第3話 鏡越しのレッスン
第二章
三 鏡越しのレッスン
オレが異世界のお姫様に転生してしまって、早十日あまりが経過した。
婚約者候補のエロ騎士ロッソ=レオーネは仕事が溜まっているだか何だかで、一週間ほど前に帝国へ帰ってしまった。
本人曰く、半月ほどで戻るということなので、丁度折り返しと言ったところだろうか。
いや、別に待ち遠しいというわけでは無い。
断じて。
ただ、ある意味この世界では一番軽口を叩きやすい相手だから、話し相手としてなら待っていてやらないことも無い。
城に残されたオレは、とにかく勉強することにした。
だって、異世界の事なんて何にも知らないし。
最近は、慣れ親しんだゲームとかの異世界に転生するのが流行ってるんじゃ無いのかよ?
っても、これが仮にゲームの世界だとしても、絶対ジャンルは乙女ゲームだよな。
やったこと無いし、実質ノーヒントには変わらないじゃ無いか。
あーあ、ギャルゲーの世界が良かったよ~。
登場人物はこんな感じでさ。
・ちょっと押しの強い
・
・一番上の姉は何でも完璧に見えるけど、主人公の前でだけおっちょこちょい
・二番目の姉は眼鏡を外すと超絶可愛くて、主人公に激甘
・主人公である王子のお付きのメイドは猫目のクールビューティー
※登場人物はまだまだ増えるかも!?
うん。何かOPテーマも聞こえてきそうだ。
いいなぁ、こういう感じが良かったよ。
別にゲームの世界じゃ無くても良いんだけどさ。
だけど、実際は……。
・隙あらばキスしてくるエロ騎士、婚約者候補ロッソ=レオーネ
・ロッソの親友は、超イケメンだけどチャラすぎ、ルーカ=ファルコ
・完璧超人なシスコン、長兄ネーロ=オリジネ=アメジスト
・会話をするだけで鼻血を吹く変態シスコン、次兄ベージュ=アメジスト
・オレ専属メイド、猫目のクールビューティー、エミリィちゃん
※登場人物はまだまだ増え……てたまるか!
はぁぁ。
ホント、エミリィちゃんだけが心のオアシスだよ。
ちょっとたまに怖い時も有るけどさ。
って、妄想に耽っている場合では無かった。
学ぶことは山ほどあるのだ。
転生初日こそ、夜中に抜け出したり、色々したけど、二日目以降はかなり規則正しい生活を送っている。
起床後、部屋で朝食。
身支度を調えて図書室へ。
図書室内で勉強しつつ昼食。
夕方になる前には自室に戻り、夕食はちゃんと食堂で取る。
こんな感じだ。
朝食や昼食まで食堂で王様や皆と顔を突き合わせると、結構時間がかかるし、暫くは一人で取らせて貰うことにした。
王様や他の皆も体調や予定によっては、食堂へ来ないことも有るし、そんなに特別なことでは無いらしい。
で、オレは夕食と風呂を済ませ、自室に戻ったところだ。
寝間着に着替えて、いつでも寝る準備万端だが、実はここからもう一つやることが有るのだ。
「よう、一日ぶり~。元気だったか?」
自室の鏡台にかかった布を捲りあげ、肉体から抜け出して魂だけになったお姫様に声をかける。
姫の身体には現在オレが入ってしまっているので、端から見れば、自分で自分に話しかけている、実にデンジャーな様に映ってしまうだろう。
色んな意味で、絶対に人に見られるわけにはいかない。
『ヴィオ。待っていましたわ』
お姫様は、オレが声をかけると嬉しそうに顔を上げた。
オレが元々の名前を教えてないから仕方が無いんだけど、本物のヴィオーラ姫にヴィオって呼ばれるのは、ちょっと違和感。
と言っても、オレからそう呼んでってお願いしたんだから、仕方が無いんだけどね。
「じゃあ、早速始めるか」
『はい。今日はどんなことを学んだのでしょうか?』
そう、オレは日中勉強した内容を、夜に復習も兼ねてお姫様に教えているのだ。
元々夜はオレがお姫様に色んな事を質問する時間にしていたのだが、有益な情報は得られないし、そもそも大人しいお姫様と会話があまりにも続かなかったので、雑談がてらその日に勉強して面白かった発見の話をしたら、思いのほか食いついてきたのだ。
「今日は歴史の続きと、この近海で取れる資源について勉強したぞ」
『まぁ。海ではどんなお魚が捕れるのでしょう。私、海に入ったことが無いので、楽しみですわ』
「え? 海は崖下だから簡単には行けないだろうけど、こんなに近くじゃないか」
城からだって一応、見ることが出来る距離の海に入ったことが無いなんて……。
お姫様と話せば話すほど、箱入りで驚く。
『幼い頃、一度だけ行ってみたいと申し出たことは有るのですが……』
「あー、例の如く許可が下りなかったんだな」
『……はい』
どうやらお姫様も最初からこんなに引っ込み思案で、自分の意見を言わないタイプでは無かったらしい。
小さい頃は希望や意見も少しは言っていたけど、結局、周りの人間にとって都合の良いような願いしか通らないので、いつしか何も言わなくなったようだ。
「もう、お姫様は良い子になり過ぎだってーの。一回くらいダメって言われたからって遠慮してたら、何にも出来ないよ」
『そうでしょうか……』
「そうだよ。だって、勉強だってこんなに好きだったら、もっとちゃんと家庭教師とか付けて貰えるように言えば良かったんだってば」
『作法とかの家庭教師なら呼んで貰えたのですが……』
「まぁ、お姫様なんだからそういうのも大事なんだろうけどさ。もっと経済とか、算術とかさ、色々あるじゃん」
『はぁ……』
お姫様は自信無さそうに目を伏せてしまう。
自分の意見が殆ど通らない環境だと自己肯定感が育たないのは分かるけど、それでも勿体なさ過ぎる。
「お姫様、本当はめっちゃ頭良いと思うよ」
『私がですか?』
「ああ。だって、オレはあのバカ
『そう……でしたわね』
「そしたらさ、姫ってば帝国語は元より近隣諸国の言語も一通り分かってるよな? 図書室にある外国語の本、基本スラスラ読めるし」
『語学は、祭事の際に国外の方にご挨拶する機会もあるだろうからと、学習が許可されていたのです』
「ほらな。オレなんか英語だって怪しいもんだよ。それが何カ国語も出来るなんて、マジで凄いってば」
『エイゴ?』
「ああ、何でも無い。それより、姫はどんな分野の学問に興味が有ったんだよ?」
オレが尋ねると、お姫様はちょっと困ったように視線を左上に向ける。
これは過去を思い出すときの仕草だと言われている。
因みに何か新しいものを想像するときは右上を見るものらしい。
何かを思い出そうとする顔もメッチャ可愛いな。
普通の鏡とかでオレの姿を見ても、やっぱりオレの魂が入ってしまっていると可愛さ半減な気がするんだよな。
うん、中身も重要。
だから、着替えとかも最初こそ照れたけど、何か燃えない……いや、萌えない……どっちだ?
どっちでも良いか。
とにかく、全然見慣れない女の子の身体なんだけど、そんなにテンションは上がらないのだ。
う~ん、女の子の身体に魂が入ってしまったことで、ちょっとその辺の意識が変化してきているのかも知れない。
実に勿体ない。
『……私、地質学や医学に興味がありました』
大分考え込んで、お姫様が答えてくれた。
時間が空きすぎて、一瞬、何の話か忘れそうになっていた。
そうそう、お姫様が興味の有った分野の話ね。
オッケー。
「へぇ、理科系分野に興味が有るんだな」
『自分の立場が理解できないほど幼い頃は、学者か医者になりたいと思っておりました』
「どっちも素敵な仕事じゃないか」
『ですが、女子の教育では必要ないと言われてしまいましたし、『
そのお役目だって、最近急に国外の人と結婚するって方向転換してしまったんだから、思い悩んでしまう気持ちも分からなくも無い。
難しい顔で押し黙るオレの様子を気にしてなのか、姫が声色をほんの少しだけ明るくする。
『でも、医学を学べない私に変わって、ベージュ兄様はそう言った分野の勉強に手を広げていらっしゃいました』
「へぇ、あの変態シスコンは医者なのか?」
あの様子だとお医者さんごっことかされそうで、マジ怖い。
『いえ、王家の者としては幅広い分野の理解が求められますから、中々専門職には就きません。ですが、かなり本格的に勉強されていましたから、もし環境さえ許せばお医者様にもなれたと思いますわ。それに他の分野にも大変造詣が深くて、将来はネーロ兄様の右腕として王国の頭脳になることを期待されているのです』
「はぁ……、見かけによらず凄いんだな」
『それより、ヴィオ』
急にお姫様が真剣な表情でオレを覗き込む。
「なっ、なんだよ?」
凄く真面目な表情なので、もしかしたら重要な秘密でも打ち明けられるのかと、こちらも緊張の面持ちで恐る恐る聞き返す。
すると、姫は菫色の瞳を真っ直ぐオレに向けて……
『ベージュお兄様の事、変態シスコンって』
「あっ、流石に兄貴のこと変態シスコンって言われたら気分悪いよな。ごめ……」
『ほんと、ピッタリですわ!』
「へ?」
予想外の台詞に間抜けな声で聞き返してしまう。
『私が思っていたことそのままの素敵なニックネームですわ。ヴィオは名付けのセンスが有るのですね』
「そうかな?」
『因みに、ネーロ兄様にもニックネームは有るのですか?』
「あるよ。
『うふふふ』
どうやらお姫様のツボには入ったらしい。
しかし、あのニックネームで大喜びなんだから、お姫様も大人しい顔をして中々良い性格をしている。
よし、お姫様のために明日は地学書か医学書でも漁ってみるとしますか。
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