第6話 王妃の条件

第二章


六 王妃の条件




「『紫の申し子アメジスト・レイン』だから?」


 思わず聞き返してしまった。


 どうして平民出身の二人が王室に入ることになったのかを訊いたのに、その答えが『紫の申し子アメジスト・レイン』だったからってどういう事なんだよ?


 このアメジスト王国では、瞳か髪が紫色の者を『紫の申し子アメジスト・レイン』と呼んでいる。

 更に、オレのように髪も瞳も両方紫色の者は『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』と呼んで、特に大事にしているらしい。


 しかし、そんな身体的特徴の一つが、今の話に関係あるのか?


 ローザ様はオレの疑問に答えようと説明を始めてくれる。


わたくし達が王宮に上がった六年前だと、ヴィオ様はまだお小さかったからご存じなかったのかも知れませんわねぇ。わたくし達の世代って、国王陛下より大分年下で、しかも第一王子ネーロ様より少し年上でしょう。ですからぁ、本来は王宮に上がる世代ではないのですよぅ」


 確かに、長男であるネーロが二十歳過ぎなんだから、父親の国王は若く見積もってもアラフォー。

 二十代半ばの王妃お二人は、あまり王宮入りが期待できない世代なのだろう。


 オレが話を理解するのを待って、ローザ様がゆっくりと話を継続する。


「それで、この世代の『紫の申し子アメジスト・レイン』である貴族のお嬢様方は年頃になると早々に嫁いでしまったのです。けれど突然、王妃の追加の話が出て、平民のわたくし達に白羽の矢が立てられたのですわぁ」


 ローザ様の話を聞きながら、オレは鏡の中のお姫様に聞いた家族構成をフル回転で思い出す。


 第一王妃は、第一王子ネーロ第五王女ヴィオーラの母親で、お姫様ヴィオ出産後程なくして亡くなったらしい。


 第二王妃は、第二王子ベージュの母親。

 現在、療養中らしく、オレが転生してからは会ったことがない。


 第三王妃は、第一王女から第四王女までの母親。なんと四つ子だったらしい。

 六年前、当時十四歳だった四人がそれぞれ嫁いだのを機に、隠居したらしく、こちらもオレは会ったことがない。


 成程。

 第三王妃が隠居して城に王妃が居なくなるのは困るから、追加の話が出たんだな。

 で、若いけど、第一王子よりは年上という絶妙な年齢の二人が第四王妃と第五王妃になったということか。


 年齢的にイザベラ様とローザ様が選ばれたのは分かったけど、今までの話からすると、貴族とかの血筋よりも『紫の申し子アメジスト・レイン』であることが優先される訳か。


「やっぱり、アメジスト王国って言うだけあって、王妃になるには『紫の申し子アメジスト・レイン』であることが大切なんでしょうかね?」


 やっと質問が出来る程度に話が分かり始めた。

 すると、オレの質問に今度はイザベラ様が口を開く。


「わたくし達も詳細は分からないのです。ただ、『紫の申し子アメジスト・レイン』は国の宝、そしてヴィオ様のような『真の紫の申し子ヴェラ・アメジスト』は幸福の象徴と言われておりますからね。絶対に遺伝するわけではありませんが、王家としては沢山の『紫の申し子アメジスト・レイン』が欲しいのでしょうね」


 ここでまた長い足を惜しげも無く組み直して、続ける。


「そして、きっとそれが貴族の血筋よりも大切なのでしょうね」


 やはりそういう事なのか。


 緊張のあまり渇きを覚えた喉に紅茶を流し込んだら、すっかり冷めてしまっていた。


「って、ヴィオ様、真面目に考え込みすぎですわ」


 今の話を吟味してすっかり考察モードになっていたところ、急にイザベラ様がフランクな口調でにっこり微笑みかけてきた。


 そして――


――ぷにゅっ


「へ?」


 いきなりオレの左胸を鷲づかみにしてきた。


「あらっ、ローザ。ヴィオ様ったら結構良い物をお持ちよ。貴女と同じくらいに育つかも知れないわね」


「そうなのぅ? 大きいと喜ばれるけど、本人は重くて大変なのよねぇ」


――ぷにゅっぷにゅっ


 あろう事か、ローザ様が右胸を確認するように揉み始める。


 え?

 何これ?

 これが噂の更衣室とかで行われるという、女子のコミュニケーションってやつなのか!?


 とにかく、綺麗なお姉様方に胸を揉まれまくるシチュエーションはヤバすぎる。

 これこそ、本当に遠くから見て、動画を取らせて欲しい。

 せめて写真。

 

 でも、自分が揉まれる立場だと翻弄され過ぎて、何も考えられないし、取り敢えず止めて貰わなければ……。


「ちょっ、ひゃっ、やっ、止めてください」


「きゃー! ヴィオ様ったら、真っ赤になって可愛らしいわ!」


「バストアップのマッサージを教えて差し上げますわぁ」


 ひぎゃ~!

 逆効果だ~!!

 王妃様達のS魂に火を付けてしまったよ~。

 ねぇ、これ大丈夫なの?

 良いの?

 いや、ダメだよね。

 知ってる。


 決して男に揉まれたかったわけでは無いが、最初に揉まれた相手が王妃様達とは予想外だった。

 揉みくちゃにされると、二人の香水が鼻腔をくすぐり頭がぼーっとしてくる……って、マズイだろ!

 素数だ、素数を数えるんだ……。



「バストは足りているので、アップしなくて良いです」


 素数の効果なのか、どうにか切り返すと二人の手が少し緩んだ。


「バストアップは大きくするだけが目的では無いのよぅ。垂れないようにするのが一番大切なの」


 ローザ様が自分の豊満すぎる胸元をチラッと見せてくる。

 確かに、張りのあるバストだ。とても四児の母とは思えない。


「ヴィオ様のメイドちゃんはエミリィちゃんだったかしら?」


「左様です」


 イザベラ様に声をかけられて、王妃のメイドからおもてなしを受けていたエミリィちゃんが慌てて立ち上がる。

 エミリィちゃん自身もかなり強引なおもてなしを受けていたので、オレの惨状を見て、可愛らしい目を見開いている。


「こう見えて、ローザはマッサージの名人なのよ。エミリィちゃん、これを覚えてヴィオ様に毎日やって差し上げなさい」


「え? このマッサージをですか?」


「そうよ、何赤くなっているのよ、ちゃんと見なさい」


「ですが……」


 エミリィちゃんが呆然としている間にローザ様の本格的なマッサージが始まる。


「痛い痛い痛い~~~!!!」


「ヴィオ様、美容は我慢ですよぅ。背中の肉は説得すれば胸になりますわぁ」


「背中の肉と話し合いたくない~」


「二の腕は絞るように揉むべしですわぁ」


「うぎゃ~!!!」


 女の人たちが行きたがるエステって、こんな感じなのか?

 あまりの痛さに薄れ行く意識の中、やはり生まれ変わるなら男が良いと強く再確認した。



◆ ◆ ◆



「ヴィオ様、つい本気でマッサージしてしまって、大変失礼いたしましたわぁ」


 三十分ほどのマッサージが一段落して、どうやらローザ様は落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 オレもどうにかこうにか意識を取り戻せた。


「いえ、すっごく痛かったですが、終わってみたら身体が軽くなりました」


「ああ、良かったわぁ。最近、ヴィオ様が図書室に籠もりきりだって伺っていたので、肩凝りも解しておきましたのよぅ」


 腕まくりをしてマッサージをしていたローザ様の洋服をお付きのメイドが素早く直す。

 その様子を眺めていると、イザベラ様も少し申し訳なさそうにオレに頭を下げる。


「最近、ヴィオ様が明るくなられたから、もっと仲良くなれるかと思って、嬉しさの余り調子に乗ってしまいましたわ。申し訳ありません」

「あっ、そんな。いきなり胸を揉まれたのはビックリしましたけど、楽しいお茶会でしたよ」


 ちょっと強引な部分もあったけど、お茶やお菓子も美味しかったし、肩も軽くなったし、悪い人たちでは無いのはこの短い時間でも十分に分かった。


「またこのサロンにもいらしてくださいね」


「勿論です」


「今度は殿方に喜ばれるマッサージを伝授いたしますわぁ」


「それは結構です」


 はぁぁ、そのマッサージはする方じゃ無くて、される方に早く戻りたい。

 マジで。

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