第10話 Interlude(ネーロside)小さな宝物のままで

第二章


十 Interlude(ネーロside)小さな宝物のままで




 ヴィオが産まれたとき、待望の『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』を授かったと国中が沸いた。

 しかもヴィオは王家の姫君、生母は第一王妃。

 血筋も文句のつけようがない。


 このアメジスト王国では、確かに兄妹婚は違法では無い。

 だが、昨今では余程の事情が無ければ見かけない物になっていた。


 その余程の事情がヴィオの誕生だった。


 せめて私とヴィオが異母兄妹だったら、産まれた時から婚約ということも起こりえたかも知れない。

 けれど、第一王妃である母がそれは止めて欲しいと国王に頼み込んだらしい。

 産後の肥立ちが悪く、程なくして亡くなってしまった母の事実上の遺言だった。


 流石に遺言は反故に出来ない。

 次期国王は第一王子である私が引き継ぎ、ヴィオは巫女として国に残るという事になった。

 国や地域によっては、巫女は結婚できない所もあるらしいが、アメジスト王国ではそういう規制も特にない。

 ヴィオにも然るべき婚約者が用意された。


 この話が出ていた当時、私は五歳だった。

 だから、皆、油断したのだろう。

 お喋りなメイドだけでは無く、文官達や時には国王である父上でさえ、私の前なのに平気でこの事を話していた。


 子供の理解力を甘く見ない方が良い。

 五歳よりもっと幼い頃の話だって、かなり理解していた。

 自分は将来子供を授かったら、絶対に子供の前で重要な話はしないと心に決めている。


 子供の前でする話では無いと思うが、ヴィオとの婚約は無いと知って、正直、助かったと思った。


 まず、産まれたばかりの妹を見ても、将来のお嫁さんにしたいとか全く思わなかった。

 それに、成長するにつれ、どんどん引っ込み思案になった姿は、頼りなくてある意味可愛らしいと思う反面、人間としての魅力は乏しいと評価していた。


 とにかくヴィオが可愛くて可愛くて仕方の無い、異母兄妹である第二王子ベージュとは違うと、ヴィオ自身も分かっていたのだろう。

 年を重ねるごとに、私とはまともに話す機会は減っていった。


 確かに、幼い頃、ヴィオからのささやかな希望を父や私が却下した事は多かったと思う。

 でも、私自身も色んな事を却下されてきたが、その中でもベストを尽くそうと日々努力してきたと自負している。

 直ぐに諦めて殻に籠もっていく妹は、いつまでも幼く、年齢以上に頼りなく感じていた。




 そんな妹が急に国外に嫁ぐことになった。

 沢山の候補がいたが、強引に面会を申し出てきたのは、あの帝国の騎士団長だった。


 まぁ、どうせまともな話も出来ずに面会は失敗に終わるだろうと思っていた。

 だけど、あの日からヴィオは変わったのだ。


 自分から話す彼女を見たのは、いつ以来だろうか?

 自分の考えを話す彼女を見たのは、いつ以来だろうか?

 あんなに生き生きした目をした彼女を見たのは……。


 いくら何でも急に変わりすぎだろう。

 いきなり夜中に城を抜け出したり、勉強したいと言い始めたり。


 最初はあの帝国騎士が何か吹き込んだのかとも思ったが、妹とは初対面だと言うことを考えると現実的では無い。


 それならば、国内の誰かにヴィオは利用されて、あんな風に性格が急変したのだろうか?

 どの派閥の仕業かも分からないし、念のために国王が留守中に白黒ハッキリ付けておく必要があるだろう。



 だから、国王が留守の日を狙って、ヴィオを私室に招いた。



◆ ◆ ◆



「駆け引きは苦手なんだ。単刀直入に聞こう、お前は誰の指示を受けている?」


 のこのこ部屋にやって来て、油断したところを壁際に追い詰めて睨み付ける。

 今までのヴィオだったら、震えて泣き出しただろう。


 しかし、彼女は不敵に微笑んで見せたのだ。


 しかもそれだけでは無く、


「お兄様、私は誰の指示も受けていません。このまま何もわからずに嫁ぐのが嫌だったので、自分で考えて行動するようにしたのです」


と、私の目を真っ直ぐ見て言って来た。


 衝撃だった。

 次の一手を考えようとしていたら、不意にヴィオが額同士をくっつけてきた。


「ダメだ。誰も呼ぶな」


 熱が出ているのがバレて、医者を呼ぼうとする妹を止める。


 私は、休んでいる場合では無いのだ。

 やることが山ほどあって、しかもそれを完璧にこなすことが当たり前だと思われている。


 なのに、ヴィオは休めと言ってきた。


「風邪に大切なのは栄養と睡眠ですよ」


 強引に着替えさせられ、ベッドで甘くて不思議な飲み物を飲まされる。

 何だか完全に妹のペースで腹が立つ。

 少し意地悪をしかけたが、いきなり頭突きをされたりと散々だった。


 それでも、何だかんだ言って私の希望通り手を繋ぎ、話をしているヴィオは、甘い。

 その甘さが妙に心地よく、気付いたら眠ってしまっていた。



◆ ◆ ◆



――目を覚ますと、早朝だった。


 汗は凄いが、頭はスッキリ冴え渡っている。

 こんなに長く寝たのは久しぶりだ。


「熱も……下がっているな」


 起き上がろうとして、左手の温もりに気がつく。


「ずっと手を繋いでいたのか」


 ベッド脇でブランケットに包まり眠る妹。


「ヴィオ、私はもう大丈夫だから起きなさい」


 声をかけるが、起きる気配は全くない。


「ヴィオ」


「むにゃむにゃ、揉まないでくださいむにゃむにゃ」


 ん?

 に、どこ・・を揉まれている夢を見ているんだ?


 大方、第四王妃と第五王妃あたりが悪ふざけでもしたのだと思うのだが……。


「むにゃむにゃ」


 ここ最近、ガサツになった部分も多いのに、妙に大人びた表情をするときがあって困る。

 そう思うと、万が一のこともあるのか……。


 少し意地悪をしたくなってしまった。


 よく眠っているし、少しぐらい持ち上げたって起きないだろう。

 ヴィオを抱えて、ベッドへ移動させる。


「本当に、全然起きないな」


 眠りが浅い身としては、羨ましい限りだ。

 先程抱っこしたときも思ったのだが、小さくて、軽くて、とても柔らかい。


 戯れで首筋に跡でも付けて驚かせようと唇を近づけたが……


「むにゃむにゃ早く治してください……むにゃ」


「…………」


 起きている時とはまるで別な幼い顔。


「興がそがれたな」


 代わりに瞼にそっと口づける。

 彼女が産まれた頃から暫く続いていた習慣だ。

 ……いつから止めてしまったのだろうな。


 紫苑色の真っ直ぐな髪をひと撫でして、浴室へ向かうことにした。




「ネーロ様」


 風呂を済ませ、朝食のために食堂へ行く途中で、近侍が近寄ってきた。


「昨晩、ヴィオ様を寝所に招いたと噂になっております」


 声を潜めて伝えてくる。


 私のお付きのメイドは身元もしっかりしているし、変な噂を立てたりしない人選をしている。

 それに、ヴィオのところのエミリィも心配ないだろう。


 とは言え、ヴィオも別に隠れて私の部屋に来たわけでは無い。

 いくら国が大変でも、平和ボケした貴族や召使い達からすれば、ゴシップの方が面白いのだろう。


「火消しは早いほうが良いだろう。私の方で済ませておく。お前は噂の出所を探れ。お喋りには然るべき処分を下す」


「承知しました」


 まぁ、ヴィオには気の毒だけど、ちょっと利用させて貰おうか。




 正に飛んで火に入る何とやらだ。

 食堂へ飛び込んできたヴィオは、私の顔を見て真っ赤になって詰め寄ってきた。


「おはようございます、ネーロお兄様」


「おはよう。朝食に顔を出すのは珍しいな」


「そりゃあ、顔を出しますよ。昨日の……」


 おっと、変なことを言われる前にこちらも火消しをしておかないと。

 食堂にいる王族や顔を出している貴族、メイドや召使い達がこちらの様子を伺っているのを確認して、敢えて声を張る。


「ヴィオお前も、もう十六なんだから、お化けが怖くても一人で寝るんだよ」


「なっ!」


 余裕の微笑みを浮かべる私に、言葉を失う気の毒な妹。

 昨晩はこちらが散々不意を突かれたのだ。

 これでおあいこだろう。


 せめてもの情けで手は出していないと教えたのに、ヴィオは怒りが収まらない様子だ。

 けれど、ここで迂闊な発言を避ける程度の判断力は持ち合わせているらしい。


「私のことからかって楽しいんですか?」


 菫色の丸い瞳でこちらを睨み付けてくる。


「新しい楽しみに目覚めそうだよ」


 誰かに渡すのが不愉快になりそうで困るな。

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