第2章
第1話 姫とタマゴサンドと騎士
第二章
一 姫とタマゴサンドと騎士
「折角、婚約者が会いに来たというのに、どうして面会室が図書室なんだ? しかも、食事中とはどういう事なんだ?」
外は快晴らしい。
けれど本が傷まないようにと、眩しくて勉強に差し支えてはいけないからとで、図書室の窓は全てレースのカーテンが引かれている。
なので、ここからは城外の様子は見ることが出来ない。
今日が快晴だというのも目の前に居る婚約者候補の一人、帝国第一騎士団長ロッソ=レオーネが言っていただけの事で、この国の姫君であるオレ、ヴィオーラ=オリジネ=アメジストは天気を気にする余裕も無かった。
まぁ、本当の姫君の魂は自室の鏡にて待機中で、オレは魂が抜けてしまった姫の身体に入っただけのただの高校生なんだけど、他の人から見たらオレが姫なんだから仕方ない。
「図書室での食事は、資料を汚さないように気をつける条件で許可は取ってる」
「確かに書物は貴重だし、大切に扱うに超したこと無いが、どうして三日ぶりに俺が会いに来たというのに、場所が図書館なのか訊いているんだ」
いくら婚約者候補の一人とは言え、ロッソは国外の人間だ。
当然図書室の外には警備兵が控えている。しかし、室内は不機嫌そうにオレを見るロッソと、第一騎士団副長でありロッソの幼なじみのルーカ=ファルコ、そしてオレ付メイドのエミリィちゃんの四人だけだ。
不機嫌さを隠さないロッソの様子を見てなのか、タマゴサンド片手に勉強を続けるオレを見てなのかは分からないが、ルーカはどうにか笑いを堪えているような表情だ。
この前会ったときはお喋りな印象だったが、三日ぶりの婚約者同士の再会に気を遣って口は出さない方針らしい。
ロッソの後ろで黙って立っている。
「お前、エミリィと言ったか?」
「はい、レオーネ様」
「しっかり面会権を取ってくるとは、なかなかやるな」
「痛み入ります」
エミリィちゃんは客人の前と言うこともあり、いつも以上に表情を出さない。
資料の片付けやお茶の追加をしながら、返答も最低限で静かに控えている。
「あのな~、勉強してるんだよ。見て分かるだろ?」
丁度、開いていた『アメジスト王国の歴史』と言う本の背表紙をロッソに向ける。
「どう見ても花嫁修業の勉強じゃ無いな」
「当然だろ。オレに必要なのは花嫁修業じゃ無くて、知識だ」
そう、普通の高校生だったオレがいきなりこんな異世界のお姫様に転生してしまって、何も分からないのだ。
自室の鏡の中に入り込んでしまった本物のヴィオーラ姫の魂を救い出したいんだけど、姫は一体何に絶望して魂が抜けてしまったんだろう?
どうしたら、この身体に戻ってこられるんだろう?
全然分からない。
しかも、このアメジスト王国では女子教育があまり盛んでは無いらしく、鏡の中の姫にこの国のことを訊いても殆ど収穫が無かったのだ。
作法とか儀式とかは詳しいみたいなんだけど、社会的なこととかそういうのは全然らしい。
で、分からないなら勉強しようと言うことで、図書室へ通うことにした。
急に人が変わったように積極的になり、夜中に外へ抜け出して、明らかに挙動不審なオレを心配してなのか、結構すんなり許可が下りたようだ。
オレの変貌を特に心配してくれた次兄ベージュの口添えも大きかったらしい。
学問好きのベージュが管理しているこの図書室を自由に使って良いことになった。
因みに夜中に城を抜け出した件は、表向き無かったことにされているらしい。
エミリィちゃん曰く、大事にしたくなかったと言うことのようだ。
「まぁ、城内で大人しく勉強してくれていた方が安心ではあるな。しかし、ヴィオーラの手書き資料は良くまとまっているな。勉強し慣れているのか?」
「え? ああ、そりゃあ受験勉強で鍛えたからな。高校入ってからは怠けちゃったけど……」
「ジュケン、コウコウ?」
「あっ、何でも無い。今までこういう勉強はしてこなかったけど、勉強自体は嫌いじゃ無いんだよ」
高校に入ってからも腐らずにちゃんとやっておけば、もっと色々と役に立ったかも知れないなぁ……と経済の項目とか見ていて特に思うわけだが、悔やんでも始まらないし、今できることを頑張るしかない。
「そうか。ただ、歴史というのは都合の良いように書き換えられる事もあるからな。一つの資料であまり鵜呑みにしないことだ」
「そりゃそうだよ。戦いは正義同士のものだし、大自然に阻まれている場合ならいざ知らず、仲が良ければ境界で集落は分断されないんだからさ。本当は他の国の資料も読んでみたいけど、まずはこの国の視点から勉強してみるよ」
この異世界のことはまだよく分からないけど、オレが元々居た世界だってそうだった。
一つの出来事は色んな事が絡み合って起こっていた。
小さな事から大きな事まで、正義と悪が戦っているわけでは無く、戦いは正義と正義がぶつかって起こるものだった。
野原に咲く一輪の花を同時に取ろうとする二人子供。
どちらも大好きな母親へプレゼントするつもりで奪い合う。
それはどちらかが悪いわけでは無い。
とある土地を取り合う国々。
そこは双方の国にとって大切な場所なのだ。
やはりそれもどちらかが悪というわけでは無いのだろう。
ただ、所詮これは大きな争いごとの渦中に入ったことが無い、平和ぼけしたオレのきれい事なのかも知れない。
ついつい色々と考えてしまうが、ロッソはオレの台詞に少し驚いた表情を浮かべてから、満足そうに頷いて来た。
「頼もしいな。国外に持ち出し可能な帝国の資料でも、今度土産に持ってこよう」
「え? ホント?」
帝国も帝国の都合で書かれている部分は有るだろうが、それでも多角的に勉強できるのは助かる。
「俺が訪ねてきた段階でその嬉しそうな顔が出れば、もっと良い土産も考えたがな」
「意地悪言うなよ。ってか、お土産を用意してくれるって、帝国からわざわざ送って貰うの?」
「いや、この面会が終わったら一度帝国に帰る。色々仕事が溜まっているしな」
「そうか……」
「なんだ? 寂しいのか?」
ロッソが意地悪な目つきで微笑む。
黒髪がカーテン越しの午後の光に当たって紅く光る。
「だっ、誰が!」
「照れるな」
「照れてない!」
からかわれるのにムカついて、握っていたタマゴサンドを潰しそうになってしまい、慌てて口に突っ込み、紅茶で流し込む。
少し冷め始めていたので助かった。
大体、どうしてオレが照れたりしないといけないんだ。可愛い女の子や綺麗なお姉さまにからかわれるなら嬉しいけど、相手は男だぞ。
しかも全く可愛くも無い。
「そんなに口いっぱいに頬張っていると、まるでリスみたいだな」
「余計なお世話」
「ロッソ、楽しんでるところ悪いんだけど、そろそろ時間だよ」
それまで黙っていたルーカが、時計に目をやりながらロッソに声を掛ける。
二人がこの部屋を訪れて小一時間というところだろうか。
面会の許可自体は無事に出たけど、会える時間は随分短いんだな。
ってか、帝国に戻ってしまうって言ってくれれば、今日くらいは勉強を休んでしっかり面会したのに。
いや、別に寂しいとか、そう言うんじゃ無いけどさ、いきなり帰るとかビックリするだろうが。
全く。
決して、寂しいわけでは無いけどね。
「そうだな。支度もあるし、戻るか」
ロッソが図書室の時計を確認して立ち上がるので、オレも本を閉じ立ち上がる。
折角来てくれたんだから、まぁ、見送りぐらいはしてやるよ。
そうだ、いつ戻るのかも訊いておくか。
「あのさ……」
「そうだ、ヴィオーラ。さっきお前が食べていたパンは何だ?」
「え? ああ、あれはタマゴサンドだよ」
「タマゴサンド?」
「ああ、やっぱりレオーネ様も知らない? ここのコックもみんな知らないって言うから、私が一度サンプルを作って、ランチに出して貰えるようにしたんだ。二人にもお土産で作って貰おうか?」
「いや……」
ロッソはそう言うと、不意にオレの顎を長い指で持ち上げ……
「へ?」
唇の端に口づけた。
「クリームが口に付いていたぞ。ああ、これがタマゴなのか……確かに美味い。今度はヴィオーラが作ったものが食べたいな」
「普通に手で取れ! エロ騎士!」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。
しかし、これは断じて照れているわけでも、ましてや喜んでいるわけでも無い。
隙あらばチュッチュチュッチュしやがって!
一体、オレの何番目のキス履歴まで男で埋めれば気が済むんだ!
けれど、オレが怒っていると気付かないエロ騎士は、こっちの顔が赤くなっているのを好意的に受け止めているのか、満足そうに
「はしゃぐな。そんなに嬉しいならもっとするか?」
「ふざけんな!」
喚くオレの紫苑色の髪をロッソが優しく撫でる。急に真面目な表情になるので、調子が狂う。
「恐らく半月ほどで戻る。くれぐれも無茶はするなよ」
「……ああ」
頭をポンポンと撫でると、ロッソはルーカを連れて図書室を後にした。
「ったく、子供扱いしやがって」
閉まった扉を見て、思わず憎まれ口が零れ落ちた。
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