第11話 ポニーテールモード
第二章
十一 ポニーテールモード
「で、お前はどうして私の執務室に居座っているのかな?」
処理している書類の山が一段落したのだろうか、長兄ネーロが執務室のソファーに座るオレに、冷たい視線を送ってきた。
「図書室で読みたい資料も結構読んでしまったので、お兄様の執務室でもお勉強させて頂きたくって。勿論、禁止されている資料には触りませんから」
正直、次期国王の冷たい視線は中々キツいモノがあるのだけど、慌てたり、怯えたりするのは相手の思う壺だ。
なるべく落ち着きを払って、堂々と答える。
ってか、妹相手にそんなに睨まなくても良いじゃないか。
こんな風に威圧されたら、そりゃあ鏡の中のお姫様はどんどん引っ込み思案になっちゃうよ。
色々規制してきたのが、五歳しか違わないネーロのせいだけだとは思わないけどさ。
でもさ、オレだったら、こんなに可愛い妹がいたらもの凄く可愛がるけどなぁ。
……って、それじゃあ変態次兄ベージュと一緒か。
いや、一緒ではないな。
オレ、変態じゃねぇし……多分。
オレが変態かどうかはさて置き、先日、長兄を看病して以来、少し打ち解けることは出来た気がする。
見ての通り、決して仲良くなったわけでは無いけれど……。
オレも図書室の勉強時間は少し短くして、午後は色んな人と話す方針に切り替えた。
やはり、勉強だけでは理解できないことがある。
それに、王宮の人たちの事が少しずつ分かり、過ごしやすくなってきたというのも大きな理由だ。
長兄の執務室へも一日おきに顔を出している。
必ず憎まれ口は叩かれるが、何だかんだで部屋には置いてくれるし、資料の整理の仕方とか基本的な仕事もちょっと教えてくれるから、そこまで邪険にもされていないような気がする。
イヤミは凄いけど。
まぁ、慣れてきたよな。
それに中学までは生徒会長とか色々任されていたから、規模は違うけれど、こういう作業は嫌いじゃない。
「それは熱心な事だ。そうやって髪を縛っているとまるで見習い文官だな」
「あ? これですか? やっぱり勉強するときにロングヘアって邪魔なんですよね。ポニーテールにしてみたんですよ!」
緩くカールさせた紫苑色のポニーテールを自慢げに兄へ披露する。
ってか、ポニーテールってめっちゃ可愛くない?
オレの好きなヘアースタイルのかなり上位に入るんだけど。
まぁ、言うまでも無いんだけど、本当は自分でするのでは無く、見るのが好きなんだけどさ。
でも、このお姫様は絶対似合うと思ったんだぁ。
今日は大した用事も無いし、比較的ラフなワンピースを着ていることもあり、またポニーテールが良くマッチしている。
いつも可愛いけど、今日のファッションは特に満足。
早く、元のお姫様がやっているところを見たいものだ。
「そうか……。それは、髪がカールしているのか?」
「ああ、巻いたんですよ」
「……ちょっとこっちに来なさい」
執務机の方へ呼びつけられる。
まるで上司と部下だな。
何か気に障ることを言ったかな?
それとも、お姫様が髪を巻くなんて、ちょっと軽薄だったかな?
イヤミな先輩に呼びつけられた新米社員の気持ちで、執務机へ向かう。
いつの間にか部屋から部下やお付きのメイドは下がっていた。
これはマジな注意かな?
こいつ、説教がクドそうだし、怒られる前に弁解して機嫌を取っておいた方が良いだろうな。
申し訳なさそうな表情に切り替える。
「あのぅ、お兄様。この髪がそんなにダメでしたら……」
「ここに座りなさい」
「は? どこですって?」
「ここだ」
示されたのは、執務机の大きな椅子。
今、長兄ネーロが座っている椅子だ。
そう、座っているのだ。
そして、指差されたのはネーロの脚の間。
「え? どうしてですか!?」
「近くで見ないとよく分からないだろう」
当然だろうと言わんばかりの落ち着いた態度。
あんまり堂々と言われると、逆に断りづらい。
部屋にも居座らせて貰っているし。
まぁ、座るくらいなら良いか。
「……分かりました。失礼します」
遠慮がちにネーロの脚の間に腰を下ろすと、直ぐさま後ろから抱きかかえられてしまう。
「おっ、お兄様!?」
「お前の慌てる顔は面白いな」
「ちょっと、面白さならもう十分提供できていますよね。早く離してください」
「何だ。仕事の合間に妹に指導までしている兄に向かって冷たいな。休憩中にクッションでリラックスするようなものだ」
「クッションならソファーから持ってきますよ」
「どうせなら、抱き心地が良い方が良いに決まっている」
うわぁ、元の世界でオレに足りなかったのは、この強引さだな。
自分が仕事で疲れたからって妹をクッション代わりにするか?
するんだな。
イケメン界では、きっとそうなんだな。
「どれ、この髪はどうなっているのだ?」
一応、当初の用件を思い出したようで、ポニーテールを掌で弄び始める。
変に逆らっても長引きそうだし、とっとと質問に答えて、とっとと解放して貰おう。
「あー、お茶を入れるときに使う、保温用のプレートがあるじゃないですか」
「ああ」
「調理用で同じ魔法が施されている筒状のものがあるんですよ。で、余っているものを頂いて、短く加工して貰って髪に巻きつけたんです」
要はホットカーラーなんだけど、まぁ、髪を巻くための道具じゃない割に上手くいった。
加工したのはオレじゃないけどね。
「温めると髪が巻けるのか。これは永続的なものなのか?」
「いや、全然ですよ。そもそも熱が弱いからある程度の時間で元に戻りますし、お風呂に入れば一発で取れちゃいますよ」
何を隠そうオレ自身、元の世界で使ったことがあるのだ。
元々のオレも髪が直毛で、高校に入るときにワックスとかやっても上手く決まらないから、軽くウェーブをかけようと挑戦したのだ。
結果、変なクルクル頭になってしまったから、速攻で封印したけど、何でも経験しておくものだな。
まさか異世界のお洒落で役立つとは。
「そうか。化粧のような変化が髪質でも起こせるというのは凄いな。これはヴィオが考えたのか?」
「まぁ、考えたというかなんと言うか……」
ホットカーラーを
しかし、ネーロはオレが考えたものだと受け止めたようだ。
まぁ、この世界ではそうだから良いか。
「使えるアイディアだな」
変化した髪質を確認するように、後ろから更に抱き寄せられ、髪に口づけをされる。
「んっ」
後ろから抱きしめて来る掌が、腰やお腹へ動く度に、くすぐったくて身もだえてしまう。
オレの困った様子に、ネーロの微笑が吐息と共に漏れ聞こえてくる。
程なくして、違和感に気付いたようだ。
「おや? ヴィオ、お前コルセットはしていないのか?」
この国ではドレスの時のキッツいコルセットとは別に、普段も女性はそれなりのコルセットをするものらしい。
腰やお腹を散々触ったから、コルセットの堅い感触が無いことに気付いたのだろう。
「いや、普段用のコルセットも締め付けがキツくって。エミリィに頼んでブラジャーを作って貰ったんですよ」
「ブラジャー? 何だそれは?」
「コルセットの胸の部分だけを残したような下着です」
「どんな利点があるのだ?」
「とにかく、締め付けも少ないのが良いですよ。ちゃんとしたドレスの時はダメですけど、平服なら十分だと思いますよ。動きやすいし。こう言うの、女の人は欲しがると思うんだけどなぁ」
働く時とか特に動きやすさ重視だと思うんだよなぁ。
オレなんて働いてはいないけど、勉強するのだってコルセットより全然楽だし。
まぁ、厳密に言うと、男の時の開放感に比べたら、ブラの時点である程度締め付け感はあるさ。
でも、このお姫様の大きな胸を支えるには筋肉だけでは足りないのだ。
一回何も付けないで試してみたけど、重いし、揺れるしで大変だった。
しかも、エミリィちゃんに速効で見つかって怒られたし……。
嗚呼、女子って大変だな。
「需要があるのか……。ちょっと見せてみなさい」
「へ? え? あっ……」
背後を取られている事が災いして、ろくな抵抗をする前にワンピースの背中のボタンをあっという間に外されてしまう。
え?
めちゃくちゃ早いんだけど。
何なの?
この兄さん、脱がし慣れてるの?
「成程、確かにコルセットの胸の部分だけだな」
「ちょっと、後ろから覗き込まないでくださいよ」
「見なければ、どんなものだか分からないだろう」
こっちは慌てて胸を隠そうとするが、兄は平然と隠そうとするオレの腕を外し観察し始める。
何なんだよ、こっちばっかり恥ずかしがって、余計に恥ずかしくなるじゃないか。
それとも、女の子の身体なんて見慣れているから、こんな姿じゃ何とも思わないのか?
そもそも妹相手に照れたりしないのか?
「っつーか、触らないでくださいってば!」
「お前も分からない奴だな。触らなければ分からないだろう。……ん? この後ろの部分の金具は何だ?」
なーんて、オレが色々考えている間に触り始めてきた。
注意しても気にも留めないし。
オレばっかり照れてたら、何かこっちだけ変に意識しているみたいじゃないか。
くそっ。
半ば自棄になって兄の質問に答えることにする。
「ホックですよ! 簡易ボタンのようなものです。それに引っかけて着られるから、コルセットの様に紐で縛り上げるより楽なんですよ!」
「しかし、こんな簡単に外れるもので強度は大丈夫なのか?」
「片手で外すな~!!!!」
ほんと、マジでブラジャー初見なのか!?
イケメンは初見でも片手で外せるのか!?
オレなんて男の時は外す機会も、そもそも間近で見る機会も無かったし、こうして姫の身体になっても自分で付けるのだって、こんなにスムーズには出来ないっていうのに。
――コンコン
「ヴィオ様、賑やかなのも結構ですが、ネーロ様のお仕事の邪魔になってしまいますし、そろそろ……」
オレの叫び声が聞こえたのだろうか、ノックと同時にエミリィちゃんが執務室の扉を開けた。
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