第4話 王妃たちのティーパーティー

第二章


四 王妃たちのティーパーティー




「やっぱり、アメジスト王国って言う名前だけあって、アメジストが採れるんだなぁ……」


 持っていた地質学の本に栞を挟んで伸びをする。


 壁掛け時計を確認すると、二時過ぎを指している。

 基本、朝食後から図書室に篭り、昼食も勉強しつつ取るので、五時間ほど座りっぱなしだった。

 今日は休憩らしい休憩もとっていないし……。


「流石にちょっと疲れたなぁ」


 白くてしなやかな腕を上に向けて大きく伸びをする。

 身体が伸びて心地が良い。


 今日はこの辺で切り上げて、少し運動でもしようかな。


 なんて思ったところで、遠慮がちにエミリィちゃんが声をかけてきた。


「ヴィオ様よろしいでしょうか?」


「ん? どうしたの?」


「そろそろ本日の学習は終わりでしょうか?」


「ああ。今日は新しい分野の本をザッと確認しただけだけど、これ以上手をつけると、夕飯までに終わらなそうだしな」


「左様ですか……」


 いつもはっきり物申すエミリィちゃんにしては珍しく歯切れが悪い。


「エミリィ、何かあったの?」


「ええ、……第四王妃イザベラ様と第五王妃ローザ様からお茶会のお誘いがございました」


「お茶会?」


 女子じゃないから詳しくはわかんないけど、お茶会ってみんなでお菓子をつまみながらお喋りするアレだろ?

 マナーは一通り勉強したけどさ。


「正式なものではなく、あくまでも簡単なものらしいのですが、如何致しますか?」


「因みにだけど、私って今までその手の会には顔を出した事あるの?」


 さも記憶が混濁しているのをアピールするように、こめかみへ指先を当てる。

 かれこれ一週間以上、記憶混濁キャラを演じているので、エミリィちゃんも最早気にしていないようだ。

 知らなくて当たり前とばかりに説明を始めてくれる。


「正式な会でしたら勿論ありますが、ここ一年自分が見ている限り、断れる会は断っておいででした」


 だよね~。

 あの引っ込み思案のお姫様が、用もなくお茶会に出るわけないよな。


 予想通りだと思う反面、せめて城内の女性陣と打ち明けていれば、絶望で魂が抜けることも無かったんじゃないかなぁ……なんて思ってしまう。


 そっかぁ。

 この身体を姫に返した後に、仲の良い相手がいた方がいいよな。

 気が合うかどうかは話してみないとわからないけど、話せる機会を逃すのは勿体無い。


 姫のためでもあるし、オレ自身の情報収集のためにも。

 第四王妃と第五王妃には食堂で会うけど、席も離れているし、中々話す機会がないのだ。


「折角だし、お呼ばれするよ」


「ではお断りの手配を……って、行かれるのですか?」


「え? ダメ?」


「ダメじゃありませんが、予想外で驚いただけです。ですが、ヴィオ様、ちゃんとお茶会のマナーは覚えておいでですか?」


「まぁ、一応一通りは……」


一応・・ですか?」


 やっ、ヤバイ。


 部屋の空気が冷たくなるのを感じる。

 エミリィちゃんの視線が冷たいのだ。


 記憶混濁状態のオレを甲斐甲斐しくお世話してくれて本当に感謝しているのだけれど、この娘、怒ると怖いんだよなぁ。

 特に王様と夕飯を食べる上、席も近いので、食事のマナーに関してはマジで厳しい。


 勉強の合間を縫って、最初の数日間で行われた地獄の特訓を思い出すと、トラウマの余り血の気が引く。

 特にカトラリーの位置と名前を覚えて、スムーズ使うのがキツかった。

 覚えるのはまぁまぁ直ぐに出来たんだけど、実際に使うのが難しいのだ。

 つい、どれも同じナイフやフォークを使ってしまう。

 その度に最初からやり直しになるのだ。

 マナー練習用の食事だからお皿にはほんの少ししか食材が乗っていないとはいえ、繰り返すのはかなりシンドイ。

 最後のデザートで間違った時には目の前が真っ暗になった。


「ヴィオ様」


 エミリィの声に条件反射ですくっと立ち上がり、背筋を伸ばす。


「お茶を飲むとき、スプーンはカップの奥! カップを持ち上げるときは取手ハンドルに指入れない!」


 まるで敬礼でもする様な勢いで答えると、エミリィちゃんが難しい顔で頷く。


「基本は覚えている様ですね。自分もフォローしますから、くれぐれも暴走しないよう気をつけてくださいね」


 うわぁ。

 全然信用されていない。


 そりゃあ、そうか。

 姫の身体にオレが入ってしまってから何かと苦労をかけているし、今日はなるべく迷惑をかけないように頑張ろう。

 なるべくだけど。



◆ ◆ ◆



 王妃たちのサロンは王宮と離宮の間、所謂中庭に建っていた。

 

 勉強漬けの日々だったので、中庭とは言え、久しぶりの風を感じ気持ちが良い。

 

 決して大きな建物ではないが、大理石で建てられたサロンは白がベースで、薔薇や月桂樹などが華やかに彫刻されている。

 更に窓は大きなステンドグラス。


「うわ~、流石王妃様たちのサロンだなぁ」


「ヴィオ様もご希望ですか?」


 口を半開きにして感想を言うオレにエミリィちゃんが少しからかうように声をかけてくる。

 基本、真面目でちょっと……かなり怖いエミリィちゃんだけど、たまにこう言う冗談も言ってくれるくらいに打ち解けてきた。


「いや、活用の仕方がわからないや」


 オレの方も冗談を軽く笑い飛ばし、サロンの扉をノックする。


「お入りください」


 返事と同時に中から扉が開く。


「本日はお茶会にお招きいただき、ありがとうございます」


 お辞儀をして顔を上げると、サロンの中には二人の王妃とそれぞれのお付きのメイド、四人しかいなかった。

 決して広くはないサロンだが、オレとエミリィちゃんも入れて六人だと流石に広く感じる。

 本当はこの倍の人数くらいは入れるだろう。


「ヴィオ様、来てくださって嬉しいわ。さぁ、お座りになってください」


 わざわざ二人の王妃は立ち上がって出迎えてくれた。

 第四王妃イザベラ様がサロン一番奥の席を勧めてくれる。


 この世界に来て一週間、やっと名前と顔が一致してきた。

 殆ど図書室で過ごしているから、王妃の子供達の名前とかはまだ覚えきれていない。


 イザベラ様は二十代半ばの青紫色の髪をした『紫の申し子アメジスト・レイン』だ。スリムで顔立ちはキツめの美女。

 今日もその素晴らしい体のラインが分かる服がよく似合っている。


 ああ、オレが元の体だったら姉ちゃんになって欲しい。

 そして、意地悪言った後に優しくして欲しい。


「はい。ありがとうございます」


「まぁ、そんな緊張なさらないで。ヴィオ様はフルーツティーってお好きかしら?」


 返事もそこそこに座ってしまったオレに優しく微笑んでくれたのは、第五王妃ローザ様。

 こちらも二十代半ばといったところだろう。

 二人とも直接年を聞いたわけじゃないから、あくまでも見た目年齢だけど。


 ローザ様は赤紫色の髪をした『紫の申し子アメジスト・レイン』だ。

 髪はゆるふわで、程よい肉付きで、しかも泣きぼくろが凄く色っぽい。


 オレが元の体だったら、お姉ちゃんになってひたすら優しくして欲しい。


 嗚呼、オレ、疲れてるのかな?

 とにかく、優しくして欲し~い!

 男にじゃなくって、女子に優しくして欲しいんだ~!


 このサロンの中で、二人の美人王妃と可愛らしいそれぞれのメイドに囲まれていて、本当は超美味しいシチュエーションのはずなのに、肝心のオレが破格の美少女姫なんだもんなぁ。

 違うんだよなぁ。

 ほんと、違うんだよなぁ。

 大事なことだから二回言っちゃったよ。


「ヴィオ様」


 サロンへ入ってすぐの場所で控えているエミリィちゃんの声で、ハッと我に帰る。

 そうだった。

 しっかりお茶会に参加しないとね。


「フルーツティーですか。とっても好きです」


 精一杯お姫様らしく、上品に微笑む。


「あら、それは良かったわ。お菓子も沢山ありますし、楽しんで行ってくださいね」


 第五王妃ローザ様の言葉に合わせて、第四王妃イザベラ様が目で合図すると、二人のメイドがお茶を準備してくれる。

 普段から一緒にいるから仲がいいんだなぁって思っていたけど、この様子からして、本当に仲がいいんだろうな。


 エミリィちゃんも手伝いに参加しつつさり気なく茶器などに不審な点がないかチェックしてくれている。

 これはこのお茶会に限らず、普段の食事でもオレの転生以来やってくれているのだ。

 お陰で安心してご飯が食べられる。


「あっ、美味しい」


 フルーツティーっていうから、何となくベリー系で想像していたんだけど、実際に飲んでみたら味は柑橘系だった。

 異世界だから同じものがあるのかは分からないけど、グレープフルーツのフレーバーを感じる。

 これはアイスティーにしても合いそうだな。


「お口にあって良かったわ」


 イザベラ様もお茶を飲みながら続ける。


「ところでヴィオ様……」


 来た。

 わざわざオレを招待したんだから、きっと何か話があるとは思っていた。

 やっぱり、ここ十日くらいで急に性格が変わってしまったことか?

 それとも、朝食や昼食への参加率の悪さを注意するためなのか?


 迂闊な答えをして、この後のお茶会の雰囲気が悪くなるのは困る。

 もし気が合いそうなら、姫様に話し相手を作ってあげたいし、オレも情報を得たいのだ。

 しっかり対応せねば。


 気合いを入れてイザベラ様の方を向くと、当のイザベラ様は丸テーブルの左隣に座るローザ様と目を合わせて意味深に微笑む。


 Oh、何かこういう光景、教室で見たことあるな。

 女子って感じだなぁ。


「何でしょうか?」


 上品な微笑みを貼り付けながら、ゴクリと紅茶を飲み込む。

 すると、二人の王妃はすっごく嬉しそうな顔をしながら……


「「ロッソ=レオーネ様とはどこまでいってらっしゃるの?」」


 流石仲良し。

 声がバッチリ揃っていやがる。

 折角繕った上品な微笑みは、一瞬で剥がれ落ちそうである。

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