前に第一王妃から産まれた、第一王子ネーロは父である国王にそっくりだった。

 産まれた瞬間から次期国王に決まっていた彼は、幼いながらにミニ国王の風格すらあった。


 翌年、第三王妃から産まれた四つ子姫、第一王女から第四王女は一卵性で、全員第三王妃にまぁまぁ似ていた。

 瓜二つでは無いけど、親子だと言われれば十分納得の顔立ちだった。


 そんな中、第二王妃から産まれたボクだけが、父にも母にも全然似ていなかった。


 それでも、ボクが五歳になる頃までは、国勢は違っていたのだろうが、王宮内は結構ノンビリしていた。



――変わったのはヴィオが産まれてから。



 まず、一番大きな出来事は第一王妃様の産後の肥立ちが悪く、お亡くなりになってしまった事だ。


 国王陛下が愛していたのは第一王妃だけだと言う事は、子供のボクにも十分に伝わっていた。

 第二王妃母上や第三王妃を嫌っているわけでは無いけど、やっぱり第一王妃だけは別格だった。


 待望の『紫の申し子アメジスト・レイン』の中でも特別な『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』の誕生に国中が沸いたが、第一王妃の面影を強く残したヴィオを遠ざけてしまった国王の気持ちも、理解できなくは無い。


 前々から亡くなった第一王妃と仲良くしていた第二王妃母上が何かとヴィオを気に掛けるようになっていた。

 異母兄妹とはいえ、ボクも年の離れた妹が出来て、とっても嬉しかった。


 待遇が違うと、四つ子姫が意地悪をするようになってしまったとか、細々したことがありつつ、まだあの日まではギリギリ王宮内のバランスも保てていた。



――あの日、ヴィオは四つ子姫に意地悪を言われたと中庭で泣いていた。



 ヴィオが五歳で、ボクが十歳。

 四つ子姫達は九歳で、降嫁の話が具体的になりつつある時期で、荒れ始めていた。


 第一王子ネーロは国王に付いて勉強を始めていたけれど、第二王子ボクはそういう事から遠ざけられていたし、また皆で楽しく暮らしたいと子供ながらに右往左往していた。


 後を継ぐ予定も無い、嫁ぐ予定も無い自分が、一番身軽に皆のかすがいになれるのではないかと、割と本気で思っていたのだ。


 ……どうして十歳にもなって身軽な立場なのか考えもせずに。



「ヴィオは、王妃様とベージュお兄様とかくれんぼがしたいです」


 第二王妃母上の部屋に入ると、ヴィオが遊びたいと言い始めた。

 少し前までは四つ子姫が相手になってくれていた遊びをしたくなったのだろう。


「良いですよ、ではわたくしが鬼になりますね」


 第二王妃母上もそんなヴィオの気持ちを汲んだのだろう。

 元々大人しい性格な上、王妃という立場も有って普段はそういう遊びには参加しなかったけれど、この日は積極的に鬼を買って出てくれた。


「いーち、にー……」


 部屋に併設されている簡易浴室で第二王妃母上が数を数えている間に、ボクとヴィオは急いでベッドの下と鏡台の下にそれぞれ隠れた。


 ボクの隠れたベッドの下は完全に死角だし、鏡台の下も、小さなヴィオはすっぽり収まって、椅子を戻したら全然見えなくなっていた。

 鏡台がそんなに大きくないので、まさかその下に潜る人間がいるなんて、中々思わないだろう。


「ヴィオ、静がにしているんだよ」


「はーい!」


「ダメダメ、しーっだよ」


「はーい」


 子供らしい会話を交わして第二王妃母上が探しに来るのを待った。


「にーじゅうきゅう、さーんじゅう。では、探しますわよ」


 いよいよ第二王妃母上が探しに来るところで、


「ねーねー、王妃様~」


 本当は隠れていなければいけないヴィオが出てきてしまった。


「あっ、ヴィオダメだよ~」


 これじゃあ始められないので、ボクもベッドの下から這い出る。

 第二王妃母上にもう一度、数を数えてとお願いしようと思ったその時、


「あなたがどうしてそれを持っているのです!!!」


 第二王妃母上が叫び声を上げた。

 大人しい母上がこんな声を出すのをボクは聞いた事が無かった。


「ひっ!」


 息子のボクが聞いた事が無いのだから、当然ヴィオだって第二王妃母上のこんな声は聞いた事が無かっただろう。

 余りの剣幕に怯えて、手に持ってたそれ・・を離してしまった。


「落ちましたよ。母上もそんなに大声を出したら、ヴィオが驚きます」


 ひらひらと落ちたそれ・・は一枚の紙切れに見えた。

 鏡台の裏にでも挟まっていたのだろうか、少し古い物のようだ。


 手に取ってみると、小さな念写紙ねんしゃしだと分かった。

 念写紙ねんしゃしとは、念写の魔力を持つ者が目の前に居る対象をそっくりそのまま紙に写し出した代物だ。

 従来の肖像画よりリアルだと人気があるが、術者が少なく、小さい物でも高価だという。


 一国の王妃なのだから、高価な物を持っていたって別に不思議では無い。


 問題はその内容だった。


「あっ、これは念写紙ねんしゃしなのですね」


「見てはダメーーー!!!!」


 何気なく裏返しだった念写紙ねんしゃしをひっくり返すのに、第二王妃母上の悲痛な叫び声が重なった。


「……これは、ボク?」


 思わず声に出してしまうほどそっくりな身なりの良い青年が写っていた。

 でも、十歳のボクより遙かに大人っぽい。


 その青年が、少女の面影を残す第二王妃母上と親しげに腕を組んで寄り添っていた。


 お互い愛おしそうに見つめ合っている。

 子供のボクでも二人が恋人同士だと分かるような表情だ。


 そして、どうして自分が国王と似ていないのかも理解できてしまった。


 この日、ボクの無邪気な子供時代は呆気なく幕を下ろした。



◆ ◆ ◆



「僕は前から知っていたよ。子供の前だからって迂闊な話をする輩が後を絶たないからね」


 一世一代の告白は、第一王子ネーロにとって驚く物では無かったようだ。

 緊張が解けたボクは、人払いをした自分の部屋の片隅で座り込んでしまった。


「兄上が知っているという事は、当然父上もご存じな筈なのに、どうしてボクや第二王妃母上を王宮に置いているのだろう?」


「それは、第二王妃様の元恋人が父上の従兄弟だったからだよ。その方が戦死されて、第二王妃様は王室に入る事になったらしいよ」


「では、父上は分かっていて第二王妃母上と結婚したのかな……」


「恐らくね」


「でも、今の第二王妃母上にそれを伝えても、お耳に入るかどうか……」


「まぁ、今は難しいだろうね」


 あの念写紙ねんしゃしが見つかった日を境に、第二王妃母上は心を病まれてしまった。

 ずっと誰かに謝ったり、何かに怯えたり……。

 部屋からも全く出なくなってしまった。


「兄上はボクの処遇をどうするつもりなんだい?」


「処遇?」


「だって、遠縁とは言え、王家の直系じゃ無いんだよ?」


「ベージュは王様になりたいのかい?」


「いや」


 反射的に答えると第一王子ネーロは面白いとばかりに口元を緩めた。


「ふっ、即答とは良いね。将来、僕と国王の座を争わないというなら、僕は何かするつもりは無いよ。欲を言わせて貰うと、僕の役に立つような大人になって欲しいって所かな」


「一人で何でも出来るじゃないか」


「そうでもないよ。自分から弱点は晒さないだけさ」


 少し無言になったところで、遠慮がちに部屋の扉が開いた。


「あれ? ヴィオ?」


 入ってきたのは目を腫らしたヴィオだった。


「ネーロ様、ベージュ様、申し訳ありません。ヴィオ様がどうしても入りたいと仰いまして……」


 謝り倒すメイドをどうにか下がらせて、ヴィオを部屋に入れる。


 部屋に入ったヴィオは本当の兄であるネーロを避けるように大回りして、ボクに抱きついてきた。


「はは、嫌われたものだな」


「普段あまり関わりがないから、ヴィオもどうしたら良いのか分からないんだよ」


 自嘲的に微笑むネーロに言葉をかける。

 しかし、ネーロは難しい顔でヴィオを見つめた。


「今まで第二王妃様のご厚意に甘えてしまっていたけれど、これからヴィオの立場はより一層難しいものになっていくだろうな」


「どういう事だい?」


「第一王妃は五年前に亡くなり、第二王妃様はご病気になってしまわれた。第三王妃様は公にはなっていないけれど、四つ子を出産がご負担になり、これ以上の出産は難しいらしい。まだもう暫くは大丈夫だろうけど、四つ子姫達が嫁ぐ頃に新しい王妃を迎える事になるだろう」


「そんな……」


「その頃、僕やベージュはある程度大人になっているからそんなに困らないだろうけど、ヴィオは大変だろうな」


 下を見るとヴィオがボクの腕の中で小さく震えていた。

 話の内容は難しくて分からなかったと思う。

 ボクだって、大人の世界がそんなにややこしくて秘密裏に先々の事まで決まっているなんて知らなかった。


「ベージュお兄様、ごめんなさい」


「何を謝っているんだい?」


「だって、王妃様、ヴィオのせいで具合が悪くなっちゃったんでしょ? ヴィオが悪い子だからなんでしょ?」


 まん丸な菫色の瞳から大粒の涙がボロボロ零れる。


「違うよ! ヴィオが悪い子だからじゃない!」


 気付くと幼いヴィオを強く抱きしめていた。


「でも……」


「あの紙をたまたま見つけたのがヴィオだっただけだ。ボクが見つけてもおかしくなかったし、本来、王宮に上がるときに処分しておくものだったんだよ。だから、ヴィオが気に病む事は無いんだよ。あの紙を見つけてしまった事は忘れて良いんだよ!」


 本当にそうなのだ。

 一層の事、ボクが見つけてやれば良かった。

 こんな小さな子供が背負うには重すぎる。


「だけど、王妃様もヴィオが嫌いになっちゃったのかな? お姉様達みたいに……」


第二王妃母上はヴィオが嫌いになったんじゃ無いよ。ちょっと今は具合が悪いけどさ。それに、四つ子姫たちだって、嫌いって言うのとは少し違うんだよ。難しい時期なんだ」


「うぅ……」


 ヴィオには難しかったらしく、首をかしげている。

 確かに五歳相手に複雑な話をしすぎてしまったかも知れない。


「とにかく」


 ボクは小さく咳払いをする。

 そして、


「ボクはヴィオがだ~~~い好きだよ!」


 そう言って、ぎゅーっと抱きしめる。


「ほんと?」


 ヴィオの顔に久しぶりに笑みが浮かぶ。


「うん! ヴィオ可愛い! ヴィオ大好きだよ!」


「おい、それで良いのか?」


 ネーロが心配そうな表情を向けてくる。

 第二王妃母上を追い詰めたヴィオを許すのかと聞きたいのだろう。


「これで……いや、これが良いんだよ」


「でも、妹大好き、妹可愛いって、少し変態的だけど……」


「良いよ。ヴィオが笑ってくれるなら、ボクは変態にだって何だってなってやるよ!」

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