第11話 Interlude(ロッソside)取り敢えずエール酒で

第一章


十一 Interlude(ロッソside)取り敢えずエール酒で




「ロッソ。お楽しみのところ、メイドちゃんを連れてきちゃってゴメンね」


 ヴィオーラがお付きのメイドに連れられて部屋を後にして、足音も聞こえなくなったタイミングで、ルーカが少し申し訳なさそうな顔をした。


「あれはそう言うのじゃ無い。大体、迎えが来るのを分かっていて、楽しむも何も無いだろうが」


「そりゃあそうか。っていうかさ、お迎え早かったね。僕がヴィオちゃんを保護してから、大して時間経ってないよ」


 営みを邪魔したわけでは無いと分かると、ルーカはホッとしたようにライティングディスクの椅子へドカッと腰を下ろした。

 女性がいる時はかなり優雅な動きをするルーカだが、俺しかいなければ椅子一つ座るのも雑になる。

 お互い唯一の幼なじみだし、兄弟のように育っているのだからこんなものだろう。


「ほぅ、あのメイドもなかなかやり手なんだな。ルーカが連れてこなくても程なくして部屋も突き止めただろう。それを考えると、直接恩を売りやすかったし、ここへ案内して正解だったな」


「どーも。にしても、あんなに可愛いメイドちゃんに随分厳しい要求をするんだね」


「可愛いって……まぁ、顔立ちは悪くないが……お前、守備範囲が広いな」


「あんなに子供っぽいヴィオちゃんに、ちょっかい出してるロッソに言われたくないよ! それにいくら可愛くても、メイドちゃんもヴィオちゃんも子供過ぎだよ。僕は年上好きだからね」


「そうだったな。一応」


「一応って……酷いなぁ。で、メイドちゃんは面会権を獲得してくれるかな?」


 ルーカの表情が少し真面目なものに切り替わる。

 そう、夕方に行われた一時間ほどの非公式会談ですら、こぎ着けるのにかなりの労力を要した。

 まさか、婚約者のお姫様に会う事が、あんなに面倒だとは予想外だった。

 夜中にそのお姫様が城を抜け出して会いに来るのは、もっと予想外だったが。

 ……本当に面白い。


「どの程度の頻度になるかは分からないが、帝国騎士である俺たちの宿から帰ったことはバラされたくないだろうし、面会権自体は何とかなるだろう」


「しっかし、ロッソは婚約者候補の一人なんだね。思ったより舐められててちょっと驚いちゃったね」


「こっちだって何人も居た中の一人だろう」


「だけど、ロッソは他の話、断ったり、断り切れないのは無期延期扱いにして、一番最初にヴィオちゃんに会いに来た訳じゃん」


「ヴィオーラもまだ他の婚約者候補とは一切会っていないようだし、相手が誰だかも分かっていないようだから、お互い様だろう」


「あら~、随分ヴィオちゃんには優しいんだね。マジで一目惚れ?」


「バカ言うな! 流石に子供だとは言わないが、それにしたってまだ幼い」


「確かに。いくら箱入りで育ったとは言え、何かまだ女の子っぽく無いんだよね。あんなに可愛いのに、あんなに無防備で、よく今まで無事だったよね」


「軽く毒物か何かは飲まされていたがな。……そうだ、あの飲み物の件はどうなってる?」


「少しだけ調べた感じ取り敢えず致死性のものとかじゃ無さそうだったけど、早馬で解析に出したよ。僕たちも長く逗留するなら、一度帝国に戻って色々手続きした方が良いかもね」


 一度帰ると、それはそれで面倒なんだよな。

 だけどまぁ、婚約の件も当初の予定より時間がかかりそうだし、しっかり手続きしないわけにもいかないか。

 

 しかし、兵舎に顔を出すのは全然問題ないのだが、城に顔を出すのは面倒だ。

 どうせ本当は必要かどうかも怪しい書類が溜まっていて、判子待ちで溢れているだろうし、誰が何の目的で招集したのかも分からない会議も、幾つかは出席にしないわけにもいかないだろう。

 

 しかも、その必要かどうか怪しい書類もスルーして判だけ押して片付けたいところだが、ちょっと目を通すと、直さなければならないところが目に入りすぎる。

 武官の書類なら百歩譲って赤入れするが、文官の書類であまりにも修正が必要だと本当にやりきれん。

 

 特に危険の少ない文官は、縁故採用が多すぎるのだ。

 縁故でも何でも、仕事さえまともにやってくれれば文句は無いが、出来る奴は決して多くない。

 どうせ何の苦労も無くぬくぬく育って、そのままぬくぬくと仕事をしているのだろう。

 下級貴族や、平民出身だが実力で入ってきた文官とは、仕事の出来が違いすぎるのに出世は家柄も考慮されやすいというのだから、本当にやりきれん。


「ロッソ~、また難しい顔してるよ。眉間のシワ、治らなくなっちゃうよ」


「俺がもっと上に行った暁には……」


「期待してるよ」


「何だよ、遮るな」


「だってぇ、何て言うか分かるもん。耳にタコ。今はさ、まずどうやったらヴィオちゃんともっと仲良くなれるか考えた方が良いかもね」


「仲良くって……まるでおままごとだな」


「相手がそういう感じなんだからしょうが無いって。ねぇねぇ、本当に一目惚れしちゃったわけじゃ無いの?」


「俺はお前みたいに恋愛大好きなわけでは無いんだ」


「勿体ないなぁ」


「お前は勿体ながりすぎだ。何度修羅場を経験すれば懲りるんだ?」


「だって、僕のために女の子達が怒っている姿を見ると、それはそれで愛おしくならない?」


「両手両足をそれぞれの彼女に引っ張られてバラバラになりそうだったくせによく言う。次は助けないぞ」


「あはは。ヴィオちゃんの事になると、すぐ話を逸らすところが怪しいなぁ……って、あれ? ロッソ、口元の傷はどうしたの?」


「ん?」


「ほら、あのヴィオちゃんとの面会の後に付いてた傷だよ」


 ああ、あのちょっとキスしたら噛まれた傷のことか。

 結構思い切って噛まれたから正直痛かったんだが……。


「そう言えば、気付いたら痛くないな」


「ってか、その傷そんなに小さかったっけ? 結構ガッツリやられてたよね。そんなに凄いことしちゃったわけ?」


「十六歳には些か刺激が強かったようだ」


「ああ、ディープな方ね。それにしたって噛みついてくるなんて、ヴィオちゃん面白いね」


「しかも拳で殴りかかって来たぞ」


「事前情報では凄く大人しいお姫様だって聞いていたけど、噂も当てにならないね。……まぁいいや、取り敢えず傷を見せて」


 ルーカが木製のライティングディスクの椅子から立ち上がると、ヴィオーラのために用意した消毒液をハンカチに垂らし、俺の口元を拭う。

 消毒液のツンとした匂いが鼻腔をくすぐる。

 仕事柄怪我はつきものだし、慣れ親しんだ匂いで決して嫌いでは無い。

 しかし、沁みる感覚は好きでは無いのだが……


「全然沁みないな」


 ルーカの方へ目を向けると、軽薄そうな垂れ目を見開いていた。


「おいルーカ、どうかしたのか?」


「……てる」


「何だ?」


「傷が、消えてるよ!」


「そんなに直ぐ消えるような傷じゃ無かったぞ」


「でも、すっかり消えてるよ」


 沈黙。

 しかし、黙っていても始まらない。

 軽く咳払いをして、極力落ち着いた声でルーカに話しかける。


「ヴィオへの面会権を確認したら、一度帝国に戻って長期滞在の支度をしよう」


「そっ……そうだね。明日の朝一で準備を始めるよ」


 ルーカも落ち着きを取り戻したようだ。

 そう、慌てたって仕方ないのだ。


「では、方針も決まったし、酒場でも行くか」


 忙しくなると酒を呑む暇も無くなってしまう。

 呑めるときに呑んで気分転換しておこう。

 ベッドから立ち上がり身体を伸ばす。


「あっ、僕良い店知ってるよ」


「女性が付くお店は却下だ」


「何で~」


「疲れる」


「もぅ、じゃあ、近くに硬派な雰囲気の酒場があったよ」


「そこにしよう」


「おごり?」


「誰が?」


「ケチー」


 明日から忙しくなりそうだ。

 今はとにかく安いエール酒を喉に流し込みたい。

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